第3話 彼氏になってほしいと言い寄られる

 俺はコンビニでお茶を買って飲んでいると、神崎さんが、俺の側に近づいてきた。


「もう、奏太君、どうして逃げるの?」


 神崎さんが困った表情をしながら、俺に話しかける。


「ど、どうして逃げるって……。そんなにいきなり女の子に追っかけ回されたら戸惑うってば」


「ごめんごめん。ついつい感情的になっちゃった」


 感情的になっちゃったじゃないだろう。いくら美少女とはいえ、そんな風に突然好きと言われて追いかけて来られたら混乱してしまうってば。


「それでね、奏太君に私の彼氏になってほしくて」


「彼氏?! えっ……ええ……」


「なぁに、その反応……。もしかして、他に好きな人がいるの?」


「うっ……、うん、まあ」


「そうなんだ。片想い?」


「うん、でも憧れっていうか手の届かない存在っていうかそんな感じで。本気で好きとか付き合うとかは考えてないかなあ」


「それなら大丈夫ね。ねぇ、奏太君、私の彼氏になってよ。お試しでもいいから。彼女候補として私、立候補しまーす」


 神崎さんは、俺の彼女候補になると言い出し始めた。その顔を見ると、茶色いくりくりとした丸い瞳が煌々と輝いていて、ものすごくうきうきしている感情が読み取れる。さっきまで、放課後の教室で泣いていたじゃないか、と呆れてしまうが。


「なんか、奏太君のさっきみたいな、ついつい他人でも世話を焼いちゃうような優しいところ、なんか私好きになっちゃった。ねぇねぇ。ちゃんと付き合う、までは行かなくていいから、彼女候補として、私と仲良くしてくれないかな? お願いっ」


 彼女候補として仲良くするって、つまりほぼ彼女のようなことをするってことじゃないか。


 俺は、実は、とある先輩に憧れていて、その先輩に片想いのような恋心に似たような気持ちを抱いていたんだけど、どうせ叶わないと思って現実的に諦めていた。そんなところで、神崎さんが俺の彼女候補として……。


 まあ、彼女という存在が欲しく無かったわけでもないし。実らない恋をずっと1人でしているよりずっといいだろう。うん。いいかもしれない。


「分かった。いいだろう。神崎さんを俺の彼女候補にする」


「やったあっ! ありがとう、奏太君! これからよろしくねっ! じゃあ、さっそくだけど、奏太君の帰り道ってここ真っ直ぐ?」


「ああ。ここ真っ直ぐ行って、十字路で右に曲がる」


「私は十字路で左に曲がるから、そこまで一緒に帰ろう」


 俺と神崎さんは、一緒に帰ることになった。神崎さんはこうして俺と並んで見ると、随分と背が低い。


「神崎さんってクラスで身長はどのくらい?」


「んー。前から2番目」


 うわ、ちっさ。なんか、でも、そんな見た目からか、男子としては揶揄いたくなるような雰囲気が全面に出ている。放課後の教室で1人泣いていた時も、正直、めちゃくちゃ可愛いと思ったし。


「私、結構、揶揄われやすくてさー。なんか、さっきも、本当は振られたことを揶揄われるかと思って少しドキドキしてたんだよね。笑い話にされるかと思って」


 神崎さんが、自分のことを話し始める。さっき、そんなことを思っていたんだ。


「そしたら、奏太君、割と真面目に慰めてくれたから。ちょっとどきっとしちゃった」


 俺は、友人のことを決して揶揄ったりしないような、生真面目なところがあるからな。はっ、よく考えたらあの場面で、ただのクラスメイトで、話したこともない神崎さんを慰めるなんておかしかっただろうか。いや、でもほっとけないし……。


「ありがとね。奏太君。その後のフォローの褒め言葉は少し作られた感じで無理があったけれど、それでも嬉しかった。なんか、中澤君に振られてから、ポツンと1人になったような気がして。私って1人の人のことに夢中になるとそこから他の人のことが見えなくなるタイプだから。なんだか、ずっと好きな人がいなくなって心にポカンと穴が空いたような寂しい気持ちだったんだ」


 1人の人に夢中になってしまう性格か。なんか俺も共感できるな。俺も、先輩のことが好きで、片想いをしてるけど、どうせ実らないと諦めていて、1人で楽しんでいた感じだったし。


 俺は、神崎さんと恋バナをし始めていた。よく考えたら、神崎さんって校内一の美少女なんだよな。そんな美少女なら、あらゆる生徒に告られまくるだろうに、1人の人をずっと想っているってすごく一途なイメージ。


 でもその後ころっと俺のこと好きになってたから、何とも言えないけど……。


「そのポカリと空いた心の隙間に現れたのが俺だったってわけか」


「うん。これからよろしくね。私の彼氏候補」


「彼氏候補って……、まだ彼氏じゃないのな。ははっ」


 俺と神崎さんは、この日最後に笑みを交わして十字路で別れた。これから先、神崎さんとどんな風に関係が深まっていくかなんて考えもせずに、ただただ、彼女と触れ合うことを純粋にこの時は楽しんでいた。


 

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