第4話
「やあ、二人同時に会うのは久しぶりだね」
初ライブを終えて数日後。
私と海老名は次のライブに備えてレッスンをしていた。
レッスン室に顔を出してきたプロデューサー兼社長。
飄々とした態度は今も変わらない。
初ライブは、まあ期待に添えたのだろう。
「どうかな? 仲良くなったかな」
口角をあげて、わかってて言っている顔だ。
意地悪な質問をぶつけてきた。
「なってないですけど!? この前もいいましたが、あんな踊り、人に見せられるようなものじゃないです」
「詠海はダンスが上手いからな。そう見てるのも仕方ない」
「ってレベルじゃないです。あんなのお遊戯会レベルですよ」
「おお、言うね」
ケラケラ笑ってる。
私がここまで馬鹿にされているのに、酷い。
「でも僕が求めているのは、君たちにアイドルを演じてもらうこと。そうだな、もう少し深入りするのなら、君たちには恋をするアイドルを演じてもらうことだね。アイドルはファンとの疑似恋愛が定石だったけれど、近年は形を変えつつある。ファンの立ち位置が変わり始めているんだ」
社長は淡々と語り始めた。
こうなると長い。
面倒臭いので座って話を聞く。
「君たちが仲が悪いのは結構。プライベートでは好きにしてくれて構わない。罵りあってもいい。法を犯すような攻撃をしないなら好きにするといいよ。けれど、ステージ上ではお互いを愛し合うような関係を演じ続けること。プロとして、そこはしっかりしてもらいたい」
社長は私たちに釘をさしに来たようだ。
「わかってますよ。それくらい。あのライブじゃ足りませんか?」
初ライブでは、海老名は私の想像を凌駕する百合営業を仕掛けてきた。
腕に絡み、恋愛的要素を言葉の節々に匂わせる。
正直形としては完璧だと思った。踏み込みすぎずに妄想の余地を与える。そう簡単に出来ることでは決してない。
「いいや、問題ない。あのレベルをキープしてくれればそれでいい。評判もいいからね」
「ですよね」
ふふん、とドヤ顔。
「評判がいいからこそ。だからこそ、バレるな。君たちが仲が悪いこと。それだけは絶対にバレるな、死守しろ。なにがあってもだ」
「なにが……あっても……」
「ああ、そうだ」
社長はそんな無理難題を押し付けてくる。
たしかに私たちはそれでファンを喜ばせ、ファンからお金を貰う。ダンスや歌じゃなくて、関係性というドラマを売りにして、お金を貰う。
だから、本当は仲が悪い……だなんてバレちゃいけない。理屈はわかる。やらなきゃいけないのもわかってるし、わかってるからこそ海老名にそう言い聞かせてきたが。
いざ、社長から勅命を受けると、簡単には頷けない。
やれる自信がないからだ。あれば頷く。でも、ないから頷かない。単純明快な話である。
なぜこんなにも自信がないのか。
いや、だって。
海老名は私のアンチ活動をするために裏垢を持っている。アンチ活動のためだけのツイッターのアカウントだ。
今はまだ裏だけど、ひょんなことで表に出てしまってもおかしくない。
なのに。
「任せてください。必ず守り通してみせます」
と、海老名は自信満々に答えた。
果たしてそのわけのわからない自信がどこから芽生えているのか。
「その言葉信じているよ」
「はいっ!」
「早速だけれど、次のライブについて。君たち二人の初ライブの掴みはほぼ完璧と言っていい。あの場に居た観客はまた足を運ぶ、リピーターになってくれるだろう」
「ファンとは言わないんですね?」
海老名は首を傾げる。
「ファンになるかどうかはこれから次第だよ。君たちが観客をファンにするんだ。ただ既に気になる存在にはなれている。次のライブも来てくれるだろう」
社長はそう話を続ける。
「つまり、またライブハウスでできるんですか?」
「そのつもりだ。ショッピングモールや商店街、公園なんかでのミニライブも考えたが、勢いがあるうちは乗っかっておくのが吉だろうからな。それに結成ブーストは今しかない。ミニライブはまたいつでもできる。今は取り込めそうな層を取り込むことが最優先だ」
外でのライブは心身ともにかなり疲弊する。
だからホームにしているいつものライブハウスでライブができることは素直に嬉しい。
◆◇◆◇◆◇
そんなこんなで次のライブが決まった。
一ヶ月後。
