第10話 名前のない警告
「陰陽道というと、『陰陽五行』ですか?」
「そう。
「錬金術の四大元素から空気が消えて、木と金が加わった格好ですね」
「その辺は歴史的な背景や文化、風土の影響かもしれへんなぁ」
湿潤温暖で亜熱帯に近い気候を持つ日本では、中東や地中海沿岸地帯よりも「木」が色濃く文化に根づいている。
「金」については西洋錬金術では手段ではなく目的の位置に置いている。
「錬金術にも陰陽の思想は入っとるしね」
「そうなんですか?」
「賢者の石を生む始まりは、太陽と太陰(月)との聖なる結婚であるとされとるンよ」
太陽と月の結婚、それは皆既日食のことだった。
「賢者の石とは死から生を生み出すもの。生命の象徴である太陽が死ぬところから始まるわけさ」
太陽が月に隠され光という命を失うと、闇の中にカラスが飛び立つと錬金術書には書かれている。
「
健人は思わずそうつぶやいた。
「うん。日本神話にあって八咫烏は神武東征の道案内を務めた。神様が道に迷うゆうんがおかしな話や。これは日食で世界が真っ暗になった時に八咫烏が現れて進むべき道を照らしたゆう暗喩とちゃうか思うんや」
現に八咫烏は
「そう考えると西洋錬金術と日本の神話、陰陽五行説が符合していると言えるのか」
「
太陽神である
まさに皆既日食そのものである。
「八咫鏡も八尺瓊勾玉も、アマテラスを洞穴から引き出すために作られたものとされとる。日食と不可分に結びついとるんや」
岩戸の隙間から顔をのぞかせたアマテラスを八咫鏡は映して見せた。どこの尊い神だろうとアマテラスは身を乗り出した。そこをすかさず引っ張り出して、世界に光が戻ったとされている。
太陽の光を映す鏡。それはそのまま月のことだ。
「八咫鏡とは『太陽と月がわかれた』ゆう再生の事実を象徴する神器なんや」
「再生そのものをもたらすのは八尺瓊勾玉ということか」
勾玉は賢者の石だとするのが大崎の主張であり、叔父豪の仮説であるようだった。
「さて、蕎麦も食ったし、宇陀市に行って出土品を見て回ろか?」
「そうですね」
話に夢中になっている内に、二人の前のせいろは空になっていた。うまいとは思ったがどんな味がしたのか、健人にはさっぱり記憶がなかった。
宇陀市までの距離は近い。車中でそれ以上の話をするまでもなく、大崎が運転する車は宇陀市役所に到着した。
「こんにちは。ちょっと見学させてもらえるかぁ?」
「おお、大崎さん。久しぶりですな」
初老の学芸課員とは顔見知りであるらしく、大崎と健人は簡単に迎え入れられた。
「知っとるやろ? 例の出土品捏造で騒がれてる吉田氏。この人はその吉田豪氏の甥っ子や」
「吉田さんの甥御さんですか? そりゃ大変なことで」
学芸課員となれば考古学界のスキャンダルにも詳しいのだろう。気の毒そうな顔で健人を見やった。
「どうも。叔父の消息をたどろうとして、曽爾村まで来ました」
「東京からですか? そりゃ御足労で……」
「あれから吉田氏を見かけることはなかったかね?」
言い方は荒っぽかったが、大崎は単刀直入に健人の知りたいことを尋ねてくれた。
「まったく見かけてませんねぇ。お役に立てずにすんません」
「とんでもありません。もしこちらに立ちまわることがあったら、この番号にお知らせください」
健人は係員に自分の連絡先を渡した。
「それでやね。吉田氏が追っかけとったゆうのが例の玉造の遺跡らしいてな。出土品を見学させてもらわれへんか?」
「ええ、構いませんよ。文化財に指定されるほど希少なもんじゃないんで」
市役所には小さな展示室が備えてあり、出土からまだ日が浅いということで曽爾村出土の発掘品もその一角に展示されていた。
「完成品の勾玉より原石と加工途中の石が多いです。材質は翡翠、瑪瑙、滑石、それにアマゾナイト。土器製のものも少数あります」
「アマゾナイトというのはどういう鉱物ですか?」
「
展示品の中に翡翠よりも青みがかった石があった。それがアマゾナイトだと言う。
「年代は弥生後期やったね?」
「はい。地層と炭素同位法で推定されてます」
