第13話
誤爆から数日後。
私と海老名は事務所にいた。
スマホを三脚にセットする。
「狭山さん。すごい緊張するんですけど」
「緊張するなって言ったって無理だろうけど。でも怖がる必要はないよ。社長が組み立てた筋書き通りやれば絶対大丈夫だから」
「ずっと思ってたんですけど、絶大な信頼を寄せてますよね」
「まあ社長はなんだかんだこの道のプロなわけだし。社長で無理なら無理だったんだなあって諦めつくだけだよ。信頼してるわけじゃない」
まあそれを信頼と呼ぶんだぜ、と言うのならそうなのかもしれないが。
でも全幅の信頼をおいているつもりはない。
「おーし、あと一分だ。二人とも準備は出来てるかー?」
部屋に入ってきた社長は、パンっと手を叩き、声をかけてくる。それからスマホの向かい側に座った。
「もちろん」
「はい。いつでも大丈夫です」
私が頷いてから、続いて海老名も頷く。
「話した通りに進めてくれれば大丈夫だろ。ダメならダメでその時また改めて考えよう」
「適当な……」
「そんくらいでいいんだよ。今回の炎上なんてな。よし、それよりもカウントダウン始めるぞ。五、四、三、二――」
右人差し指をたてて、左指で三脚にセットされているスマホの画面を社長は触った。それと同時にあまり聞き馴染みのない効果音が響き、ライブ配信はスタートした。
こうなったことを説明するには、数時間前に遡る必要があった。
◆◇◆◇◆◇
九時間前。正午。大学の二限の講義が終わり、お昼でも食べようかなという頃合だった。私のスマホはぶるぶる震えた。電話が来ていた。スマホの画面に表示されているのは社長のアイコンであった。
『今日の夜、時間空いてるか?』
「え、夜ですか?」
『ああ、空いてるならライブ配信するから、事務所に来て欲しいんだが』
「配信ですか。また突然ですね」
『こういうの流れだからな。で、どうだ。来られそうか?』
「まあ暇なんで行きますよ」
アルバイトがアイドルな私は圧倒的な暇人だった。恋人もいないし、夜に出会うような友達もいない。飲み会の予定すらもない。大学生としてはちょっとばかしつまらない生活かもしれないが、これが私。だからつまらないとか思わない。
『それじゃあ来てくれ。十九時までにはよろしく頼む』
「わかりました」
『電話切ったらツイートして欲しい文章送っとくので、コピペしてツイートしておいてくれ』
「そっちもわかりました」
と、返事をすると電話は切れた。それと同時にぴこんとメッセージが届く。
『本日午後九時よりゲリラ配信を行います。皆様お忙しいと思いますが、ぜひご覧下さい! もちろんアーカイブは残ります』
という文章であった。言われた通りにコピペして、ツイートした。
事務所へと向かう。
道中、海老名と遭遇した。
「海老名も呼ばれたんだ」
「はい。狭山さんもなんですね。てっきり私だけだと思ってました。謝罪配信? みたいなのさせられるのかなと思っていたので」
苦笑を浮かべる海老名を横に携えて、事務所に入る。
扉を開けて「こんにちはー」と声をかける。社長はソファでくつろいでいた。
「二人揃って、ようこそ」
「こんにちは」
「とりあえず座って」
くいっと社長の向かいにあるソファへ目配せする。
私と海老名は顔を一度見合わせてから、ソファに座る。
「まず二人には今日の九時にライブ配信をしてもらう」
「聞きました」
「うん。聞いたね。聞いた」
社長の語り出しに、私と海老名はそれぞれこくこくと頷く。
「……詠海の誤爆は誤爆じゃなくて、百合営業の一環ということにする」
「……?」
社長の言葉に、海老名は首を傾げる。
「あれを百合営業は無理があるんじゃ……」
私もあまり理解できていなかった。
あの引用リツイートは誰がどう見ても相手を傷つける、そういう意図が明確に、くっきりはっきりと仕込まれていた。社長がどういう展開を頭の中で思い描いているのか、想像すらできないが、少なくともじゃれ合っていただけです、というのは通用しない。
それほどに凶暴さがあの引用リツイートにはあった。
「まあ聞いてくれ、話を」
ぷはあっと社長は電子タバコを吸う。
「難しい話じゃない。二人は喧嘩中で、詠海が琴寧のアカウントに攻撃をしてしまった。そうだな、痴話喧嘩だ。痴話喧嘩を表でしてしまった、という形に持っていこうと考えている」
「痴話喧嘩……」
「ああ、そうすれば整合性はとれるし、納得感も得られる。それに二人にとっても大きな不都合が被る話ではない。と、思っているけれど、どうだろう?」
