黒服大学生だけど、真面目系アパレル女子に恋してしまった僕の話

星秋

第1話

金曜の深夜、0時過ぎ。

 黒服の仕事を終えた俺は、立川駅の北口をとぼとぼと歩いていた。


 スーツのネクタイを緩めて、缶コーヒーを片手に。

 ふぅ、と息を吐く。


 「……今日も疲れたな」


 接客ってのは、思ってるよりずっと気力を使う。

 特に夜の世界は、普通じゃないことが普通だから。

 大声を出す酔っ払い、感情がジェットコースターのような女の子、すぐキレるボーイ。

 全部に気を使って笑ってなきゃいけない。


 ──でも辞めるつもりはない。


 俺には、叶えたい夢があるから。

 それに、この仕事でしか見えない世界が、確かにあると思ってる。


 そんなことを考えながらスマホをいじっていたときだった。


 「──わっ、ごめんなさい!」


 ガツン、と音がするくらいの衝撃。

 前から来た誰かと、思いきりぶつかってしまった。


 「うわ、マジすみません!」


 思わず頭を下げながら、地面に散らばったバッグの中身を拾う。

 雑誌、ポーチ、スマホ、ペンケース。いろんなものが飛び出していた。


 「あ、大丈夫です。こっちこそすみません」


 声をかけられて顔を上げると、そこには──


 透き通るような肌の女の子がいた。

 ストレートの黒髪に、ナチュラルなメイク。

 シンプルな白ワンピースとスニーカー姿が、逆に目を引く。


 ……え、普通に可愛いんだが?


 「スマホ、無事?」


 「えっと……あっ……つかない……かも」


 彼女が困った顔でスマホを見つめている。


 やっちまった。いや、多分、完全に俺のせいじゃない。けど、タイミング的に、どう考えても俺のせいだ。


 「ほんとごめん。もし良かったら、連絡先だけでも……交換しない? あとで何かあったとき困るし」


 「……え?」


 一瞬、彼女の表情が固まる。

 そりゃそうだ。夜中に、スーツ姿の男から連絡先交換を求められてるんだから。


 「変な意味じゃない。ほんとに謝りたくて。俺、神谷蒼太っていいます。あ、大学生だけど、夜は黒服やってて……」


 自己紹介しながら、なんでこんなに必死なんだろう俺、と心の中でツッコむ。


 「……ふふ、大丈夫ですよ。じゃあ、インスタで」


 彼女は少し笑って、スマホからIDを教えてくれた。

 俺はその場でフォローして、DMをひとつ送る。


『さっきは本当にごめん。スマホ、直るといいね』


 彼女がスマホを見て、ふっと口元を緩めた。


 「ありがとう。……私、宮原あかりっていいます」


 「宮原さん。……こっちこそ、ありがとう」


 「じゃあ、そっち行くので……おやすみなさい」


 軽く手を振って、彼女は歩き出した。

 夜風にワンピースの裾が揺れて、後ろ姿がやけに印象に残る。


 立川の夜の喧騒の中で、彼女の存在だけが静かに心に残っていた。


 スマホを見ると、通知がひとつ。


『宮原あかりさんがあなたをフォローしました』


(なんだろう。今日は、ちょっとだけ特別な夜だった気がする)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る