第29話 Continuity再び
「結局こうなりましたか。くっ。わかり易くていい」
「何をっ!」
司の腕に力が籠った。
「俺に錬金術は効きませんよ」
「試してみるか! mNnnn――」
司は唇を結んだままハミングを響かせた。布留の言の「響き」だけを取り出した振動波だ。
細かい振動が司の体内を走り抜け、前頭葉を刺激する。
右手の人差し指にはめた指輪が司の前頭葉が発する思念波と共振し、増幅させた。
「食らえっ!
発生するはずの電撃は冷たい水のようなものを大量に浴びせられて押し流された。
実際にはどこにも水気などない。司は想像上の洪水に襲われたようなものだった。
「貴様、何をしたっ?」
「影の流れ、陰気開放……とでも言うんですかね」
「うっ!」
驚愕する司の隙を突き、健人は首をつかまれていた右手を取って振りほどいた。腕を決めて捻り倒す。
関節へのダメージを逃がすため、司はあえて逆らわずに床に転がり、空いている左手で健人の右脚をすくい取ろうとした。
「おっと! 格闘は遠慮しときましょう。
司の手を放し、健人は一歩跳び下がった。
「今のは何?
解放された右手を床について、司は慎重に立ち上がった。未知の術を警戒して腰を低く構える。
「そうでもあり、そうではない」
「ふざけるな!」
司とは異なり、健人は棒立ちのまま右手を前に伸ばしていた。左脚はやや後方に引かれている。
(格闘の構えではない。……何のつもりだ?)
健人の動きが読めず、司は困惑した。
「あんたたちが勾玉を追いかけている間、俺はこの研究所に籠っていた。俺なりに『真なる勾玉』について考えを巡らせていたんだ」
「八尺瓊勾玉と布留御霊のことか?」
「違うよ。確かにその二つは物質としては究極の物かもしれない。でも、『真なる勾玉』とはそもそも物質ではないのさ」
健人は何を言いだしたのか? この場に長く居続けることの危険を感じつつ、司は会話を途中で断ち切ることができなかった。
「考えてみればイエスは勾玉など手にしていなかった。それでいて奇跡の業を行使していたじゃないか」
「君は救世主になったつもりか?」
キリストの名を持ち出した健人に対し、司は唾を吐き捨てるような皮肉を浴びせた。
「まさか。俺は一介のエンジニアですよ。世界なんて救いません」
皮肉をさらりと受け流して、健人は笑った。
(そう言えば、こいつの杖はどこに行った? それにさっきの動き……。左足のパワーアシストにあれ程の瞬発力はなかったはず)
健人はまだまだ手札を隠している。司は警戒を強めた。
「物質でないとしたら何だ? 『真なる勾玉』とはエネルギーかね?」
「俺の父親、吉田兼家は研究日誌にこう書き残した。『真なる勾玉は陰陽太極の根本原理を写す』と。俺は『太陰玉』が布留の御霊。『太陽玉』が八尺瓊勾玉だと思ってました」
「違うと言うのか?」
「違います。二つの勾玉は『真なる勾玉』の象徴です。本物は『脳』です」
健人は賢者の石とは人間の脳のことを指すと信じてきた。しかし、勾玉については現実に存在する物質のことだと解釈していた。それが間違いだと気づいたのは、つい最近のことだった。
「『真なる勾玉』には人の寿命を左右する力があると確信したんです。それはかつてイエスが行使したものと同じはずだ」
健人はもう一度脳のメカニズムに立ち返った。脳には右脳と左脳とがある。これこそが「真なる勾玉」なのではないか?
