第13話 決着
「……淵神さんも那奈敷さんも凄いですね。目で追うのがやっとです」
決闘場の観客席から二人の決闘を眺め、私は嘆息しながら呟いた。
入学試験で私を助けてくれた淵神さんが強いのは推薦入学者という肩書と、実際に戦闘をしていた様子を間近で見ていれば一目瞭然です。
けれど、それがどれほどなのか理解してはいなかったのでしょう。
決闘の相手は那奈敷來華……日本の魔術師の名門、基本七属性の魔術を自在に操る常識外れの使い手。
私も魔術師の端くれとしてその凄さは理解しているつもりです。
七属性全てどころか、並の魔術師は二属性を満足に操れればいい方。
本人の適性が関係するところですし、私も吸血鬼特有の血属性を含めて使えるのは三か四属性程度。
なのに初級魔術とはいえ七属性全ての魔術を操りながら、素人目でもわかる卓越した剣技で戦う彼女はとても異質に映りました。
魔術師の名門の生まれというだけで中級や上級魔術を連発する正統派の魔術師かと思っていましたが……そういうわけでもないみたいです。
彼女にも何かしらの事情があるのでしょう。
感じる魔力量も魔術師のそれと比べると少ないですし。
「まあ、それが問題にならないことは戦いを見ていればわかりますが」
魔術師でも、そうでなくても、戦いに勝つために必要なのは大規模な技ではなく基本の先にある確実な成果。
初級魔術一つとっても熟練の魔術師と新米魔術師では威力も精度も違う。
もちろんそれだけが実力の全てとは言えませんが。
だとしても、淵神さんと勝負が成立している時点で彼女の実力は疑うまでもない。
ただ――
「淵神さんがお婿様候補ってどういうことですか。しかも淵神さんが勝ったら彼女は言いなりになる? ……あんなことやこんなことがし放題の女の子が増えてしまったら淵神さんが簡単に流されてしまいます」
淵神さんはしっかりしているように見えて、結構抜けている。
特に常識や普通の感性が欠けているように感じていた。
普通の楽しい学園生活を望みながら『第零』に来ている時点でかなり怪しい。
爺と呼んでいた人が推薦状を書いてくれたみたいですが、何も知らされないまま『第零』へ送り込まれたみたいですし。
だから私が教えた『第零』の普通を世の中の普通と思い込んでいるのでは? と今になって危機感を覚えてしまったわけですが。
……決して淵神さんのハーレム要員が増えて残念だなんて思っていませんから。
これは嫉妬ではありません、絶対に。
一度身体の関係になった程度で勘違いをするほど自惚れてはいません。
私が懸念しているのは別の問題。
淵神さんが決闘に勝利を収めれば、彼女は淵神さんのものになる。
自分をお婿様と慕う美少女の誘惑を、『第零』の普通を教えてしまった淵神さんが断れるとは思えません。
ああみえて人並みに異性への興味があり、媚薬の効果があったとはいえ一晩丸ごとし続けた翌朝ですら衰えない精力の持ち主。
もし、彼女とそういうことをしたのなら……容易に落とされるのは想像に難くない。
……あれ、ちょっと待ってください。
良くないことに気づいてしまいました。
「これは紛れもなく嫉妬では?」
自覚なく抱いていた感情の名前を口に出した途端、腑に落ちた気がした。
だとするなら私は淵神さんのことが好き……なのでしょうか。
恋なんて過去に一度もしたことはありません。
社交界で顔を合わせた貴族の子息からそれとなく迫られたことは何度かあったけれど、みんな私ではない何かを見ている気がして嫌だった。
なのに淵神さんを好きになるのは……どうしようもなかった私を助けてくれたから?
たった一度、成り行きとはいえ身体を重ねてしまったから?
『第零』で生き抜くために強者……淵神さんに寄生するのは都合がよかったのも認めますけど、それだけで身体を赦すほど軽い女ではない、と思っています。
そうしたのは私の意思で、この感情も延長線上にあるもの。
てことは、他ならない私が淵神さんに落とされてしまったと言えるのでは?
