第2話


 873(ミナセ)はなんにも知らない。


 扉の向こうで何が行われているのか、このクッキーは何のために食べているのか、ここはなんなのか。


 なんにも知らない。けど、別に知る必要は無い。あの眩しいくらいの笑顔が失われるくらいなら、何も知らずにいて欲しい。


 ミナセを守れるのは私だけなんだから。私のそばにいてくれるのはミナセだけなんだから。

 

 扉の向こうは酷いものだ。拘束されて、切り刻まれて、血を取られる。


 色々な薬剤を投与されるし、辛くて苦しくて早く終わって欲しいっていつも思ってる。


 でもミナセのことを考えてたらちょっとマシになる。

 

 私は適性があるらしい。だから何度も呼ばれる。そのたびミナセは不安そうな顔をして私の手を離そうとしない。「大丈夫、すぐ戻ってくるよ」ってちょっと笑って言えば、ホッとしたような顔をして「行ってらっしゃい」って言ってくれる。


 私はそれだけで頑張れる。

 

 今日も扉の先から戻ってきたら、ミナセは窓の外を見ていた。子供みたいに目をきらきらさせて、希望に溢れた表情でこう言うの。


 「私いつか、あの動物たちに触ってみたいの。どんな触り心地なのかなぁ」


 ……それはただの絵でしかないのに。どうしてそんなに希望を持てるんだろう。そんなこと一生叶わないのに、私は「触れるといいね」って返すしかないの。

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