第5章「鉄と火と、都市の咆哮」

東京湾に面した湾岸都市は、夜の帳を迎えてもその喧騒をやめることはなかった。

 無数の車両が交差点を走り抜け、ビル群の隙間を抜けるようにモノレールが滑る。

 煌々と灯るネオン、重く響く低周波の重機音、そしてどこまでも続くアスファルトの川。


 その都市の中心、高層ビルの屋上に三人の“自然”の化身が立っていた。

 リヴィスは眼下の人工の河川に目を細め、ガルドは喧騒の中にある地脈の鼓動を探っていた。

 そしてシェリアは、頭上に漂う濁った風を指先で感じ取っていた。


 「これは……ひどいわね」

 シェリアの声は、風と共に震えていた。

 「空が濁って、風が迷ってる。行き場を失った空気が、街を彷徨ってる」


 「当然だ。ここには“自然”という言葉のかけらもない」

 リヴィスが吐き捨てるように言う。

 「この湾岸都市は、まるで“火の病”に罹った身体のようだ。自分の熱で自分を焼き尽くそうとしている」


 「だが、ここもまた人類の選択の末にある姿だ」

 ガルドが重々しく続けた。

 「この鉄と火の都市の中に、人間の真実がある。生存か、欲望か、あるいは……絶望か」


     * * *


 彼らはそれぞれ、都市の異なる地点を観察することにした。


 シェリアは風の流れを追って、都市の住宅密集地へと降りた。

 高層ビルの隙間から落ちてくる汚れた空気に押されながらも、彼女は人々の生活の“隙間”を見つけようとしていた。


 ある集合住宅のベランダで、一人の少女が風車を手にしていた。

 手作りの、小さな紙の風車。

 風を読むには足りない道具だが、その子は一心に風を感じようとしていた。


 「……ああ」

 シェリアは、わずかに微笑んだ。

 「風は、まだここにいる。気づこうとする心がある限り、風は死なない」


 一方、リヴィスは運河沿いのインフラ地帯へ向かっていた。

 浄水場、下水処理施設、廃棄物の集積場――そこには、かつての“水”の面影がわずかに残っていた。


 だが、水は怒っていた。

 濁り、臭い、循環の途絶えた水たちが呻いているようだった。


 「人間たちは、水を“使う”ことしか考えていない。

 浄化でもなければ、祈りでもない。ただの資源として。

 ……だが、それでも」

 彼の視界の端に、小さな菜園と、そこへ雨水を溜めて使っている一家の姿があった。

 「わずかにでも“水を生かそう”とする者がいるのか……」


 そしてガルドは、都市の工場地帯の地を踏みしめていた。

 鉄と火の熱気が渦巻き、昼夜を問わず唸りを上げる巨大炉が稼働している。


 「この音……まるで地鳴りだ。だがそれは、地そのものの声ではない。

 人の手が地を掘り、削り、燃やしている。――この“焔の地脈”を、私は許容すべきなのか……?」


 そのとき、爆音が鳴った。

 近くの鉄鋼工場で設備トラブルが発生し、火災が発生したのだ。


     * * *


 三者はすぐさまその現場に集結する。


 猛火と黒煙。近くの従業員たちが逃げ惑い、数名の作業員が煙の中に取り残されている。

 消防の出動は間に合っていない。パニックの中、人々は自力での救出を諦めかけていた。


 その時だった。

 ひとりの青年が、濡れた布を口に巻き、建物の中に駆け込んでいった。


 「またか……」

 リヴィスが低く呟く。


 「そうね、あの青年……先日の火災現場でも見たわ」

 シェリアも気づく。


 青年は自らの安全を顧みず、煙の奥から一人の負傷者を担い出し、さらに戻ろうとした。

 だが、足元で鉄骨が崩れた。――そのときだった。


 地面が、ごう、と鳴った。

 ガルドが拳を振り下ろし、大地の震動で鉄骨の落下を数秒だけ遅らせた。


 その一瞬を使い、青年は脱出に成功する。


     * * *


 「……助けたな、ガルド」

 リヴィスが言う。


 「否。私が助けたのは、“可能性”だ」

 ガルドは静かに答える。

 「都市においてもなお、人は他者のために動ける。

 ならば、この“鉄と火”の都市の咆哮も、まだ祈りへと変わる可能性がある」


 「……ああ」

 リヴィスも頷いた。

 「ならば、もう一度だけ見てみよう。次の場所へ――人の心が最も剥き出しになる地へ」


 「次は……どこ?」とシェリアが尋ねる。


 「――戦争の痕跡が残る場所だ。

 人類の闇の深淵を、見逃すわけにはいかない」


 こうして三者はまた、都市を離れ、新たな観察地へと向かう。


 それぞれの胸に、希望と警戒と、測りきれない審判の重みを携えて――。


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