第6話

 徒歩五分ほどで仙台朝市に到着する。

 平日でありながらも賑わっている。

 老若男女が往来する。主婦やカップル、観光客も……千客万来だ。


 その中を私たちは歩く。もちろん手を繋いだまま。

 一度手を繋ぎ、歩き始めると、中々手を離すタイミングを失ってしまう。

 すぐに離してやろうと思っていたのに、もう離せない。


 私の大アンチである海老名はこれでいいのかと思い、ちらりと彼女の顔を見る。

 海老名はもう完全に百合営業モードに入っていた。

 手を繋ぎ、歩くことも百合営業の一環だと思っているようで。いや、まあ、理解はできる。が、周りに見られていないのにここまでやる必要あるのか、とも思う。


 「もう始めるの?」

 「なにをですか?」


 声をかけると、海老名はニコッと微笑む。まるでステージ上に立っている時のようだった。


 「百合え――いで、いって、なんで踏むの。酷い。最低」


 問われたから答えようとした。なのに、明らかわざと私のつま先を踏みつけてきやがった。

 軽く踏むんじゃなくて、かなり本気で。思いっきり。


 踏まれた事後である今もなお、痛みは続く。じんわりと痛む。


 「馬鹿ですか、アホなんですか」


 小学生みたいな可愛い罵倒をしてきた。


 「急になに……」

 「はあ……」


 海老名は露骨にため息を吐く。


 「狭山さん。ちょっと……こっち、こっち来てください」


 海老名はぐいぐいと手を引っ張ってくる。可愛らしい罵倒とは裏腹に、手を引く力はかなり強い。強引そのものであった。


 「わかった。行く。行くから、そんなに引っ張らないで。腕抜けちゃう。どこに行くの」

 「……」


 海老名はキョロキョロと周りを見渡す。

 それからため息を吐く。


 「御手洗です!」


 大きめの声で答えた。

 と、トイレなら一人で言ってよ。男じゃないんだから連れションとかしないでよ。


 なんて思いながら、御手洗へ吸い込まれるように向かった。




 魚介類の香りに包まれながら、屋内を歩く。ずかずかと奥へと進むと、角に御手洗が見えてくる。

 女性用トイレに入り、そのまま個室への連れ込まれた。個室の扉を開けて、中に入り、ガチャりと鍵を閉める。

 躊躇のない行動。

 その想定外の行動にまず呆然とした。

 それからさすがに驚く。そして、ドキドキする。

 百合営業とはいえ、これはいくらなんでも一線越えているような気がする。

 やりすぎだと思う。わりとまじで。


 「海老名。なに? どういうつもり? なにすんの?」


 矢継ぎ早に海老名へ質問を投げる。


 「それはちょっとやりすぎってきうか、なんていうか――」

 「気付きませんでしたか?」

 「へ? う、うん? なにが? なにを? なにに?」

 「私たち、後つけられてましたよ」

 「え、誰に!?」

 「知りませんよ。狭山さんのストーカーか、『ティーリング』のオタクじゃないですか」

 「ストーカーなんていないし、オタクはストーカーなんてしないよ」

 「狭山さんは気付いていないみたいですけど、案外オタクは色んなところ見てるんですよ」

 「…………」


 私の顎に手を当てる。

 グイッと顔を近づける。

 間近で海老名の顔を見ると、やっぱりアイドルになるだけあって顔面強すぎるなと素直な感想を抱く。まつげ長いし、鼻の筋通ってるし、これだけ近づいても毛穴とか気にならないくらい肌綺麗だし。


 「いいですか? 私たちは常に見られているんです。百合営業に休みはありませんよ」


 海老名ってやっぱり綺麗だなあと思っていると、そう話をぐるっとまとめた。


 「今日はずっとするってこと? 百合営業を」

 「そうですね。演じ続けましょう。付き合っているかのような感じで」


 結局、海老名の勘違いで、私たちの後をつけてくるストーカーまがいのことをしてくる人はいませんでした、的な展開を期待していた。

 だけれど、その期待は期待のまま沈む。

 女子トイレから出てきて、すぐに儚く散る。


 「うわあ……」


 手を繋ぎ、濡れた床を歩く。

 言われて意識するとたしかに視線を感じる。

 斜め後ろから。でも人が沢山いて、どこにその視線の元があるかはわからない。

 ただ一方的に見られていることだけがわかる。なんで今まで気付かなかったのだろうか。


 「わかりましたか?」

 「うん」

 「だから、今日一日は私とデートです」


 指を絡め、ふふっと微笑む。

 ステージ上でも中々見せることのないとびきりの笑顔。


 「狭山さんも、しっかりやってくださいね」


 笑顔を作ったまま、圧をかけてくる。

 身震いして、顔を引き攣らせ、こくこくと頷いた。





 手を繋ぎ、歩幅を合わせ、時折肩を軽くぶつけながら歩く。海老名の金色の髪の毛が揺れる度にシャンプーの香りがほんのり私の鼻腔を擽る。これはきっと、シチュエーションのせいなのだが、なんとなくいい香りでドキドキしてしまう。


