第4話 動かない足

「豪さんとは大学で一緒のサークルにいたのよ」

「それで叔父のことを知ってたんですか」


 それにしては司は若く見える。


「年齢でいえば三つ下ね」


 ならば三十七歳か。三、四歳は実年齢より若く見える。


「豪さんは二年留年してたから、卒業年は一年違いだけど」

「叔父は留年してたんですか?」

「そう。成績が悪かったんじゃなくて、嫌いな授業を取らなかったせいで単位取得に時間がかかったんだって」


 豪らしい話だった。好き嫌いがはっきりしており、他人の考えに迎合しない。

 チームワークには向いていないと自分で笑っていた。


「サークルってどんな集まりだったんですか?」

「古墳同好会っていうのが正式名称。でも豪さんは『古墳道部』って呼んでたわ」

「『古墳どう』ですか? 何ですか古墳道って?」

「そんなものないのよ。ただの古墳好きの集まりなんだけど……」


 口では否定する司だったが、その目は優しかった。学生時代を懐かしんでいるのか……。


「豪さんだけは本気度が違った。古墳の本質を追求したいって常々言ってた」

「他のメンバーがよくついていきましたね」

「そうでもないわ。最後はわたしと豪さんしか残らなかった。メンバーが戻ったのは豪さんが卒業してから」


 さもありなんと健人は思った。豪が他人と反りを合わせるなど期待するだけ無駄だ。

 むしろ目の前のこの人がよく最後まで叔父につき合ったものだと、健人は不思議に思った。


「橘さんはよく最後まで残りましたね」

「わたしも一匹狼の気質があってね。豪さんのやり方はきらいじゃなかった」


 そう聞いて健人は司の顔を改めて眺めたが、そこに男女の関係があったようには見えない。そういうウエットなものを感じさせない、さばさばした司の表情が目の前にあった。


「変わり者同士っていうわけですか」

「言ってくれるわね。でも、否定はできない」


 司の「中身」に叔父と共通するものを感じ取り、健人は軽口を挟める程度には緊張を解いていた。


「叔父に曽爾そに村のことを教えたのは橘さんですか?」

「わたしが『歴史の風』にいることを豪さんが知っていてね。ネットニュースを見てわたしに連絡してきたのよ」


 学生時代の仲間を頼ったってわけか。ありそうな話だと健人は思った。


「それで豪さんの行方がわからなくなったっていうでしょ? わたしも関わった手前気になって」

「それで俺に連絡してきたってわけですか」


 行方知れずといってもたかだか数日のことである。昔の仲間というだけでそこまで気にかけるものだろうか?


