第3話 全部ぶち壊したい夜に

──なぜ、足がこの場所を選んだのか。

柊 一真自身にも、明確な理由はなかった。


気づけば夜の公園にいた。

誰もいない並木道を、誰にも見られずに歩いていた。

目的も、言い訳も、ただのひとつもなかった。


思考は途切れ、再開するたびに違う感情が顔を出す。


怒り。

何に? 誰に? そんなの、わからない。

自分か、相手か、それとも──全部か。


悔しさ。

でも、もうとっくに諦めたはずだった。

納得したふりも、受け入れたふりも、何度も繰り返した。

それなのに、どうして心はまだざらついている?


嫉妬?

するほどの相手か?

……いや、むしろ嫉妬してるのは“あの頃の自分”にだ。

信じていた。疑っていなかった。愛されていたと思っていた、“バカな自分”。


空虚。

食っても、寝ても、稼いでも、なにも埋まらない。

納品を終えて金をもらっても、どこかに“穴”が開いている気がして仕方ない。

ずっと、何かを取り戻さなきゃいけない気がしてるのに、

何を──なんて思い出せない。


感情が溢れてくるのに、整理ができない。

むしろ、ぶつかり合って、壊れていく。


全部ぶん殴って終わらせたい。

笑って過去にできたら楽だろう。

でも、それができないから、こうして歩いている。



B区第十一迷宮。

街の真ん中にできた新設ダンジョン。

誰もいない、公園の奥。

街灯の届かないその先で、“黒い穴”が静かに揺れていた。


──封鎖用のチェーンが下ろされている。


探索者IDさえあれば、入れないわけじゃない。

管理局の目をかいくぐる気も、ルールを破るつもりもなかった。

でも──気づけば、この場所に立っていた。


「……何してんだ、オレ」


自分で自分の行動に理由がつけられない。

滑稽だ。哀れだ。くだらない。

でも、立ち止まれなかった。


頭ではもうわかっている。

“何か”を始めるつもりで、ここに来た。

理由なんか、もうどうでもいい。

ただ、何かを変えなければならないという衝動だけが、胸の奥で疼いていた。


スキル《作成》。

何度も使ってきた。生活のために。誰かのために。

でも今は、ただ──自分のために。


一真は、ゲートの奥に一歩を踏み出した。



夜の空気とは、どこか違っていた。

気温も、湿度も、景色も──何も変わってないのに、肌にまとわりつく感覚だけがやけに重かった。


B区第十一迷宮。

まだ誰の足跡もついていない、まっさらなダンジョン。

視界の先には、形の定まらない通路と、しんと静まり返った空間があるだけ。


一真は歩を止め、壁へ手を伸ばした。

ひんやりとした石の感触。魔素を含んだ鈍い響き。

触れたところで何があるわけでもない。ただ……確認したかった。


──本当に、ここを自分のものにしていいのか。

いや、違う。


“そうでもしなきゃ、何も変わらない”


理由なんてどうでもよかった。

動機も、計画も、見返してやろうなんて野心すらない。

ただ、何も残っていない今の自分に、

まだ“何かを創れる”手があると知っていることだけが──唯一の救いだった。


「……知らねえよ、もう」


呟きは空間に吸い込まれて消える。

誰にも届かなくていい。ただ、声にしなければ自分の中で暴れそうだった。


何を作るかなんて決めてない。

この先どうしたいかもわからない。

でも。


“作らなきゃ気が済まない”。


静かに、けれど確かな意志でスキルを起動する。


──《作成》。


魔力が走る。

理論も式もなし。構築も応用も全部すっ飛ばす。

ただ、ありったけを押し込む。


壁に。床に。空間に。

“自分という存在”を、力づくで刻み込む。


何かが変わっていく。

通路の素材が軋み、気配がわずかに震える。

温度、流れ、質感──全てが、上書きされていく。


「こんなとこ、元からまともじゃねぇだろ……だったら」


理屈はいらない。

説得も、報酬も、同意もいらない。

黙って従わせて、自分の領域に変える。それでいい。


あの日、奪われたもの。

戻らない時間。どうしようもない現実。

そのすべてを、“作り直す”手段があるなら──


問答無用で塗り替えてやる。


空間が静かにきしむ。

まっさらなダンジョンは、確かに今──

一真の意志で、塗り直され始めていた。

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