ep2.【アイ、魔女となる】
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ep2.【アイ魔女となる】
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その夜は結局、お開きとなった。
アイは、自分がどうやって家に帰ったのかも覚えていなかった。
桑津邸に乗り込むという無茶をしたのに、どうして何のお咎めも受けなかったのか、それすらもよくわからなかった。
だが、桑津老のことだ。茶々の友人と沙汰を起こせば、世間体が悪いとでも考えたのかもしれない。
とはいえ何にしても、あの老獪な男に、何か別の目的があることは明白だった。
この日を境に、茶々からの連絡が断たれた。
桑津家がアイとの接触を禁じているのか、それとも茶々の意思でアイを避けているいるのかはわからない。
「まったく、食えない爺さんだ」
「茶々……」
あの赤子は本当に茶々の子なのだろうか。
だとしたら、何故そんな大事なことを親友である自分に隠していたのか。
アイの憂鬱な夏は、まだ半ばにも達していなかった。
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夏休みだったが、アイは生徒会活動のため学校に登校した。
「遅いぞアイ君。ん?桑津君は一緒じゃないのか」
「チャチャは欠席ですよ」
「そうか、そういえばそんなことも聞いた気がする。詳しくは知らないが、君たちも大変なようだね」
麻宮生徒会長は、先日の朗読会でも低学年に本を読みきかせていた優しい人物だ。
その人徳ゆえに、小学生たちから多くの支持を集めている。アイもまた支持者の一人だ。
「ところで、先物の調子はどうだ」
「日照りの割には、まずまず良い調子かと」
アイたちの小学校では、授業の一環として作物を育て、その売上を生徒会費に充てる慣習があった。アイは売買担当だ。
アイには数字に強いという一面があった。
「流石はアイ君、私の見込み通りだ」
「部活動からの会費の徴収はどうしましょう?」
「ああ、担当の桑津君は家の事情で動けないらしいからな。誰か代わりに動いてもらわねば」
生徒会費の徴収は茶々が担当していたが、この数日で業務は完全に滞っていた。
「なら、僕が動きます」
この仕事をを口実に茶々と接触ではないかと、アイは考えた。そんなアイの私心に気づかない麻宮会長は、素直に喜ぶ顔を見せて応じる。
「そうか!君がやってくれるのならば心強い。信頼しているよ」
「麻宮会長の命令なら」
生徒会では、部活動から特別振興費の名目で徴収した金を、株取引に回していた。
名目上は長期投資だが、実態はギャンブル性の高い短期投資だ。
その資金運用を一手に担っていたのがアイである。アイは儲けすぎず損しすぎない、ギリギリのラインで生徒会に利するよう調整することが得意だった。
だが、さらに会長は徴収まで任せようとしている。
「でも、本当に良いのですか」
「言っただろ?君を信頼してる」
アイは金銭欲がなく、投資も単に数字を増やすゲームと捉えている向きがあった。麻宮会長はアイのそうした、現実に対して冷静な部分を見抜いているのだろう。
「生徒会長にとって、この夏の問題は他にも山積みでね。実は、他にもアイ君に頼みたいことがある」
「まだあるんですか」
「ああ。最近この地域で畑泥棒が横行してるのは知ってるだろう?」
生徒会長の話にはアイも聞き覚えがあった。どうもここ数日で畑泥棒が増えているらしい。
「生徒会の契約農家も被害に遭っててね。対策せねばならん」
「会計の僕がですか」
「なあ、頼むよ。なんならチャチャとの便宜も計ってやっていいぞ?」
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結局アイは麻宮会長に仕事を押し付けられた。
「一体どうすればいいんだろう」
アイが悩みながら帰宅すると、長女真琴姉が待っていた。
さらに、自宅にはもう一人の姉もいた。
「おかえりアイ。待ってたよ」
「祐希姉さんも」
安津祐希(あんづ ゆうき)は一つ年上の次女だ。
長女、真琴
次女、祐希
三女、愛衣
さらに妹と弟がいる。
合わせて安津家は五人姉妹だった。
長女真琴姉はガサツだが頼り甲斐がある。
一方、次女祐希姉は一番ミーハーな性格だ。
二人とも、堅実実直なアイとは違う性格の持ち主だった。
「ところでアイ、頼んでた雑誌は買ってきてくれた?」
「あっ忘れてた」
「そうなると思ってた。安心して、先に私が買っておいたから」
「流石は祐希姉」
祐希姉はファッションに興味があった。
流行への敏感さは家族の中でも随一で、隠れて部屋の中でファッション雑誌を食べているほどのファッション雑誌好きだ。
アイはそんな祐希姉のファッションへの興味の強さを図りかねるところがあった。
「アイも年頃だから、ファッションに興味くらい持たないと」
