第2話 遊馬先輩とお買い物
「アパートと同じで、トイレとお風呂は備え付け。あ、お風呂に入ってる時は必ず鍵を閉めること。覗きだなんだって言われたくないし」
「言わないよ!」
「トイレは二つある、玄関入ってすぐと、廊下を進んだ一番奥。もちろん鍵を、」
「かけます!」
「ふっ、それは当たり前か」
今まで無表情だったのに、いきなり力が抜けたみたいに。目を細めて四条くんが笑った。レアな光景! だけど「ここが翼の部屋ね」と、ノックもせず次のドアを開ける。
ガチャ
「入る時はノックしろっていつも言ってるだろーが!」
ひぃ! やっぱり激怒ー!
クッションをブオンと投げられたので、急いで扉を閉める。
「ごめんね白石くん!」
「で、隣の部屋が千里。その隣が俺」
白石くんに謝る私の姿は見えてるのか、見えていないのか。はたまた見えてもお構いなしなのか、四条くんは変わらず案内を続けた。あの白石くんを前にしても動じない鋼の精神。四条くんって、怖いもの知らずだ。
「ってことだけど。大体わかった?」
「うん。メモしたから大丈夫っ」
案内が終了する頃には、スマホに打ち込んだメモがすごい量になっていた。これ全部覚えられるかな?
「それにしても四条くんはいつ寮に来たの?」
「一週間前。小学校の卒業式が早かったから、すぐ引っ越してきた。翼もそう」
そっか。学校が違うと卒業式の日も違うもんね。県が違えば、なおさら。
「あ、そうだ。この寮だけ学食ないから。ご飯は自分で用意して」
「なんで!?」
「俺たちが行くと、食堂が混雑して迷惑になるから。でも食堂を利用できないお詫びとして、特別に学校が食費をくれてる。たっぷりじゃないけど、贅沢しなかったら普通に足りる。近くにスーパーもあるし」
「なるほど。大変だね……」
誰も悪くもないのに食堂を出禁にされ、自炊を強いられる皆……ものすごく不憫だ。けど当の本人たちは、案外気にしていないらしい。ばかりか好きな物を食べられるから、喜んでいたりして。
「みんな自炊しなさそうだよね」
「各自、自由に買って食べてる。そうだ、連絡先交換してもいい?」
「う、うんっ」
急に連絡先を交換なんて。ドキドキしながらスマホを出す。すると自分のスマホを操作しながら、四条くんが呟いた。
「ふとした時に、欲しい物って出てくるでしょ。そんな時、誰かがスーパーにいてくれたら、ついでに買って来てもらってる。千里はよくスーパーに行きそうだから」
「そんな理由で連絡先を……。でも、ちょっとした買い物って例えば?」
「……牛乳、とか」
少し間を置いて、四条くんが答えた「牛乳」。なんだか可愛くて、思わず吹き出した。
「ふふ、うん。牛乳ね、必要だよね」
「……もう案内終わり。トイレ・バスつきで洗濯機も備わってるから、基本この寮から出ることはない。洗濯は各自。各部屋は自分で掃除、共有スペースは気づいた人がやる。何か質問は?」
「ない! たくさんありがとう。四条くんのおかげで助かったよ」
こんなに親切な人だと思わなかったから嬉しい。同じクラスだし、このままどんどん仲良くなりたいな!
「ねぇ千里」
「ん?」
ルンルン気分の私に、言いそびれた事があったらしい。四条くんは、自分の部屋に入る前に止まった。
「学校では俺と一緒に住んでるって言わないこと。もしそんなこと言ったら、」
「大変なことになるね。主に私が!」
「分かってるならいいけど。千里はなんか心配。よくそそっかしいって言われない?」
「!」
なんでバレたの!?って顔を一生懸命に隠していると。笑いながら、四条くんが私に握手を求めた。
「明日からよろしく、千里」
「よろしくね、四条くん!」
そして四条くんは自分の部屋へ戻った。隣同士の部屋だから、困ったことがあったら四条くんに頼ってもいいかな?いいよね、だってお隣さんだもんね!
