第15章「そして、世界は再び歌う」

世界は静かに、けれど確実に変わり始めていた。


 かつて灰に包まれていた都市には、風が再び通い、

 海の深層には新たな生命の光が宿り、

 干上がった大地には、一本ずつ緑の芽が顔を出していた。


 アルネオの大環状劇場で紡がれた「最後の詩」は、

 単なる象徴にとどまらず、人類と自然の再契約の第一声となったのだ。


     * * *


 劇場から広がった調べは、地球上すべての大気を震わせた。

 風は意思を持ち、海は歌い、土は祈り始めた。


 それは自然の意思の回帰ではなく、“共鳴”という新たな構造の誕生。


 人類は再び自然の上に立つのではなく、自然の中で共に立つ方法を選び取った。


 それを象徴するように、世界各地で「再契約の儀」が始まった。


 ・風の民は、山の頂で空を読み、風の通り道に風笛を設けた。

 ・海の民は、沿岸に“記憶の石”を沈め、波と対話する場をつくった。

 ・地の民は、地殻に触れる畑を開き、種と語る技術を再び学び始めた。


 いずれも、文明の技術と自然の知恵を両立させた、新たな文化の萌芽だった。


     * * *


 一方で、三者――シェリア、リヴィス、ガルド――は人の姿を保ちながらも、

 もはや観察者でも裁定者でもなかった。


 彼らは“歌い手”となった。


 風はその耳を持つ者に吹きかけ、海は深く響く声で話しかけ、地は震えを通じて人の足元を支えた。


 シェリアは、高原の町で「風の学校」を開いた。

 子どもたちは風を読む術を学び、自然を“聴く耳”を手にした。


 リヴィスは、沿岸の村に住まいを設けた。

 波を読む詩人たちが集い、歌を通じて海の変化を読み取った。


 ガルドは、かつて焼け野原となった土地を耕し、森を育てた。

 彼が歩いた地には、いつも新芽が芽吹いたという。


     * * *


 そして――ある静かな朝。


 世界中に「自然語」の初めての“公式詩”が発布された。

 それは、人類と自然が正式に言葉を交わすことを認め合った瞬間だった。


『我らは歌う。

過去を悔い、現在を織り、未来を編む。

壊すことで知った痛みを、

聴くことで知った静寂を、

許すことで知った希望を。

我らは、もう黙さない。

世界は再び、歌うのだから。』


 この詩は「再起の詩」と名付けられ、子どもたちによって世界中に歌われた。


     * * *


 やがて月日は流れ、三者の姿は誰も見なくなった。


 けれど、風が優しく吹いた日、波が穏やかに寄せた日、大地がやさしく揺れた日――

 人々はこう呟いた。


 「きっとあの人たちが、今も見守ってくれているんだね」


 それは間違っていなかった。


 彼らはすでに“存在”ではなく、“調べ”として世界に溶け込んでいたのだから。


     * * *


 そして、どこかの町で、小さな女の子がこう呟いた。


 「お母さん、この風、なんだか優しいね」

 「うん、きっとこの風も、昔は人だったのかもね」


 その声に呼応するように、風がやさしく少女の髪を撫でた。


 世界はまた、歌い始めていた。

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