第17話  拠点確保のご挨拶


 俺達はヨトレリヒ商店を後にして、お世話になった娼妓楼の店主に挨拶に向かった。

 明日香さんは、そこまでしなくともと言っていたが、この時代は古くからのしきたりにうるさそうだし、何よりそういう人とのつながりが令和よりも強そうだったので、そこは俺なりに仁義を切っておく。


 俺達はすぐに娼妓楼の鈴屋に着いた。

 まだ日も十分に高いので、娼妓楼は全く客など取っていないので、誰もが暇そうにしている。

 俺達を見つけた禿はすぐに店主を呼びに行った。


「これはこれは金田様。

 今日はいかがしましたか」


 店主はそう言いながら中から出てきた。


「鈴屋さん。

 色々と便宜を図ってもらい、無事に屋敷を入手できましたので、ご挨拶に伺いました。

 あ、手ぶらで来てしまいましたね。

 きちんと生活が立つようになりましたら、改めてご挨拶に伺いますのでお許しください」


「金田様。

 そこまで気を使わなくとも。

 それよりも、金田様の商売の件ですが……」


「病気のことですね。

 すみません。

 屋敷を使えるようにしてから研究に入ります。

 もし重篤の患者が降りますようでしたら、一度様子くらいは伺いますが」


「いえ、今日明日どうこうなるような者は幸い私どもにはおりません。

 同業にはいるようですが」


「まだ、明日香さんだけでも治療できるかどうかも不明ですので、もうしばらくこのことはご内密に願います」


「判っておりますよ」


入口近くで、立ち話で済ませるつもりが、そのまま奥に連れて行かれ、お茶をご馳走になった。


 しばらくよもやま話に花を咲かせてから、俺の仕事について聞かれたので、俺は正直に答えた。


「多分ですが、明日香さんだけは私が故郷から持ち込んだ薬で治すことはできるでしょうが、横浜でその薬を作れなければ他の人を助けることもできません」


「そうですよね」


「ええ、事業化を考えてはおりますが、まずはここでその薬を作る事ができるか、その準備をご紹介に預かりました銀行経由で入手した屋敷で始めてまいります」


「なにかお困り事があれば何なりとお声がけ頂けたら」


 店主に、社交辞令だろうがこう言われたので、家具を動かす人足についての宛に心当たりがないかを聞いてみた。


 すると、昼間なら店の者を手伝いに回しますと快く協力を申し出てくれた。

 もうこうなると、鈴屋さんには足を向けて寝られないな。

 いや、とにかく急ぎ拠点の準備だけでもと話を終えた。


 時間は午後三時過ぎになっていた。

 昼から動いたとはいえ、思いの外時間を取られた。


「もう、屋敷に戻るのは諦めましょう」


「え?

 戻らないのですか」


「ええ、昨日と同じ時間になっておりますし、屋敷を出る時に戸締まりは済ませておりますしね」


「そうですね。

 では、これからいかがしますか」


「少しばかり関内を散策してからホテルに戻りましょう」


 俺はそのように明日香さんに提案して、デートよろしく関内を二人で散策してホテルに帰っていった。

 デートが目的のような散策だったが、イギリス人が店主の店を覗いた時に、実験で使えそうなガラス製品をいくつか見つけた。


 他の商店を覗いてもあそこ程は揃えていない。

 そのうち、あそこに買いに行くことになるだろう。

 同様にドイツ人商店では顕微鏡を見つけたが、これが驚くほど高価なので正直驚いた。


 俺には自前の顕微鏡がそれもこの時代から考えると考えられないような高性能なものを持っているので買うつもりはないが、明治時代ならば納得するしか無いのだろう。

 あ、ここは明治ではなく明冶だったが、もう良いか。


 まあ、俺には強い味方があるしな。

 俺のムダ遣いかと思われたあの顕微鏡は、こと病気治療、いや、細菌研究にはものすごい力を発するだろう。

 何せ、この時代ではあの光学式顕微鏡だけでコッホや北里柴三郎などがものすごい研究を成し遂げていたのだし、あれを使えば流石にウイルスは無理でも細菌由来の病気は根絶できるのでは……ありえないな。


 流石にそれは言いすぎだが、それでもこの時代の大科学者ばりの成果は俺でも出せそうだ。

 現に、俺がいまやろうとしているのは野口さんだっけか、彼の功績の一つである梅毒の治療薬の開発だ。


 あ、違った、野口さんは梅毒の病原菌を見つけただったけか。

 それ以前に梅毒の治療すらまだこの時代では無いから、下手をすると俺のこれからすることってノーベル賞もの。


 あれ、第一回ノーベル賞ってキュリー夫人が受賞したんだよ 

 それも、この後数年後のはずだ。

 違うかな、まあどうでもいいことだから関係ないが、それにしても凄いことをって、人の成果をカンニングで横取りするのだから気は引けるが、この時代から歴史を変えていければ2つの大戦による悲劇は救えるかも。


 だいそれた事を考えたが、本当のところは目の前の不幸だけでも防げれば、後は生活できればいいかと言う安易な事を考えている。


 日も沈む頃にホテルに着いた俺達は、そのままホテルの食堂でディナーを楽しんだ後、ラウンジでコーヒーを飲みながら少し話した。


「一様。

 先ほど鈴屋で話していたことですが」


 明日香さんは病気のことを聞いてきた。

 鈴屋さんでは俺の持ち込んだ薬を使えば治ると言った手前、そのあたりについて話しておかなければならないようだ。


「ああ、今使っている薬もそうだが、他にも使う必要があるかも知れないか。

 明日香さんの様子では今のところ必要性を感じていないので使ってないが」


 その後しばらく俺の持つ梅毒の情報について説明をしていた。

 ホテルのラウンジで美人とコーヒーを飲みながら話す内容ではないと俺は思っているが、明日香さんが聞いてくる以上説明をしても損はない。

 いずれにしてもどこかで説明する必要があった話だ。


 結構、病気の話でも盛り上がれるのか、俺達の会話の声は少し大きかったようだ。

 周りにいるお姉さん方からの視線が少し痛くなってきたので慌てて部屋の戻っていった。


 その後はルーティンなっている治療という名のセクハラを済ませてから就寝だ。

 本当にこの世界に来てからは健康的な生活になっている。

 遅くとも午後10時にはベッドに入って、いや、その後何をする事もなく寝ている。



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