第7話 修理人、大崎力也
困ったときはネットを探せ。現代を生きる健人にとってはそれが常識だった。
「修理人。大崎――」
健人はその二つのキーワードを打ち込んでネットを検索してみた。
「テレビ番組に出てきた家電修理人? それに宮城県大崎市の修理業者……か」
橋爪が残した手紙が示す相手とは明らかに違う。大崎は人の名前であって地名ではない。
健人はふと思いついて、「奈良県」を検索ワードに加えてみた。
「まさか宮城県に行けとはいわないだろう。近場にいるんじゃないか、大崎という人は?」
まとまりのない情報が並ぶ中に、健人の目を引く一文があった。
『家電品、おもちゃの修理引き受けます! 必殺修理人の大崎』
「何だよ、必殺修理人て? でも、これらしいな」
リンクを開くと、簡単な連絡先情報と修理実績を並べたサイトが現れた。
住所は奈良市郊外の地名だった。
「勾玉の調査にどうして家電修理人が登場するのかなあ?」
橋爪が手紙に残した名前とはいえ、事件との関係を想像できない。そもそも豪がこの人物と面識があるのかさえわからない。
「叔父さんはこの手紙を読んでいないわけだからな」
せめて勾玉に関して新しい情報が得られれば、叔父の消息を尋ねる手掛かりになるかもしれない。
「まずは電話してみるか?」
時刻はまだ夕方だ。健人は携帯を手に取った。
「――はい。修理人の大崎です」
必殺とは言わないんだな。くだらない感想を抱きながら、健人は名乗った。
「もしもし。吉田健人といいます。実は二か月前に失踪した叔父を探していまして、もしかしてそちらで何か情報が得られないかと」
「失踪? うちンところに関りあるんですか?」
「ちょっと込み入った話になるんですが、叔父が訪ねた曽爾村役場の方が大崎さんの名前を手紙に書かれていまして」
電話口で説明するにはややこしい話を、健人は汗をかきながら説明した。
「ははあ、吉田豪さんねえ。この二か月でそういう
「修理以外の要件で叔父が訪ねてきたということは……?」
「ありませんでしたねぇ」
豪捜索の糸口は得られなかった。これでは直接会うまでのこともないかと、健人は電話を切ろうとした。
「ありがとうございました。それでは失礼――」
「勾玉のことならなんぼか教えてあげられますけどね」
健人の言葉を止めて、大崎が意外なことを言いだした。
家電修理人と勾玉とはどういう取り合わせだ?
「大崎さんは勾玉に詳しいんですか?」
「まあね。威張るようなことやないけど、よくある『郷土史家』ゆう奴やね。歴史愛好家ゆうた方がええかな?」
さすがは奈良県というべきだろうか。そういうことを趣味にしている一般人がいるのか。
「あたしの場合は、郷土史ゆうより『古墳』に興味が集中してとるんやけどね」
「じゃあ古墳愛好家ってことですか」
何やら学生時代の豪や橘司と共通した部分があるかもしれない。豪は今や専門家ではあるが、学生時代は「古墳同好会」を主宰する変人だったのだから。
(橘さんを田舎の叔父さんと一緒にするのは失礼かな?)
