Episode11→天界の縁側

天界の西の端、雲の上にせり出した縁側に、穏やかな陽が差していた。


ソウはその縁に腰をかけ、脚をぶらぶらさせながら空を見上げていた。下界では、エルドを中心に小さな復興が進みつつある。けれど今日は、あえて見ない。ほんのひととき、目を閉じて、心を休める。


「お待たせしましたわ、ソウ様。熱いのでお気をつけあそばせ」


背後から差し出されたのは、透き通った琥珀色のお茶。


「……これ、柿の葉茶?」


「ご明察ですわ。この天界の柿の葉は、ちょっと薬草に似た香りがございまして。ほら、すうっと鼻が通りますでしょ?」


ソウは湯呑を手に取り、恐る恐るひとくちすする。


「……うん。苦い。けど、悪くない」


「まぁ、苦味は人生のスパイスですもの。お茶も同じですわ」


満足そうに頷くミュリエルは、すっと風呂敷を広げる。中には色とりどりの小さなあられ。ふわりと香ばしい香りが立ち上る。


「これは?」


「私の手作りですのよ。あられ。焼き上げる際の火加減が命ですの。強すぎると焦げてしまいますし、弱すぎると膨らみません」


「また渋いもん作ってるな、女神なのに……」


「まぁ! 何をおっしゃいますの、ソウ様。天界の台所を甘く見てはいけませんわ。おっさんは“米菓にうるさい”のですもの」


「ほぉ~、いいにおいすると思ったら、今日は柿の葉茶にあられかよ。渋いってレベルじゃねぇぞ」


いつの間にか背後からおっさんが顔をのぞかせていた。袖をまくりながら縁側にどっかりと座り込み、手を伸ばす。


「ひとつもらうぜ」


「どうぞ。香ばしいのは“焦げかけ”ですからお気をつけて」


「このぐらいの焦げがうめェんだよ」


おっさんはぽりっと一口。しばらく噛みしめたあと、うん、と頷く。


「……悪くねェな。天界で食うもんも、たまにゃこういうのがいい」


「ソウ様も、もう一口いかがです?」


ソウは茶をすすりながら、小さなあられを摘まんで口に入れた。カリッと音がして、ほんのりと塩の香り。思ったよりもやさしい味。


「……なんか、落ち着くな」


「それは嬉しいお言葉ですわ」


ミュリエルは満足げに微笑むと、自分も一枚、あられをつまんで口に運んだ。


「下界では、ようやく人々が“共に食べる”という行為を始めました。争ったあとの、静かな時間。……まるで、今日のこのひとときのようですわね」


「でもさ、俺たちはただ見てるだけじゃん。本当は、もっと……」


「焦らないことですわ」


ミュリエルは茶をもう一杯注ぎながら、言葉を続けた。


「焦げないように、じっくり火を通す。人の文明も、同じでございますわ」


「名言出たな」


おっさんが茶を一気に飲み干して笑った。


「渋い味を楽しめるようになったら、一人前ってやつだ。ソウ、次の一手はゆっくり考えな。焦りゃロクなことにならねェ」


「……うん」


ソウはもう一口、お茶をすする。


ちょっとだけ、気持ちが軽くなったような気がした。


縁側には、ほのかにおこげの香り。

空にはゆっくりと流れる雲。

たまには、こういう日も――悪くない。

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