若干遠い日程であるが、結成したばかりで足元がまともに固まっていないことを考えると、仕方ない。
今日も私はレッスンに来ていた。
レッスン室に入ると、珍しく海老名が先にいた。
「お疲れ。珍しいね」
「この前の話、覚えてますか。社長の」
挨拶は当然のように返さない。
「この前? うーん、不仲なのがバレないようにしろよ、って忠告のこと?」
挨拶が返ってこないのはまあいつものことなので、こちらも一々突っかかるようなことはしない。私以外にもこの態度であるのなら問題だが、私のことが大っ嫌いで無視しているだけなのでまあいいかって思える。
「そうです」
「じゃあ覚えてるよ。それがどうかしたの?」
「私たちこんなんじゃないですか」
海老名はそんなことを言い出す。
これ作りだしているの君だけどね。てか、もう私のこと嫌いなのかの隠すつもりもないじゃん。まあ社長がバラしたようなもんだし、今更隠してもしょうがないと開き直っているのかもしれないな。
「ライブだけ仲良しアピールしていても、いつかボロが出てしまうと思うんです」
「……なるほど。それはたしかにそうだね」
こくりと頷く。
ライブだけの百合営業じゃ信憑性にかける。
その場だけで仲良くしているふりをしているのだろうと、勘繰られてもおかしくない。
普通のアイドルならば別にそれでいいのだろう。だがしかし、私たちは『百合』を売りにしている。『百合営業』だと思われると困るのだ。
なので関係性に重厚感と信憑性を持たせる必要がある。
「SNSに写真を定期的にアップしませんか?」
「写真? それは……まあいいけど。どんなの?」
「こういうのです。スマホ貸してください」
言われて、スマホを貸す。
海老名は手際よくスマホを操作し、インカメを開く。スクリーンには私と海老名の顔が見える。
海老名は顔を近付ける。頬と頬がぶつかる。
「ほら、笑顔を作ってください。満面の笑みですよ。引き攣ったりしないでくださいね。アイドルなんですから、踊りはできなくてもそれくらいはできますよね。というか、してくだはい」
一言二言余計だな、と思いながら言われた通りに笑みを作る。
海老名は私の肩を抱きつつ、頬を寄せ、自撮りをするというかなり器用なことをする。
パシャリという音が響き、写真が撮れた。
「あとは……」
ツイッターを開いて、右下のツイートボタンを押し、写真を選択して『今日はレッスン! 詠海ちゃんと一緒にたくさん汗を流したよ。自撮りしよって声掛けたらこんなに寄ってきてビックリしちゃった。詠海ちゃん甘えすぎだよ〜』という文章を恐ろしい程の真顔で打ち込み、投稿する。
「それで……」
今度は自身のスマホを取りだして、またポチポチ文字を打つ。
返却された私のスマホに通知がくる。
『琴寧さんと写真撮った! 汗かいてたけどめっちゃいい匂いだったから思わず抱きついちゃった〜 えへへ いつも優しくて大好きな先輩で仲間!』
なんて引用リツイートをしていた。
もちろんこんな文章を打っていたとは思えないほどの真顔をずっとしている。表情ひとつ変えずに『大好きな先輩』と書く海老名を見て、私の背中をぞくりと冷たいものが這い上がった。
「こういうところから百合営業していきましょう。私たちは……もうプロですから」
海老名の本気が垣間見えた気がした。
◆◇◆◇◆◇
解散して、地下鉄に揺られているとスマホに通知が入る。
さっきの百合営業ツイートに引用リツイートがついた。
『アイドルアピうざい 自分のこと可愛いとか思ってそうだし しかも胸強調しててキモイ 枕やってるだけのことはある 後輩をだしにして先輩面してるの最悪すぎ アイドル向いてないからやめろ』
海老名の裏垢からのものであった。
これ投稿したのお前じゃん、とか思うが。
『汗かきすぎ』『下手くそなのに後輩には媚び売っててキモイ』『普通に臭そう』『あんなに汗かいてるのに写真撮ろうとかハラスメントでしょ。詠海ちゃん後輩なんだから断れないのに。まじでかわいそすぎ』『衣装でごまかしてるだけで体型も微妙』
今日も私への攻撃ツイートが乱立していた。
悪口は刺さらないけど『汗かきすぎ』という事実だけ、心にぶっ刺さった。
き、気にしてたのに。
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