工学部出身で古墳同好会に所属していたという橘司の顔が健人の脳裏に浮かんだが、すぐに打ち消した。
「曽爾村で出た勾玉のこともそれなりに知ってますよ。あン時は現物も見せてもろうたし」
それならば叔父の消息につながるヒントを何か聞けるかもしれない。健人は考えを変えて大崎に会ってみる気持ちになった。
「急な話ですみませんが、明日お話を聞きに行ってもいいでしょうか?」
「今曽爾村におるんでしょう? だったら奈良まで来るのはもったいないなぁ。どうです? あたしの方でそっちに行くゆうのは?」
「え? わざわざここまで来てくれるんですか?」
大崎には何の得もない話である。1時間以上も時間をかけて来てもらうのはさすがに気が引けた。
「なんも。仕事でも趣味の方でも長距離運転はようあるんでね? 1時間ちょっとくらいたいしたことないから。それに、曽爾村の橋爪さんとは知り合いやったし」
「それで手紙に大崎さんの名前が出てきたんですね」
「本当ならあたしがあんたの叔父さん――豪さん?――に勾玉の説明をするところだったンやろうな。甥のあんたに会うゆうのも縁みたいなもンかなと思うてね」
東京の暮らしで「縁」などというものを考えたことはなかった。奈良県のように古代から続く土地で暮らしていると、そういうことに対する感度が強くなるのかもしれない。
「ありがとうございます。助かります」
健人は素直に礼を述べた。
会うのは翌日、昼飯でも食いながら話をし、午後は宇陀市に行って出土品の現物を見せてもらおうという話になった。
「ところで『
「はい? 『かどふさ』ですか?」
「ははは。その様子だとまだやね。村役場のすぐそばにある神社なんよ。勾玉にも所縁がある。一度見ておいたらええ」
翌日の午前中には時間がある。健人は大崎の勧めに従うことにした。
◆
門僕神社は曽爾村の村社というべき小さな神社だった。言い伝えでは、雄略天皇の御代に創建された古社だという。
雄略天皇自体が実体のはっきりしない伝説中の天皇であるが、社伝が正しければ五世紀頃に創建されたことになる。
規模こそ小規模だが、拝殿、本殿を有する由緒ありげな神社であった。
調べてみると主祭神は「
「おや? 『玉祖命』って……。やっぱりそうか! 玉造部の祖神だ!」
いわば元祖勾玉職人という属性を持った神だ。
「なるほど。勾玉を追いかけるならご本家にご挨拶しておけってことか」
健人は型通り拝殿に向かって二拝二拍手一拝を行って境内を後にした。
◆
ホテルのロビーで待つ健人の前に老境に差し掛かった男性が現れたのは、十一時半を回った頃だった。
「キミが吉田健人君かな?」
「初めまして。吉田です。昨日は突然の電話で失礼しました」
「大崎力也や。気ィ使わんでええ。時間は自由に使える身分やからな」
引退同然の身の上で家電修理の仕事は趣味みたいなものだと、大崎は笑った。
向かい合って腰を下ろすと、健人は改めて叔父を探しに来た経緯を説明した。昨日の電話では省略した細部も加えたが、それでもすぐに話し終わった。
手元にある情報が少なすぎるのだ。
「事情は大体わかった。そやけど、キミ、本当にええンかね?」
「何がですか?」
コーヒーテーブルを挟んだ大崎は試すような色を目に浮かべていた。
「失踪人捜索は警察や探偵の仕事や。素人のキミが踏み込んだら、いろいろ面倒な目に会うんと違うか?」
「それは……覚悟しています。警察に任せるのが普通でしょうが、失踪の状況に事件性がないと警察としても捜索に向けられるリソースが限られるようで」
捜索願を受理する時の担当者は困ったような顔をしていた。失踪者本人の自発的意思で姿を消す「蒸発」である場合も多いのだ。
「といって、俺に探偵を雇うお金はありません。自分で探すしかないんですよ」
健人の決意を読み取ったのか、こくりと頷いた大崎は膝に手を突いて立ち上がった。
「そんなら飯でも食べながら勾玉について説明しよか。気ィ使いっこなしの割り勘でな」
健人は既にチェックアウトを済ませてあるので、すぐに誘いに応じた。
「車で前を走ってくれたら後ろからついていきます」
立ち上がりながらそういった。
「自分の車があるんかね?」
「奈良駅でレンタカーを借りました」
言葉を交わしながらホテル前の駐車場に行く。
「僕の車はこの軽自動車です。大崎さんの車は……」
「どれどれ。借り物の車いう奴は油断できひんからね」
そう言うと、大崎は健人の車の横に四つん這いになって車体の下をのぞき込んだ。
Tシャツにオーバーオールというラフな格好だから、そういうことができるのだろう。手が汚れるのも気にしない様子だった。
「あー、こりゃアカン!」
タイヤの脇に頭を突っ込んだ大崎が大声を上げた。
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