いつものように、祐希姉がそう言った。
ファッションに興味のないアイとしては、正直なところ放っておいてほしいと思っている。
「僕は綺麗な服には興味ないかな」
「ダメよ。人は見た目が重要なの。人間性は外見に滲み出るものよ」
祐希姉の言葉の意味がアイはわからなかった。
だが、ミーハーな祐希姉はそれ以上の興味を持つこともなかったようだ。
「あっファッションショーが始まっちゃう」
突然そんなことを言うと、祐希姉は外に出かけていった。
「祐希はきっと、何かを手にするには相応の覚悟が必要だと言いたいんだ、うん」
真琴姉がそれらしく祐希姉の言葉を解釈してフォローした。だが、真琴姉の解釈は都合が良すぎると、アイは思った。
「そうなのかな」
何かを手にするには、本当に相応の覚悟が必要なのだろうか。アイは、長女真琴姉の都合のいい解釈の言葉が頭から離れなかった。
「ところでアイよ。お前、魔法使いになる気はないか?」
思案げな顔のアイを見て、長女真琴姉は突然そんなことを言った。
その唐突な提案に、アイは驚いた。
「魔法使いに!?僕が?」
「逡巡は要らん。いますぐ"是非"と言え」
真琴姉の目は輝いていた。
アイは知っている。こういう時の長女は、何事にも躊躇がない。自らの目的を果たすことに、一切の呵責なく他人を巻き込む。
祐希姉との会話は、長女真琴姉にとっては前振りだったのだ。アイを魔法使いに誘うための。
「ええ……?」
「なっ?アイ。"是非"と言え」
アイは躊躇ったが、直後に赤子を抱く茶々の姿が頭に浮かんだ。
そして、覚悟を決めて言葉を口にした。
「"是非"」
アイが答えると、真琴姉は喜色満面の笑みになった。
「良い心がけだアイ。他の姉弟は自ら動くタイプではないからな。そんなお前なら、俺の申し出にも二つ返事で了承してくれると信じてたぞ」
「調子いいなあ」
*
長女真琴姉に連れられ、二人は家の離れに移動した。
離れの前を、ローブを着た中年男性が警備していた。魔法使いだ。
「カムカム殿。志穂殿にお目通りを」
カムカムと呼ばれたローブの男性は会釈をした。
「真琴殿。その方は妹御にござるな」
「ああ」
「では、お通りを」
カムカムの手引きで、真琴とアイは中に案内された。
「アイ、これより"是非"としか言うなよ」
真琴姉が厳かに言った。
座敷の中央にはローブを着た高貴な女性が座していた。アイは、高貴な女性が図書館で出会った人物だと気付いた。
そして肖像画に描かれた人物でもある。
「……!」
「また会ったな、アイよ」
「実はこの方は魔法王朝の姫様なのだ」
姫と呼ばれた人物は振り向いてアイを見た。
「妹のアイでございます」
真琴姉はひれ伏しながら、アイのことを紹介した。アイも見様見真似でひれ伏した。
「安津愛衣です」
「お志穂と申す」
志穂殿は凛々しい顔立ちの静かそうな人だった。
「我ら安津家。姉妹一丸となってお志穂様に尽くします」
真琴姉が平伏しながら忠誠を誓う。
「是非に」
アイも続けた。
「そうか。励めよ。これよりアイは我が家来の魔法使いじゃ」
こうしてアイは魔法使いとなった。
「では杖とローブを買いに行かねばな」
真琴姉は楽しそうに言った。
「杖とローブ?」
「ああ、魔法使いには必要だろう?」
アイは魔法使いの常識というものがよくわからなかった。
その場の妙な緊張感にアイは萎縮していた。
離れから出ると警護にあたっていた男に声をかけられた。
「主君の助けとなっていただきかたじけのうござる」
「魔法王朝の後継たるお志穂殿の力となるは我ら安津家の大願」
「妹御もかたじけのうござる」
アイは中年男性の言ってることがよくわからなかった。
「アイも魔法使いを夢見てました」
「是非に」
アイは気のない返事をした。
「なら重畳。明日は杖を買いに行かねば」
「転入の準備はこちらでしておきます」
*
その日の夜、生徒会所有の田畑(でんぱた)に怪しい人影が幾つも見受けられた。
「うヒヒ、田舎の小学校の田畑は警備が薄くて良いのう」
「そうじゃそうじゃ、作物が取り放題じゃ」
人影たち最近この辺りを荒らしまわる作物泥棒たちだった。
だが、畑の土の中からラーメンを食べながら一人の男が現れた。
男は一心不乱にラーメンを食べていた。
「ラーメンのレビューをしようか」
「いいえ、結構です」
「まずはこのスープ。コクがあり濃厚だ。しかし、濃すぎることなく飲みやすい。私は博多よりも鹿児島の豚骨ラーメンが好きだ。その気品の高さはラーメンというより、文化だ。そして、麺もまたスープに負けてない。細麺タイプの麺がスルスルと口の中に吸い込まれていく。美味い、美味いぞ」
「何言ってんだこのジジイ」
突然現れた男は、一体何者なのか!?
とにかく、こうしてアイは魔法使いになったのだった。
ep2.【アイ魔女となる】終
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