第14話 家の購入


 銀行に入ると入り口傍の行員から声を掛けられて俺たちはそのまま奥の応接室に連れられて行く。

 二人が応接室に入ると、中には営業課長の浜中さんは当然だとして、支配人の柳澤さんの他にも件の商人であるヨハンさんまでもが俺たちを待っていた。


「時間通りですね、金田様」


 オランダ商人のヨハンさんがあいさつ代わりに声をかけてきた。


「あれ、これから浜中さんと一緒に伺うつもりでしたのに」


「いえいえ、あれから金田様のお話もお聞きしたくて、銀行を訪ねましたので。

 その折に支配人の柳澤さんから、大金が動くので銀行で済ませればとの提案を受けましたもので」


「それなら、手間が省けて私も助かります」


「金田様。

 でしたら、早速ですが」


 支配人の柳澤さんが俺たちを席に座らせて、取引に入る。

 少し説明などを受けたが、さほどの時間を掛けずに俺がお金をリュックから取り出して銀行員の数名が壱圓札を数えだす。

 その後にヨハンさんも数えて間違いの無いことを確認後に、書類にサインをして俺に渡してきた。


「これであの家は金田様のものですな」


「ええ、これでやっと横浜に拠点が持てました」


「でしたら、今後も御贔屓に」


「ええ、あそこで少し研究をする必要がありますが、薬を作ってまいります。

 その際に、色々と入用なものを頼みますよ。

 何分、日本は開国してからさほどの時間も経っておりませんので、どうしても実験などで入用なものはオランダを始め欧州に頼らざるを得ませんからね」


「ええ、任せてください」


「ちなみに、お聞きしますがお隣のドイツからのものも扱えますか」


 俺からの問いにヨハンさんは一瞬躊躇をしたが、すぐに「大丈夫です、任せてください」と言ってくれた。


 ただ、あの様子ならば手数料などがかかるのだろうな。

 ドイツ人商店で見つけたものはドイツ人の商店から買う方がよさそうだ。

 それから、二三雑談をした後、この場から離れた。


「一様。

 この後はいかがしますか」


「まずは、昨日も言ったけど、家に向かうか。

 今度は実際に生活するために、いろいろと調べてみないとな」


「調べる?

 何をですか」


「ああ、あの家は居抜きで買い取ったけど、実際に俺たちが生活するうえで足りないものが無いかを調べて、買い集めないとな」


 明日香さんはよく理解していないようだ。

 確かにまだ江戸の名残も残る時代だ。

 人の生活などはそれこそ風呂敷一つで足りるなんて者もいるくらいなのだから、何が足りないかなんて想像もつかないのだろう。


 実際には、少しの間とはいえ洋館で生活したことのある明日香さんにも俺の意図が伝わっていないようだ。

 要はベッドや布団から、生活雑貨など必要なものを調べて足りないものをそれこそ野毛や関内などでそろえていかないといけない。

 本当に俺は横浜に根を下ろすつもりで屋敷に向かった。

 

 また、関内にある第二国立銀行から長い坂を上って今しがた買い取ったばかりの屋敷に向かった。


「しかし、この坂はいい加減どうにかならないのかな」


「一様。

 それはどういう……」


「いや、流石にこの坂を上るのきつくないかな」


「いえ、横浜はどこもこんな感じで坂が多いですから、気になりませんが」


 そう言えば野毛なんかにも坂は多かったか。

 まあ、慣れの問題なのだろうが坂の少ない場所で生活していたので、実際に生活を始めるとなると、正直自信がなくなりそうだ。


 そんなことを考えながら坂を上って屋敷に着いた。

 昨日見た時にも感じたことだが、敷地が広い。

 坂上に立つ屋敷なので、敷地内にも段差が生じるが、それでも庭先に広がる横浜の景色は凄い。

 港が一望できる場所に俺の屋敷がある。

 しばらくは景色を眺めるだけでも飽きないだろう。


「一様。

 中に入らないのですか」


「ああ、悪かった。

 ここから見える景色を眺めていたからね」


「あ、そう言えばここからの景色はきれいですね。

 流石お屋敷町とでも言えばいいのですか」


「そうだね、それよりも中に入って調べながら掃除でもしようか」


「ハイ」


 俺は扉の鍵を開けて中に入る。

 昨日も入ったのだが、少しく気がよどんでいた。


「先に空気の入れ替えしようか」


「はい、では窓を開けてまいりますね」


 明日香さんはそう言ってすべての部屋の窓を開けて回った。

 エアコンの無い時代だし、空気の入れ替えを必要だな。

 毎日とはいかないだろうが、少なくとも数日おきには入れ替えていかないとまずそうだ。


 何せここで病気の治療をしていく訳だし、とにかく清潔に心掛けないとまずそうだな。

 俺も手伝いながら部屋の窓を開けて回った。

 部屋の扉を全て開け放つと、全ての部屋に春の心地よい風が吹いてきた。


 あ、そう言えば花粉症……あれ、大丈夫そうだな。

 ひょっとしてスギ花粉が無いとか……いや、ありえないだろう。

 だが、少なくともまだ植林が進んでいなさそうだし、それほどスギ花粉が無いようだ。


 いずれ時間でもあれば調べても良いが、今はそれどころでは無いな。

 俺がそんなことを考えていると奥から明日香さんから声がかかった。


「一様。

 ちょっといいですか」


「どうした、明日香さん」


 俺は明日香さんの声の方に向かった。

 明日香さんは、寝室の部屋の窓を開けていたのだが、ここにはベッドが置いてある。


「あの、ここのある布団のことですが」


「布団がどうした」


「少し湿気っているようでして、干したいのですが……」


 明日香さんはベッドマットが気になるらしい。

 マットというか、畳のようなものがしいてあり、それを動かそうとして苦労しているようだ。


 確かに畳にしては大きさが変だ。

 多分だが、これって特注で作らせたもののようだ。

 普通畳は干さないが、あれ、そう言えば昔は大掃除の時にたたみ返しなどしたとか聞いたことあるな。

 あの青年会というと老人会で茶飲み話をした時に昔の話を聞いたっけか。


「これは俺が干そう」


「ですが重くて大きいですから、ご一緒に」


「ああ、そうしてもらおうか。

 外まで運ばず、ここで風を通すだけにしようか」


「そうですね」


 そんな感じで部屋の住環境の確認は進んでいった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る