第3話

旅の行き先は、王がかねてより一目見たいと願っていた古い遺跡たちだった。それは不毛の地の頭上から星くずを散らしたような形で点在しており、一つ訪れるだけでも大変な道のりになる。


王のための所蔵庫には、遺跡についての書物が残されていた。かつての王が残したのか、不死鳥が残したのかは分からないが、それはなんとも興味をそそられる内容だった。


いわく、砂漠の国は元は草花が咲きほこる国だったとか─不死鳥の一声でそれらが一夜にして枯れ果てたとか─そのような伝承が、遺跡には書き残されているらしい。


この国の始まりについて、王は何も知らなかった。王だけでなく、この国の住民は、そのことについて全く知らない。興味がないと言ってもいい。


王がそれに興味を持っているのは、この国ではおかしなことだった。


「それでカシュハさまは、その書物に書かれていることが本当なのか、遺跡を見て確かめたかったのですか?」


タタユクは砂に足を取られながら、右に立つ─ 王は客人の左耳が聞こえぬと知ってから、常に彼の右手に立った─カシュハの顔を見て聞いた。彼は歩き慣れない砂漠の上でも、まるで今森を出てきたばかりのように、疲労や失望を見せなかった。その心の強さは、カシュハの心も楽にした。


「そうだ。しかし不死鳥はよく嘘をつくから、あれにそそのかされた民が嘘を書いたということも、十分にあり得る」


カシュハは、タタユクが転びそうになるたび手を貸した。客人は嬉しそうにそれをとって、また歩き出す。王の落ち着いた歩き方を真似しようとするが、なかなか上手くいかなかった。


「カシュハさまは、不死鳥さまのことがあまりお好きでないようですね」


タタユクの不思議に透き通った声を聞きながら、カシュハは片眉を上げる。


「不死鳥について好き嫌いの範疇ではかるのは、どうも難しい。私は〝遣い”だったからな」


燃えるように赤い砂をじっと見て、そう答えた。


「遣い……? それは一体なんですか?」


タタユクの声を心地よく感じる理由が、そのときようやく分かった。彼は砂漠の国のことを何も知らない。そのことが、王には冷たく感じられた─頬に触れると心地よく、手を伸ばさずにはいられない。


「王の器を持つものを、この国では不死鳥の遣いと呼ぶ。生まれ落ちた瞬間、あるいは命が芽生えたその瞬間から、遣いかどうかはすでに決まっている。その素質は遺伝することもあるし、しないこともある……。王が死んだら、複数いる遣いの中から不死鳥が一人を選び、金色の羽織を受け継がせて王とするのだ」


カシュハが振り向く。タタユクは、ひとすじの汗とともに微笑んだ。


「森林の国とは全く違う仕組みなのですね」


「ふむ。そなたの国は、どのようにして王を選ぶのだ?」


「わたくしの国では、生まれ樹のそばに青い花が咲いた者が王になります」


カシュハは、知らぬことを知るのが好きだったので、タタユクから森林の国のことを聞きたがった。


「生まれ樹とはなんだ?」


「赤子が生まれたその日に芽吹く樹のことです。人が死ねば生まれ樹も枯れ、生まれ樹が大きく成長すれば、人の子もたくましく成長してゆきます」


「なるほど。では、タタユク、そなたの生まれ樹は?」


軽やかに答えていたタタユクが、そこで一瞬、錆び付いたかのように足を止めた。


「わたしの……生まれ樹ですか?」


「ああ。そなたにもあるのだろう。どんな樹なのだ?」


王はタタユクが足を止めたことに気付かなかった。タタユクが太陽を避けるように顔を伏せて、答える。


「わたくしは、いっとう小さなトウヒの樹でした」


カシュハは、タタユクの声に少しのあざけりが混ざっていることに気付いた。足を止めて彼の額を見る。


「……生まれ樹だけで森林の民を判断することは、難しいだろうな。いっとう小さなトウヒのそなたが、あの山を一人で超えて、今まで誰も踏まなかった砂の上を歩いているのだから」


タタユクはその時生まれた嬉しさを、咄嗟に塗りつぶした。


「その通りですね。わたしが小さなトウヒなら、王として旅に出るあなたは、さらに大きな生まれ樹を持つでしょう」


その笑い声は先ほどよりも高く響いた。


王は眉をひらりと上げたが、何も言わなかった。彼の恥ずかしさを上書きする必要はないと思った。


タタユクはしばらくの沈黙に耐えかねて、質問することにした。目の前にいる、奇特な王について。


「砂漠の国の王に選ばれるには、なにか基準があるのですか?」


この頃には、ひとつめの遺跡はすぐそばまで来ていた。大きくなった影を見つめながら、王は右に立つタタユクにそれを示してみせる。


「あるにはあるが……この話は少し長くなってしまいそうだ。落ち着いたときに話そう。そのときは、森林の国の王の話を聞かせてくれ」


王は自分の話をするのをおもしろく感じていたが、タタユクはそうではなかった。そのあいだにある溝を、どうにか埋めることができないだろうかと、王は思った。


彼は、彼の客人と、仲良くなりたかった。

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