四条くんに続き、私も部屋へ入る。すると、いつ運び込まれたか分からない私の荷物たちが、部屋の真ん中を陣取っていた。「明日は入学式だから、今日中に荷解きを済ませよう!」って気合いを入れた。はずなのに、
「それにしても四条くん、思ったより優しい人だったな」
ついつい四条くんのことを考えちゃう――ってダメダメ。早く新しい制服を出さないと、シワになっちゃう! 慌てて手を伸ばした瞬間。部屋の扉が、勢いよくノックされる。
「おい……入るぞ」
「ど、どどうぞ!」
この声、白石くんだ! 見事正解し、不機嫌そうに顔を歪めた白石くんが現れる。私の部屋には目もくれず、ただじっと私だけを見つめていた。かと思えば、ズンズンと大股で歩き、私の前で立ち止まる。
「俺、さっき言ったよな?」
「な、何をでしょう……?」
白石くんは「チッ」と豪快に舌打ちをした後。私に思い出させるためか、もう一度ゆっくり喋る。
「この寮では、絶対うるさくすんなよ。分かったか?」
そうだったー!
平謝りする私を見て、白石くんは「はぁ~」と。ながーいため息をついた。
「うるさいのは一番〝こたえる〟から静かにしてくれ。あと、ここの壁は薄いから気をつけろよ」
「それってどういう……?」
すると白石くんは、ズイッと顔を近づけた。かと思えば私の耳元で、「〝四条くんが思ったよりも優しい人〟で良かったな」と。さっき私が呟いた独り言を、見事に再現した。
「ここの壁ってそんなに薄いの⁉ やだやだ、プライバシーの侵害だよ!」
「こっちのセリフだっての! いいから、こうやって怒られたくなきゃ静かにしてろ!」
「うぅ、わかりましたよー!」
頬を膨らませると、不意打ちで白石くんからデコピンを食らう。い、いたい!
「何するの……。って、あれ?」
顔を上げた時、白石くんは部屋から消えていた。もう自分の部屋に帰ったのかな?と思った後すぐ。再びドアが開き、私に向かって何かが飛んできた。
「わ!」
掴みきれず頭上に乗った「何か」。見ると、白い軍手だった。不思議に思っていると、白石くんの声がドアの隙間から聞こえる。
「段ボールで手を切ったらいけねーから。ソレしとけよ」
「ありがとう!助かるよ」
「フン。もう騒ぐなよ」
そして静かにドアが閉められ、私と軍手が部屋に残される。まさか白石くんが軍手を貸してくれるなんて。
「意外に白石くんも親切な人だったりして。って、いけない。聞こえるんだった。よーし、さっさと荷解きをやってしまおう!」
袖をグイッと引っ張り、いざ! 一度スイッチを入れると、元々荷物が少ないのもあってか、荷解きはすぐに終わった。ちょうどお昼を過ぎたくらいかぁ。よし、お昼と夜ご飯の材料を買いに行こう!
段ボールと一緒に置いてあった私の食費を財布に入れる。そして寮から徒歩三分のスーパーへ移動した。お昼ご飯を食べてないから、スーパーの中を歩いている時もグーグーと鳴るお腹。惣菜に菓子パン、お弁当が美味しそうだよ。
「全部買えたらいいのに……」
「じゃあ、いっそ全部買っちゃう~? 紫温くんのコネを使ってさ」
「ほう。その手がありましたか……って。遊馬先輩⁉」
ガヤガヤしたスーパーの中。思い切り振り返ると、高く積んであった商品の段ボールにぶつかってしまう。目をつむる直前、段ボールがグラリと不気味に揺れた。
「――っ!」
「危ない!」
痛みを覚悟したけど、いつまで経ってもやってこなくて。不思議に思い目を開けると、私とは違う骨ばった腕が、目の前に伸びていた。
「ふ~、カップ麺の段ボールで良かった。もしペットボトルなら、俺もひなるちゃんも潰れてたよー」
「あ、ありがとうございます……私も支えます!」
とは言ったものの。段ボールが高くて、手が届かない。それなら、段ボールを支えている遊馬先輩を支えよう!
「えーと、ひなるちゃん?」
「なんでしょう!」
「何してるの?」
「遊馬先輩の背中を支えています!」
まさか自分が支えられると思わなかったのか。遊馬先輩は「ぶはっ」と吹き出し、クツクツ笑う。
「ありがとうね。でも店員さん呼んできてくれると助かるな~」
「ハッ! その方がいいですよね、すみません。すぐに呼んできます!」
だけど私が動く前に、店員さんが気づいてくれた。悪いのは私なのに、段ボールを直しながら何度も謝ってくれる。でも限られた通路で急に動いた私が悪いもん。だから店員さんの倍、ペコペコお辞儀をした。うぅ、遊馬先輩にも迷惑かけちゃったな……。
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