まあたしかにそれなら筋は通っているし、丸く収まるだろうなと思う。もっとも海老名は恥をかくだろうが。
「ええ、はい。いいですけど」
「おお!? いいのか。二人は仲悪いし、いくら演技であったとしても、痴話喧嘩でしかも詠海が負けたような空気を出されるのはいやかなと思っていたが……」
社長は露骨に驚いた。ビックリして、手に持っていた電子タバコを落としかけている。
こほんとわざとらしい咳払いを挟んで、海老名をフォローする。
海老名は俯きながら、こくりと頷く。
「もう仲悪くないですし……それにこれが最善策だってわかってるので」
顔を上げた海老名は前髪をかきあげて、真っ直ぐな瞳を社長へ向けながら答えた。
仲悪くない。その一言に私は大きな喜びを覚える。
海老名にとっては何気ない一言なのかもしれないが、私にとっては大きな一言のように感じられた。
そんなやり取りがあって、そして今に至る。
◆◇◆◇◆◇
配信を開始する。開始して数分も経過していないのに、同接数は千を越えようとしていた。
コメント欄は荒れているというほどではないが、各々が好き勝手書き込んでいるという惨状であった。『仲悪い二人組』やら『性悪女だーーー』とか。あげたらキリがないが。ほとんど野次馬なんだろうなとぼんやり思った。
「まずはご覧いただきありがとうございます。そして、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。すべては私の責任ですので、私から事の経緯を説明します」
私の袖口をぎゅっと摘む海老名はスマホへ向かって淡々と語る。私はそれを隣で見守る。
「まず第一に……私は琴寧さんのことが大好きです」
はっきりと明言した。
「抱き合うことだって、口付けを交わすことだって、胸を揉むことだってできます。琴寧さんが望むのならばここで切腹をしたって構いません。それほどに私は琴寧さんのことが好きです」
と、海老名は大嘘を吐く。
和解こそしたが、オセロみたいに黒が白になるような反転は起こらない。人間の感情、そこまで簡単にひっくり返らないのは知っている。
だから横目で見ながら、やっぱり嘘つきやんな、海老名と思った。言わないけど。
「別に信じて欲しいわけじゃないです。ただ事実ははっきりと述べておこうと思ったので今回この機会を作っていただきました。引用リツイートの件ですが、誤爆ではありません。意図して行ったものです。ライブ終わりにひょんなことで琴寧さんと喧嘩をし、それを引き摺って、カッとなって書いてしまいました。ですが、もう仲直りしました。和解しました。ご心配おかけして申し訳ありません」
海老名は頭を下げる。
結局この件は面白そうな火種があるから、野次馬が寄ってきただけであった。だからこそ、ただの痴話喧嘩っぽいとなれば、面白さはさほどない。少なくとも今後新たに玩具が投下される未来は薄い。野次馬は玩具を燃やし続けたがる。燃えない玩具に用はない。
コメント欄の熱は急激に冷める。同接もポチボチ減る。
――なら仲直りのキスを見せてよ。
なんてコメントが流れる。それを見た『ティーリング』のオタクたちは乗っかる。
海老名の発言を信じるからこそ、無邪気にそんな提案に乗っかってくる。
そしてやらなきゃいけない空気感が生まれてしまう。
やれないなら今の発言嘘だったんだ、というような空気が。
さて、海老名はどうするつもりなのか。
海老名を見ると、海老名はぐいっと私の顔に唇を近づける。私の前髪を手で上げて、額を露わにする。そして額に唇を優しく押し付けた。
「琴寧さんは最高のパートナーなんです」
海老名は微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇
すべてが丸く収まって、よかったよかった、と帰路につく。
ツイッターをふと見ると、ツイート通知が入っていた。海老名の裏アカウントである。まだ動いてるんだ、と思ってアカウントを見に行く。
『今日私は確信した 狭山琴寧はアイドルやめた方がいい まったく向いてない』『枕営業してる噂消えてないし』『やめろやめろ アイドルやめろ』
と、いつになく大暴れしていた。誤爆を恐れずに連投している。
うーん……なんで?
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