辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

第1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

第1話 俺とジャガイモ

「はぁ……今日の飯も、ジャガイモか」


 俺は目の前に置かれた、湯気の立つ茹でジャガイモを眺めて、今日何度目か分からないため息をついた。


 俺の名前はアッシュ・フォン・バルバドス。

 由緒正しきと自称しているバルバドス子爵家の三男だ。貴族の三男といえば聞こえはいいが、要は家督も継げず、大した才能もないお荷物である。


 そんな俺が、先日ついに成人を迎えたのを機に、親父から一つの領地を与えられた。


その名も「ヴァルハラ領」。


 名前だけはなんだか勇ましいが、実態は「狼の谷」と呼ばれる、クソのつくド辺境。

 王都から馬車を乗り継いでも一ヶ月はかかるような場所で、主な産業はなし。特産品はそこらへんに生えてるジャガイモ。

 人口は……俺と、俺の世話役を命じられた老執事のセバスを含めて、三十人いるかどうかだ。


 まあ、正直に言おう。これは厄介払いだ。


 だが、俺自身は割とこの状況を気に入っていたりする。なぜなら、俺の人生の目標は「何もしないこと」だからだ。

 三度の飯より昼寝が好き。努力、根性、友情なんて言葉は大嫌い。できれば一日中、ベッドの上でゴロゴロして過ごしたい。そんな俺にとって、誰からも干渉されない辺境の領主ライフは、むしろご褒美みたいなものだった。


「アッシュ様、お言葉ですが、ジャガイモだけでも口にできることを感謝せねばなりませんぞ」


 対面の席で、セバスが背筋を伸ばしたまま、同じく茹でジャガイモをナイフとフォークで上品に切り分けている。齢七十を超えるというのに、この老執事はいつでも完璧だ。


「感謝はしてるさ。このジャガイモがなけりゃ、俺たちは飢え死にだからな。……なあセバス、そろそろ塩が尽きるんじゃないか?」


「ご安心を。あと三日は持ちます。その先は……神のみぞ知る、でございますな」


「その神様が、塩の一袋でも恵んでくれたらなあ……」


 俺がそうぼやいた、まさにその時だった。

 コンコン、と控えめなノックの音。

 いや、ノックというよりは、力なく扉を叩いたような音だ。


「む? こんな時間に誰だろうか」


 セバスが怪訝な顔で立ち上がる。

 ここは、この領で一番マシな建物……といっても、ただの少し大きいだけの木造の家、いわゆる領主館だ。来客なんて、この領地に来てから一度もなかった。


「セバス、出るな。どうせろくなことじゃない」


 面倒ごとの匂いを察知した俺が制止するも、忠義に厚い老執事は「そういうわけにはまいりません」と静かに首を振り、玄関へと向かってしまう。


 やがて、セバスの驚いたような声と、か細い女性の声が聞こえてきた。


「……アッシュ様、お客様でございます」 


「だから、ろくなことじゃないって言っただろ」


 俺は悪態をつきながら、しぶしぶ席を立つ。食堂の入り口に立っていたのは、一人の少女だった。

 年の頃は俺と同じか、少し下くらいだろうか。長い銀色の髪は所々土で汚れているが、月光を溶かしたような美しい輝きを失ってはいない。着ている純白のローブも泥だらけで、裾はあちこちが破れていた。

 相当な長旅をしてきたのだろう。疲労の色は濃いが、それでもなお、彼女の存在そのものが神聖な輝きを放っているように見えた。


 何より、その瞳だ。

 透き通るようなアメジストの瞳が、俺の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれた。


「……あ……ああ……!」


 少女が、わなわなと震え始める。


 え、何? 俺、なんかした?


「おお……! なんということでしょう……! 神託に示されし御方が、このような場所に……!」


「は?」


 次の瞬間、少女はまるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちると、俺に向かって深々とひざまずき、祈りの形に組んだ両手を掲げたのだ。


「ああ、我が主よ! 導きの神よ! ついに、ついに御身にお会いすることができました……!」


 涙を流しながら、感極まったように叫ぶ少女。


 俺とセバスは、顔を見合わせた。


 ……誰だ、この子。


 というか、なんて言った? 神? 俺が?