これまでのところ特に変わったところのない発掘内容だった。
「この遺跡や出土品に変わったところはありませんか?」
自分で考えても答えが出ないなら、ここにいる専門家たちに聞いてみるしかなかった。健人は大崎をまねたように単刀直入に聞いてみた。
「うーん。特に変わったものはないと思いますよ?」
「確かにな。他でも発掘例があるものばっかりや」
係員も大崎も意見は同じだった。
そうなると豪が曽爾村の出土品に眼をつけた理由がわからない。健人はそのことを二人に告げた。
「真なる勾玉ですかぁ? そう言えるようなものはこの中にありませんねぇ」
「そやな。特別な石でもあれば別なんやが」
「そうですか……。失礼しました」
どうやらここも空振りだったようだ。
もやもやとした気持ちのまま、健人は係員に礼を告げ、市役所の外に出た。
「残念やったな。収穫がのおて」
「いいえ。叔父が見たものと同じものを見られただけでも良かったと思います」
もう少し勾玉を追いかけてみよう。健人の中にその気持ちが固まっていた。
「真なる勾玉についてもヒントをもらったので、自分なりに勉強してみます」
「おう、そうしたらええ。エンジニアが考古学を勉強したらあかんゆう規則はあらへん。畑違いなんか気にせんと、やってみたらええ」
いい加減に聞こえる言葉だが、どうやら大崎は本気でそう思っているようだ。
「あたしに聞きたいことができたらいつ電話してくれても構へん。乗り掛かった舟やからな」
「ありがとうございます」
二人は駐車場に止めた大崎の軽ワゴンのところまで戻りついた。
「何だ? 何か挟まっとるわ」
見れば、ウインドシールドとワイパーの間に白い封筒が挟んであった。
「駐車場で違反切符ってわけはないが……。うん? 君宛てやな、これは」
「えっ? 本当だ。俺の名前がある」
封筒には「吉田健人へ」と殴り書きされていた。
「どういうことだ?」
自分がここに来ることなど誰も知らない。なぜ自分に宛てた手紙がここにあるのか?
『勾玉に近づくな。お前にできることはない。勾玉に近づけば命の保証はない』
乱暴にそう書かれた手紙には差出人の名前はなかった。
「くそっ! なめやがって!」
健人の手がぶるぶると震えた。
レンタカーのブレーキ故障も健人に対する警告に違いなかった。
「俺にできることはないだと! ふざけるな! 必ず真の勾玉を見つけてやる!」
「健人君……」
激高する健人を見て大崎は言葉を失った。これほど感情をあらわにする健人を見るのは初めてだった。
「くそっ。
健人は左手のステッキを握りしめながらその言葉を吐き出した。動かぬ足を馬鹿にされ、いじめられた記憶が健人の中でよみがえり、ふつふつと怒りが込み上げた。
「健人君、落ち着きなさい。車に乗ってくれ」
「……はい」
肩に手をかけた大崎の声で健人は我に返った。
ふうと呼吸を整えてから車中の人となる。
「どこの誰か知らんが、君のことを警戒する人間がおるようやな」
「警戒?」
駐車場から車を出しながら大崎は助手席の健人に話しかけた。
「本当に君が何もできないと思うんやったら、放っておけばええ。わざわざ警告をよこすゆうことは君を警戒しとるゆう証拠や」
確かにそうだった。
頭に血が上り、健人はそんな当然のことも判断できなくなっていた。
「今回はおとなしく東京に帰りなさい。そして、古墳と勾玉について勉強し直すんや。答えはきっとその向こう側にある」
大崎の声からおちゃらけた雰囲気が消えていた。噛みしめるように言葉を発している。
「そして、身を守る術を持ちなさい。そうでなくても君にはつけこまれる体のハンディがある」
「……!」
健人の中で再び怒りが頭をもたげたが、それをぐっと押さえつけた。大崎は健人を蔑んで言ったわけではない。
「俺はエンジニアです。エンジニアのやり方で、
健人はまっすぐ前を見たまま、視線を動かさずに言い切った。
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