第7章「都市地下の神殿と、記録なき民」

 それは、地図にも歴史にも載っていない都市の下――

 地中深く眠る“誰も記録しなかった民”の神殿だった。


 そこへ向かうきっかけとなったのは、前章で手に入れた日記の一節。

 「――記憶の灰の中に、地の民が遺した《祈りの扉》あり」

 その言葉が、リヴィスの記憶を刺激した。


 「祈りの扉……もしそれが、地球との古い“誓約”の場所なら、我々の判断基準が揺らぐかもしれない」


 そして三者――風の少女シェリア、大地の巨人ガルド、海の青年リヴィスは、

 都市部の地下に潜む“神殿”の伝承を追って、かつて文明の核とされた国の首都跡へ向かう。


     * * *


 都市跡に降り立った三者は、朽ちた高層ビル群の下層に降り立つ。

 アスファルトの地面がひび割れ、地下鉄の入口すら草に覆われた無人の区画。


 「……かつて、ここには千万人が暮らしていたのよね」

 シェリアは風を通じて、コンクリートの残響を聞き取ろうとする。


 「今は、無人だ。大気汚染と熱波で……文明はこの都市を捨てた」

 リヴィスがかつての海の地図を広げる。


 「だが、地の記録によれば……地下には『忘れられた民』がいた。表の文明に溶け込まず、信仰とともに沈黙した民だ」


 「その民が“地球との契約”を記したなら……我々は、歴史の盲点に触れることになる」

 ガルドが低く頷く。


     * * *


 三人は地下へと潜る。


 旧市街の地下鉄路線をたどり、さらに地層の奥深く。

 空気が淀み、風さえ動きを拒む空間へ。

 そこにあったのは、彫刻で装飾された巨大な石門だった。


 「……これが、《祈りの扉》か」

 シェリアが手をかざすと、扉に刻まれた螺旋模様がゆっくりと光を帯びる。


 扉は静かに開いた。

 その奥に広がっていたのは――地下とは思えぬほど荘厳な大空間。

 石柱が林立し、天井には星座のような装飾が散りばめられていた。


 だが最も異質だったのは、中央に祀られた“巨大な記録装置”だった。

 無数の金属製の板が花弁のように重なり、触れるたびに記録が浮かび上がる。


     * * *


 リヴィスが手を伸ばすと、装置が淡く光り、音声が流れ出した。


『我ら《記録なき民》は、この星の声を聞いた。

 空の巡り、土の呼吸、海の鼓動……それらを“神”とは呼ばない。

 呼吸する存在として、共に生きるものと信じた。』


『ゆえに、我らは契約する。

 いずれ人類が暴走したとき、自然の三柱が裁定に来ることを。

 そして、その審判が“希望”を見いだせば、命の連鎖は断ち切られない。

 この契約が記録される必要はない。我らは名もなく去る。

 だが、真実は残る。記録ではなく、“共鳴”として。』


 言葉が終わると、装置は静かに沈黙した。

 だがその直後――装置の奥から、音もなく一人の人影が現れた。


 白髪に灰色の目。

 年齢不詳の女性。だが、その佇まいは明らかに“人ならざる”ものだった。


 「あなたは……」

 シェリアが一歩踏み出すと、女性はうっすらと笑んだ。


 「私は“祈りの残響”。ここに祈りを託した者たちの意志が、私という形をとっただけ」


 「では、あなたは人間ではない」

 リヴィスが問うと、女性は静かに首を横に振った。


 「かつて人であり、今は星の声。記録なき民は、記録を拒んだ代わりに“共鳴”として残ったの。

 あなたたち三柱がここに来たのは、予言されていた。審判の前に、真実に触れるだろうと」


 「……ならば聞かせてほしい。自然界は人類を裁くべきか、それとも――」

 ガルドが一歩前に出た。


 女性は静かに言った。


 「それを決めるのは、あなたたち“観察者”ではない」

 「この星の“傷”と“希望”を、もっとも正確に知る者――

 それは、この星に生きる全ての者の“共鳴”」


     * * *


 その言葉を聞いた瞬間、三者の身体が淡く光を帯びた。


 彼らは気づいた。

 自らが“審判者”であると同時に、“伝達者”でもあることに。


 そして、リヴィスの胸の中に言葉が浮かんだ。


 「自然と人類は、対立ではなく“再契約”できるかもしれない」


 その夜、三人は地上に戻った。


 都市の廃墟の空に、珍しく雲が流れていた。

 風が祈るように吹き、地が静かに呼吸し、海の蒸気が遠くで漂っていた。

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