「あ、あの、お嬢さん? 人違いでは……」


 俺が困惑しながら声をかけると、彼女は勢いよく顔を上げた。その瞳は、狂信的とすら言えるほどの熱を帯びていた。


「いいえ! 人違いなどでは断じてありません! 私は王都中央教会より遣わされし聖女、セレスティアと申します! 古の神託に記された『辺境の地に降り立ち、民を導く若き神』を探し、このヴァルハラ領まで参りました!」


 聖女? 王都から?

 そんな偉い人が、なんでこんな辺境に……いや、それより問題は。


「神って……俺のことか?」


「もちろんでございます! あなた様こそ、我らが待ち望んだ現人神あらひとがみ! アッシュ・フォン・バルバドス様!」


 なんで俺の名前を知ってるんだ!?

 というか、どうして俺が神様になってるんだ!?


 俺の頭の中は、大量の「?」で埋め尽くされた。状況が全く理解できない。

 とりあえず、この少女は腹が減っているのかもしれない。空腹は人をおかしくさせると言うし。


 俺は、自分の席に戻ると、まだ手をつけていなかった茹でジャガイモの皿を手に取った。そして、ひざまずく聖女様の前に、そっと差し出す。


「とりあえず、これでも食うか? 塩、かけるか?」


 なけなしの優しさだった。

 空腹のあまり、幻覚でも見ているのかもしれない。まずは腹ごしらえをさせて、落ち着かせるのが先決だ。

 

 俺が差し出した、ただのジャガイモを見た聖女セレスティアは、アメジストの瞳をカッと見開き、その両目から滝のような涙を流し始めたのだ。


「ああ……! なんと慈悲深きお方……! 飢えたる私に、神自らが聖なる糧をお与えくださるとは……!」


「いや、だからただのジャガイモだって」


「これが……! これこそが、神より賜りし最初の恵み……! 『セント・ポテト』……! ありがたく、頂戴いたします!」


 聖女セレスティアは、恭しく両手でジャガイモを受け取ると、まるで宝石でも扱うかのように、そっと一口かじった。そして、天を仰いで恍惚の表情を浮かべる。


「おいしい……! なんという滋味深いお味……! 神の御力が、私の全身に満ち渡っていきます……!」


 感動で打ち震える彼女の姿を見て、俺は確信した。


(ダメだ、こいつ。話が通じないタイプのヤバい奴だ……!)


 俺の隣で、セバスが小声で囁いてくる。


「アッシュ様……この方、もしかすると、王都での政争に敗れ、心労のあまり少し……その……」


 ああ、なるほど。つまり、左遷されてきたってことか。それで精神のバランスを崩しちまったと。あり得る話だ。こんな辺境に飛ばされたら、誰だっておかしくもなるだろう。


 俺は天を仰ぎ、深く、ふかーいため息をついた。これから始まるであろう、面倒くさい日々に、心から絶望しながら。


 一方、聖女セレスティアは、涙で濡れた頬のまま、決意を固めたように高らかに宣言した。


「御心のままに! このセレスティア、この身命を賭して、このヴァルハラ領に、あなたさまの栄光に満ちた王国を築き上げてご覧にいれます!」


 だから、俺はただ、昼寝がしたいだけなんだって……。


 俺の心の叫びは、もちろん彼女に届くはずもなかった。


 こうして、俺の意図とは全く関係なく、辺境の貧しい村を舞台にした、壮大なる勘違い建国神話が静かに幕を開けたのだ。


……勘弁してくれ。



―――

今作は異世界ファンタジー!

以前まではラブコメに集中してましたが、今回は異世界ファンタジーの執筆を頑張りました。


皆様の応援がすごくモチベーションになります。


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何卒よろしくお願いします。

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