 「まずいいですか? どうしても行きたかったところがあるんです」


 海老名はそう声をかけてきた。


 「行きたかったところ?」

 「はい。美味しいコロッケ屋さんがあるみたいなんです。この間、朝市テレビで紹介してた時に出てきてて、安いのに美味しいって紹介されてたんですよ」


 嬉々と声を弾ませながら喋る。

 私のアンチとは思えないほどに、楽しそうだった。


 「そうなんだ。じゃあ行こうよ」

 「いいんですか?」

 「他にやることもないし」


 実際やることは練り歩くことくらい。

 なにか目的を提案してくれるのはありがたい。


 「やった、です」


 手を離した。

 え? いいの? と思ったら、ギュッと腕に抱きついてくる。

 控えめな胸をぐいぐい押し付ける。


 「ほら、頭くらい撫でてください。足りませんよ、百合が。こんなんじゃ疑われますよ。跡つけられてるのに」


 そのまま耳元に口を持ってきて囁く。

 煽られる。


 「や、やるよ」


 言われっぱなしでたまるか。

 その一心で空いている手で海老名の頭を撫でる。髪の毛を触る。

 艶やかな髪の毛は、触っただけで溶けてなくなってしまいそうなほどにサラサラしていた。


 「これでいいんでしょ」

 「はい。及第点じゃないですかね」


 頭を撫でて、及第点と答えられる。

 なんとも不思議な瞬間であった。




 海老名は足を止めた。彼女の目線の先にあるのはコロッケ屋。

 立っているだけでふんわりとコロッケの香りが漂ってくる。

 どうやらそこそこ人気なお店のようで、常に人が数人並んでいる。


 私たちも並ぶ。

 いつか、アイドルとして大成したら、ロケで来て、並ばずに買えるようになるのかなあなんて考える。まあそこまで上昇志向は持ち合わせていないし、地下アイドルがテレビでロケに行けるほど成り上がれるとも思っていない。


 百合営業をして、こんな小さなアイドルを応援してくれるオタクたちを離さないようにするので精一杯。


 回転率はよく、すぐに私たちの番になる。

 一個百円もしないコロッケを二つ買って、一緒に食べる。

 揚げたてのコロッケ。衣はサクッと、中身はトロっと。

 冷凍のコロッケや、スーパーのお惣菜のコロッケばかり食べてきた私にとって、この感覚は新鮮そのものだった。


 「え、めっちゃ美味しい」

 「ですねー」


 食べ終えて、一息。


 「あ、写真撮るの忘れました」


 海老名はハッとする。私も続けてハッとする。馬鹿か、馬鹿なのか?

 百合営業が主目的なのに、なに普通にコロッケ美味しく頂いてるんだ。写真を撮って、海老名と出かけましたーってツイッターで報告するために来たのに。写真撮らなきゃ意味ないじゃんか。


 「もう一回並びますか?」

 「コロッケ二つも食べたら……ちょっとお腹が」

 「狭山さんの場合、お腹じゃなくて違う方に脂肪行くんじゃないですか」


 海老名は私のつま先をわざと踏みながら、不貞腐れたように言葉を吐き捨てる。

 痛い。


 「どうせならデザート食べますか」

 「デザート?」

 「隣にお団子売ってますよ」


 ちらりと隣を見るとお団子がショーケースの中に並んでいた。

 コロッケを食べて、お団子を食べる。食べ歩きの黄金ルートかなにかかな。


 並んで、今度はお団子を購入。

 何種類からか選べたのだが、私はずんだ。海老名はあんこを選んだ。

 いいのか、宮城県民。ここでずんだを選ばなくて。


 端っこに寄って、まずはお団子を二つ並べて写真を撮る。

 ずんだ二本より、ずんだとあんこが並んでいた方が映える。もしかしたら海老名はそこまで計算して、ずんだではなくて、あんこを選んだのかもしれない。


 「いっただきまーす」


 パクッと食べる。

 ずんだのつぶつぶ感が美味しい。


 ――パシャ


 海老名はスマホを構えていた。


 「ふぁんで撮ってんの」


 お団子を咥えながら、行儀悪く抗議する。


 「ダメですか? 投稿用の写真、と思ったんですけど」

 「……食べてるところ撮られるのは恥ずい」

 「アイドルが何行ってるんですか。そんなので恥ずかしがってたら食レポとかできませんよ」


 至極真っ当な指摘をされてしまった。


 「はい。じゃあ次は私の食べてるところを撮ってください」


 今度は海老名がお団子を咥える。

 美味しそうに食べる瞬間をスマホで撮った。


 人がご飯を美味しそうに食べている写真は様になっている。

 幸せそうな雰囲気が写真から感じられる。

 この写真を『海老名とお団子ー!』みたいな言葉と共に投稿したら、たしかに効力的だろう。


 「あとで投稿してくださいね」

 「言われなくてもするよ」


 私のことをなんだと思っているのか。舐めないでいただきたい。

 そう思って、反論したその時だった。


 「ふふ、いただきます。狭山さんっ」


 海老名はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、前髪をかきあげてぱくっと私のずんだのお団子を一口頬張った。


 「おいひぃですね」

 「ちょ、私のお団子……」

 「口を開けば文句ばっかりですね。可愛い後輩のちょっとしたイタズラじゃないですか。しょうがないですね。私の一口あげるので許してください」


 そう言いながら、躊躇することなく、私の口にあんこのお団子をぶっ刺す。

 あーんとかではなくて、もう強引に押し込んできた。

 だけれど、傍から見ればそれはきっとあーんに見えるし、関節キスをしているようにも見えるし。

 百合営業という観点で考えれば、あまりにも最強なムーブなんだろうなと思う。


 ……てか、あんこあっま。めっちゃ甘くて美味しいな、これ。

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