第15話 修羅場と化す夏休み
想像は容易についた。まるでGPSでもつけられたように、窓香が図書館に通う日は、ダブル・タバタのどちらかがいた。2人のタバタ君は相談して日程調整しているわけではないので、当然、鉢合わせする日がやってくる。
窓香はその日を恐れていた。がしかし、窓香が心配するのもおかしな話だ。窓香は天地神明に誓って間違ったことは何一つしていない。誰かに甘い言葉を囁いたり、誘惑する仕草を見せたこともない。ただただ押し付けられた「三軍モブ」の日々を甘受していたに過ぎない。
夏休みが始まって数日後、その時はやってきた。そろそろ図書館はヤバいかも、と思っていた窓香だったが、初日に借りた推し作家の本の続きを借りたくなったのだ。
「やっぱり、このシリーズは最初から読まないとね」窓香はそう思い立った。推し作家の推しキャラ。その前日譚が読みたい。そう考えたら、居ても立っても居られなくなった。
「よし、今日、借りられるだけ借りて、あとはお祖母ちゃん家に行って、そこで読書三昧…時々勉強、で過ごそう♪」そう決めたら、心が軽くなった。
図書館に着いて、ウキウキ気分で場所を取る。ここで完全に油断していた窓香だった。
「窓香!」
「窓香ちゃん」
両側から声がかかった。マズい…これはマズい。さて、どっちから振り向く…ってそういう話じゃないけど、とりあえず…上を向くか。
「あ、あれ、声はどこから聞こえるのかなあ…っと」結局、後ろを振り向く。我ながらわざとらしい。
「なんだ…田畑も来ているのか」
最初に反応したのは幸人君だった。
「あ、田端君」
そう口に出して、タバタと呼ばれた自分がタバタと返していることがおかしかったのか、帯刀君はおかしそうに笑った。
「両方、タバタだもんな」幸人君も笑った。
「き、今日は、2人で待ち合わせ?仲いいんだ〜」
もう知らぬふりをするしかない。私関係ないもん。
「まさか」
「まさか」
ふたりとも即答。
「で、勉強進んでるのか」
「で、『華氏451度』は読んだ?」
私は聖徳太子じゃない。一度に両方答えられない。いや、むしろ人間は窮地に陥ると沈黙するのだ。窓香は黙って自分の席に座る。
「本を借りに来たの」
2人もそれぞれ窓香と同じテーブルに座る。もうなるようになれ、その時の窓香はそういう開き直った気分だった。もう、ダブル・タバタを無視して本を読むしかない。
ダブル・タバタもしばらくは大人しかった。そうこうしているうちに、帯刀君が口火を切った。
「夏期講習、本当に役に立つのかな」
「おまえもそう思う?」
「講習の内容はそんなに難しくないんだけど、講師とかがすごく煽ってくる感じでさ、教室の雰囲気があまりよくないんだよね」
「あ、それ分かる。俺達、競争するために勉強してるんじゃねえよ、って思うよな」
「まあ、綺麗事言うつもりはないんだけど、高校・大学のあとに何が待っているか、ってそういう未来が見えないんだよね」
「そうだよな、偏差値の良い高校行くだけが目標って感じでさ。これ、高校に入ったら入ったで、次は高校を大学に置き換えて頑張れ、っていう話になるんだろうな」
「そうそう。大学もさ、偏差値だけで選んで良いものなのかね。僕、自分のやりたいことって何なんだろう…ってよく考えるけど、そういうの関係なく、偏差値が良いところ行け、って言われてる感じが気に入らないんだよね」
「大学合格がゴール、ってわけでもないしな」
「そうなんだよね」
なんだか気が合ってないか、ダブル・タバタ。
「結局、窓香、オマエが一番マイペースだよな」
え?いきなり私に振ってくる?
「そうだよね。窓香ちゃんって、偏差値とか競争とか、そういう情報に流されないで、自分の進むべき道を模索してるよね」
帯刀君って私のことそういう風に見てたんだ。私は帯刀君が色々なこと考えていることも全然知らなかった。幸人君もだけど。
「ま、俺たち、似た者同士なのかもな」幸人君が大人びた口調でそう言った。
「仲間だね」帯刀君が明るい笑い声を上げた。
恐れていたダブル・タバタの鉢合わせだったが、なんとなく2人の気が合って、無事うまくいきそうだ。窓香もホッとする。幸人の「似た者同士」という言葉が胸に刺さる。
一軍だの三軍だの、表面的な属性だけを語られることに慣れてしまったけれど、本質的なところではまた違った分類ができる。そう考えれば、一軍を自認する人たちの共通点は浅い表面的な属性だけだ。同じように三軍を押し付けられても、個々人の中身は全然違う。だから「三軍」なんて集団を作ってもいない。一人ひとり好きなように行動するだけだ。その分、一軍より楽かも知れない。
「でも、オマエは勉強しろよ」いきなり幸人君が声をかけてくる。
「なんだ、窓香ちゃん、受験大変そうなの。じゃあ、僕も応援するよ」英語と理科は得意だし…と帯刀君がゆったりと笑う。
結局、逃げられないのか、私。
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