「なにしろ人が死んでいるんで」


 司の一言で急に部屋の空気が重くなった。


「村役場の人のことですか?」

「知っているの?」

「電話で問い合わせた時に知りました」

「そう……。――タバコ吸っていいかしら?」


 豪も喫煙者だ。灰皿を持ってくると健人がいうと、携帯用灰皿があるからいいと司はバッグからタバコを取り出した。


 横を向いて白い煙を細長く吐き出し、司は健人に向き直った。


「どう思う?」

「どうって役場員のことですか?」

「そう。偶然だと思う?」


 あえてそうしているのか、司の顔には表情がなかった。感情の読めない目で健人の反応を見ているようだ。


「偶然じゃなければ何なんでしょう?」

「殺人――」

「いや、まさか」


 ショッキングな言葉を投げかけ、司は再び横を向いてタバコを吸った。

 煙草の先でオレンジ色の火が踊り、あぶくを潰すような音を立てる。


 ふうと白煙を吐きながら、司の目をかすかな感情がよぎったように健人は感じた。


「冗談。言ってみただけよ。だけど、可能性はある」

「叔父が巻き込まれたって言うんですか?」

「可能性はね。ないとは言えない」


 健人の不安をわざと煽っているのだろうか? だとすれば底意地の悪い話だ。

 健人は司の表情をうかがったが、相変わらず何を思っているのか意図が読めない。


「警察が調べてますよね」


 事故が仕組まれたものであるなら、車にその痕跡が残るはずである。

 人が一人死んだ事故だ。検死や現場検証はしっかり行われるに違いない。


「そうね。普通なら原因は特定されるでしょうね」


 ジッ。火のついた先端を携帯灰皿の中で押しつぶすようにして、司はタバコを始末した。


 普通なら。司はそう言った。

 今回の事故は普通ではないと言いたいのだろうか。


「普通じゃないとしたらどこが……?」


 考えがまとまる前に、健人の口が動いていた。


「違うわ。殺人だとしたら普通のことじゃないってこと」

「そりゃ、殺人は異常なことでしょうけど……」

「同時に別の人間が失踪してる」

「うっ」


 豪の失踪、事故に見せかけた役場員の死。もしそれが一連の出来事であるならば、「普通の事故」でも「普通の殺人」でもない。


「何かのだって言うんですか?」


 健人の声がきつくなった。


「可能性よ。あくまでも可能性、今のところは」


 なだめるように司は静かな声で言った。


「わからない。どうしたらいいか」


 健人は自分の腕を抱えて爪を立てた。


「キミは関わらない方がいいと思う」

「えっ?」


 タバコをバッグに戻した司が冷たく言った。


「ただの事故なら豪さんの失踪とは関係ないわ。明日にも彼がひょっこり戻ってくるかもしれない。殺人ならば警察の仕事よ。キミにできることはない」

「それは……そうですが」

「捜索願を警察に出して、後は連絡を待ちなさい」


 司の言い分はもっともだった。冷静に考えればそれがベストだと健人も思う。

 だが、本当にそれでいいのか?


「第一、その足じゃ動けないでしょ?」


 その言葉は健人の腹の底に刺さった。またか。か。

 お前など役に立たないと切り捨てるのか?


『もういいって。ついてくるな。お前とはもう遊ばない』


 子供の頃に吐き捨てられた声が時を超えて聞こえてくる。


「うちのコネで何か情報をつかんだら連絡を入れるわ。それを待ちなさい」


 自分で動き回れないなら、他人を頼んで待つしかない。健人の思いがどうであろうと、一人ではどうにもならないことがある。

 今に始まった話ではなかった。いつもそうだった――。


 司がテーブルの上に置いた連絡先の名刺を、健人は歯を食いしばって睨んでいた。


「どうしたの?」

「足が動かないからって憐れんでますか」

「そんなことはないけど……」

「なら、何もできないだろうと馬鹿にしてますか?」


 健人の言葉は氷のように冷たかった。


「気に障ったのならごめんなさい」

「ご立派なことですね。ふっ、もういい。今更そんなことで腹を立てるとは」


 障がい者を見る特別な目など、うんざりするほど出会ってきた。いちいち相手にするほど初心うぶな心は持ち合わせていないはずだったのに。


「同情されたようなんで見せますけど、大学を卒業するまでには走り回れるようになる予定です」


 健人は愛用のノートPCを開いて、司の前に押しやった。その画面には自分で引いた設計図が表示されていた。


「これは義足……か?」

「『パワーアシスト』と呼んでいます。手っ取り早く言えばです」

「ふうん。よくできているわね。ああ、心配しないで。これでも大学時代は工学部に所属していたの。これくらいの図面なら読めるわ」


 司は真剣な目でPCの画面に見入った。パワーアシストの詳細に目を走らせて、その機能を読み取っているようだ。


「てっきり叔父と同じ考古学科出身だと思ってました」

「……そう? あ、古墳同好会にいたから? そっちは単なる趣味よ。もっともそれが今の仕事につながってるんだけれど……」


 しばらくすると司は画面から目を上げて、健人を見た。


「ダメね。これじゃ走れっこないわ」

「何だって?」


 自分の設計を真っ向から否定する司に、再び健人は態度を尖らせた。


「試作までできてるんだ。問題点をいくつか解決すれば……」

「それがダメだと言ってるのよ」


 いい募ろうとする健人を司はぴしゃりとはねつけた。

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