……急に羞恥心が込み上げてきました。
「顔、こんなに熱い」
頬に当てた手のひらがじんとする熱量。
それがまた、自分の考えを肯定しているようで気恥ずかしい。
「入学早々決闘とは、お前の相方は随分元気だナ」
思い返して悶える私の隣に座ったのは、独特なイントネーションの言葉遣いをしている、札で顔を隠した少女……のような教師、
彼女から漂う得体のしれない空気が私はちょっとだけ苦手に思う。
明らかに彼女はまともな生者じゃない。
かといって死んでいる訳でもなくて……感じたままに言えば薄気味が悪い。
吸血鬼の私が言えた話ではないのかもしれませんけど。
そんな彼女はどこで買ってきたのかわからなポップコーンを片手に二人の決闘を観戦していた。
「……夜鈴先生も観に来たんですか?」
「新入生の決闘は毎年恒例みたいなもんダ。だがな、今回くらいの好カードは中々なイ。方や『冥翁』とまで呼ばれた淵神紅牙の弟子、淵神蒼月。方や魔術師の名門那奈敷家の出来損ないにして剣術の天賦の才を有した剣姫、那奈敷來華。こいつらは下手な上級生よりも上だからナ。いやぁ、今年の新入生は豊作らしイ」
ケラケラと笑いながら喜ぶ姿は童女のようで。
札に隠された目が笑っていないのを、覗き見てしまった。
「豊作といえばシュナリア嬢もそうだったナ。英国貴族、吸血鬼の血を継ぐ一族の娘。その上、希少な精霊魔術の使い手でもあル。お前の祖父が悪魔召喚などに手を染めなければ今頃は蝶よ花よと育てられていたはずだガ」
「……もしもの話ほど意味のないことはありませんよ。私は今、『第零』の生徒なのですから」
「だナ。居場所を見つけられたならいいんだろウ。あの男は悪くなイ。純粋で強く、性根が優しイ。だが、空っぽダ」
「空っぽ?」
「
私には夜鈴先生が言っている意味が正確に推し量れない。
それが碌でもないことだけはなんとなくわかるけれど、それだけ。
「もしお前が今後もあいつの隣にいたいなら、人としての営みを教えてやレ。……ああ、既にヤった後カ?」
「……っ!」
「ははッ! 可愛い反応だナ。ポーカーフェイスは覚えた方がいイ。ボクみたいな能面になれとは言わないが、感情の制御は色々役に立ツ」
「……ですね。練習します」
忠告は素直に受け入れることにする。
感情の制御……今のような状況で本当に出来るのか怪しいですが。
「お、決闘も終わるみたいだナ」
「結局淵神さんの勝ち、ですか」
話している間に淵神さんは那奈敷さんの左胸に拳を当てていた。
剣は那奈敷さんの手元を離れている。
『勝者、淵神蒼月!』
決闘委員会の審判が手を上げて淵神さんの勝利を宣言。
会場は湧くかと思ったが、拍手がまばらに起こるだけ。
「これで那奈敷も淵神のハーレム要員カ。正妻様のご意見をお聞かせ願ってモ?」
「正妻のつもりはないですけど……いいと思いますよ。淵神さんの力で掴み取った物に私がとやかく言う権利はありません」
「その割に不満そうな目をしているガ?」
「……不満だなんて、そんな」
完全に思ってない……とは言えないのかもしれませんけど、仕方ないことですし。
というか、那奈敷さんが淵神さんのものになったってことは、今後は一緒にダンジョン探索をするのでしょうか。
淵神さんのことですから仲間だなんだと言い張るのでしょう。
私としてもそれは賛成です。
魔術も扱える前衛が増えるのは魔術師として後衛で働く私もありがたい。
これでパーティーメンバーは三人。
バランスも悪くありません。
欲を言えば支援役と回復役も欲しいですが……都合よく集められませんし。
あと……夜も二人いれば淵神さんが不完全燃焼になることはない、はず。
二人いても潰されてしまう可能性は考えたくありませんけど。
「ま、お前たちの性事情に首を突っ込む気はないから安心しロ。好きなだけ爛れた生活をするといイ。どうせ避妊魔術を使えば妊娠はしないんからナ。そんなにあいつが良かったのカ?」
「……ノーコメントで」
言えるわけないでしょう、そんなこと。
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