「イエスの言葉を人々は『福音』と呼んだ。英語では『gospel』です。知ってますか? 『gospel』とは、元々『god's spell』から由来するということを?」
「『
「その通りです。イエスも呪文を使っていたんですよ」
当時の人々はイエスの呪文に「力」があることを知っていた。だから、イエスの言葉を聖なるものとして記録したのだ。
「君はイエスが使っていた呪文を発見したのか?」
「それは無理です。俺は考えました。イエスの呪文も布留の言のように前頭葉を刺激するものに違いないと」
布留の言以上に刺激効果を高めるにはどうしたらよいか。
「その時に気づいたんです。右脳と左脳を二つの勾玉に置き換えて考えてみたらどうか?」
右脳は音楽や芸術、左脳は言語や計算を司る。この二つを同時に強く刺激するにはどうしたらよいか。
「呪文とは言葉だ。つまり言語として左脳で処理される。布留の言には『数』を数える部分が含まれており、計算能力も刺激される。左脳を強く刺激するようにできている」
ならば高めるべきは右脳への刺激だと、健人は考えた。
「右脳の働きは音楽や芸術。キリスト教会にも音楽はつきものだ。イエスの呪文にも音程があったはずだ」
橘司自身絶対音感に助けられ、「正しい音程」で布留の言を唱えることで強い力を得ていた。
それは健人も同じであった。
「俺は自分の脳波を測定し、どの音程の
健人は布留の言に科学の光を当てたのだった。膨大な組み合わせの中からついに最大の効果をもたらす
「わかりますか? 俺の耳には今、『真なる布留の言』が流れ込んでいるんです」
「イヤフォンか?」
健人の両耳には骨伝導イヤフォンが装着されていた。そこからは事前に録音した『真なる布留の言』のメロディーが再生されているのだった。
「まさか? 君はその力で左脚の機能を取り戻したのか?」
司は目を引き剥いて健人の左脚を見つめた。
「いや、そこまでは無理です。失われた生体組織を再生することは俺にもできません」
健人が左手で左脚を叩くと、「カン」と軽い音がした。服の下にパワーアシストを装着している証拠だった。
「傷を癒したり、病変を改善させる効果はありますよ。薬にもできることですがね」
「それだけでも奇跡じゃないか……」
「肝心なのは脳が出す微量の電磁波なんです。俺たちは思念波と呼んでますけど」
健人の発見により思念波は更に最適化され、大崎電器が開発する機器に組み込まれている。
「思念波発振器を組み込んだ機器があれば、誰でもこの力を使えるんです。錬金術や陰陽道を修めていなくてもね」
司の攻撃を打ち消して見せた健人の「キャンセラー」は、電子機器でも再現できる。錬金術から攻撃力を奪い取る技術であった。
「ということで、もうやめませんか。俺一人をさらってどうこうできるような事態はもうなくなったんで」
「もう手遅れか……」
司はがっくりとうなだれた。
「君を侮っていたのが失敗だった」
「まあ仕方ないでしょう。俺はただの学生ですから」
たまたま吉田家に生まれ、考古学者の父と叔父を持った。母と叔母は特殊な遺伝子を伝える防人一族出身者だった。
そして本人は家族とは異なる道であるエンジニアになることを志した。
これらの要因が複合して吉田健人という人格を構成している。叔母という立場で幼少期から接点を持ちながら、司は健人の重要性に最後まで気づくことができなかった。
司にとって健人は、「紗枝の息子」という存在に過ぎなかった。
賢者の石探求において能動的な役割を果たすなどとは想像もしていなかった。
「わたしの負けね。警察を呼ぶなら好きにして」
「うーん。警察沙汰ですか……」
警察を呼んだところでどうなるというのか。健人にはそのことに意味があるとは思えなかった。
「別に怪我をさせられたわけでも、何か盗まれたわけでもないし。もう勾玉を追わないと言ってくれるなら、それでいいかな」
「本当にそれでいいの?」
「構いませんよ。面倒くさいだけですから」
それよりもイオツナイトの研究を少しでも進めたかった。Continuityは賢者の石を独占して、救世主の力を我が物にしようとしたが、健人にとってはイオツナイトこそが救世主なのだった。
自分が救世主と呼ばれたい気持ちなどさらさらない。
「騒がせてすまなかった。君にも防人たちにも詫びる言葉もない」
「もういいですよ。大した実害はなかったし」
「あっ!」
司は大口を開けて叫んだ。
「研究員の女性を一人気絶させてきたんだった。彼女を介抱してあげないと」
「それはダメですよ。すぐに助けに行きましょう!」
二人は人気のない研究所の通路を走り出した。
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