義妹が失恋した俺をからかってくるので殴った。 それから義妹の様子がなんかおかしくなった。
秋桜空間
第1話
1
「お店の予約はしたし、プレゼントもあるな……。よし!」
独り言をつぶやきながら、俺はデートの最終確認をした。
今日は俺の彼女、
何か月も前からバイトを始め、その稼いだお金で彼女を祝う予定なのだ。
俺はこの日のために買った何万もする腕時計に目をやる。
きっとこの時計をプレゼントしたら蛍は泣いて喜んでくれるに違いない。
そして、だいしゅき~とか言いながら俺をぎゅっと抱きしめてくれるだろう。
うへへ。想像しただけでも頬がゆるゆるになってしまう。
うきうきしながらスマホの画面を確認する。
時刻は午前11時。
少し早いけど、もう外に出てもいい時間かもしれない。
「そろそろ行くとするか!」
俺は元気よく立ち上がり、玄関の扉に手を掛けたのだった。
2
「……来ないな」
待ち合わせ場所の公園に着いて1時間が経過した。
約束していた時間はとっくに過ぎている。
さすがに変だと思い、俺は蛍に電話をかけてみた。
根気よく発信しつづけたが、蛍が出てくることはなく、
電話は強制終了されてしまった。
「……多分遅れてるだけだよな」
と独り言をつぶやいて、俺はその後も蛍を待ち続けた。
けれど、1時間経っても、2時間経っても、3時間経っても
蛍は現れず、連絡が来ることもなかった。
気づけば青かった空は茜色に染まり、
遠くの方ではカラスが鳴いていた。
ぼつ、ぼつ、と少しずつ民家に明かりが灯り始めている。
寒くなってきた俺は
「……帰るか」
と一言ぼそっと呟いて、とぼとぼと歩きはじめた。
3
結局蛍はなんで来なかったんだろう。
帰り道の途中、俺はそればかりを考えて頭をぐるぐるさせていた。
「もしかして、何か事故に遭ってたりして……」
急にそんな考えが浮かんで、不安になっていると、
「今日はありがとね。大和君♡」
そんな蛍の声が聞こえてきた。
顔を向けると、
そこには、爽やか系イケメンと手を繋いでいる蛍の姿があった。
あの男には見覚えがある。
あれは、うちの学校のサッカー部エース、
校内の女子にめちゃくちゃ人気の有名人である。
蛍は俺に見せたことがないような満面の笑みを浮かべて大和と歩いていた。
びっくりして声を上げそうになるのを、俺はすんでのところで耐え、
近くの茂みに身を潜めた。
そして、もう一度2人の姿を確認する。
確かに蛍と大和だ。
何で?と俺は思った。
俺のデートには来なかったのに、何で大和と一緒にいるんだろう?
すぐに思い浮かぶ答えが1つだけあった。
けれど、俺はどうしてもその答えを受け入れることが出来なかった。
きっと蛍はやむにやまれぬ事情があって大和といるんだろう。
そうだ。きっとそうに違いない。
そう自分に言い聞かせていると、2人は会話を始めた。
4
「まさか、大和君が私の誕生日を覚えててくれてたなんて思わなかったな。
本当に夢みたいだった」
蛍が顔を赤らめながら言った。
大和はふはっと顔をほころばせる。
「大げさだな。ただ一緒に水族館に行ってきただけだろ?」
「それでも、私には一生ものの思い出だよ」
蛍のその言葉に、大和は少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
そして不意に蛍の顎に手を添えて軽く自分の方向へ向けさせた。
「お前さ、なんで彼氏なんか作ったの?本当は俺のことが好きなんだろ?」
「だ、だって……」
大和の真剣な表情に蛍は目を泳がせる。
「大和君は私なんかと付き合ってくれるはずないって、思ってたから……」
「ふーん。それじゃ、俺が今告白したらどうすんの?
彼氏と別れて、俺と付き合う?」
「……え?」
蛍の目が大きく見開かれる。
俺は自分の心臓が速くなるのを感じながら、ぎゅっと目をつぶった。
お願いだ。お願いだから断ってくれ。と何度も何度も祈ったが
その祈りも空しく、蛍は迷う素振りすら見せずに、
「うん!」
とうなずいた。
その瞬間大和が蛍に顔を近づけ、激しいキスをした。
蛍は両手を大和の背中に回す。
長いキスの後、
「彼氏と別れて俺と付き合えよ」
と大和は言った。
「うん。別れる。すぐ別れるからね」
と言って、今度は蛍の方から大和にキスをする。
俺は、ずんと胃の底が重くなるのを感じた。
幽霊になったような気分でゆっくり、ゆっくり蛍に近づく。
「……蛍」
と呼んでみたが、蛍はキスに夢中で気付かない。
「蛍!」
もう一度、今度は大きな声でそう呼びかける。
すると、2人は一旦キスするのをやめて、俺の方を見た。
「か、楓?なんでここに?」
と蛍が驚いたように言う。
「蛍こそ、何してるの?今日は俺とデートする約束だったよね?
それが、なんでこんなことになってるの?」
頬を伝って、顎のあたりで涙がぽたぽたと落ちる。
いつの間にか俺は泣いていた。
そんな俺を見て、蛍は若干めんどくさそうに目をそらした。
困っているのを見かねた大和が、俺に見せつけるように蛍の肩を抱く。
「悪いな。蛍は俺が幸せにするからさ。
だから、おとなしく引き下がってくんねえかな?」
大和の言葉を聞いて、蛍が幸せそうに頬を緩ませる。
俺は何を言うべきかわからなくなって、ゆっくり視線を下げた。
……ふと、これはさすがに怒っていいんじゃないか?と思った。
2人のことを傷つけても許されるんじゃないか?
それぐらいのこと、されてるよな?
そう考え始めると、ふつふつと胸の中に怒りが込み上げてくる。
怒れ、俺。
ひどい言葉でも、暴力でも、何でも気の向くままに浴びせてやれ。
自分の心の声が聞こえてくる。
その声に鼓舞されて俺は顔を上げた。
そして、蛍のことをぼろくそになじってやろうと口を開いた。
その時だった。
蛍は攻撃されるのを察知したのか、「ひっ!」と声をだして顔を伏せた。
目に涙を溜めて、小動物のようにふるふる震えている。
「……」
その仕草が思った以上にかわいくて、俺は何も言えなくなってしまう。
どうやら俺は、
こんなにひどいことをされてもまだ蛍のことが好きなようだった。
そして、嫌われるようなことをするのがどうしようもなく怖かった。
気がつくと俺は、涙をゴシゴシ拭いて、頑張って笑顔を作って、
「……蛍は、そっちの方が幸せなんだよね?」
と優しく聞いていた。
恨み言を言われると思っていた蛍は、
俺があっさり引き下がりそうなことがわかると、
ぱっと顔を明るくした。
「う、うん。ごめんね楓。あの……、できれば私と別れてほしい」
申し訳なさそうに蛍が言う。
嫌だ、なんて言っても状況が何も変わらないことはわかりきっていた。
今、この状況で俺ができる回答なんて1つしかない。
本当は言いたくなかったが、
「……うん。わかった」
と俺は言った。
すると、
「ありがとう!」
と蛍が嬉しそうにお礼を言ってくる。
そして、すぐ申し訳なさそうな顔にもどり、
「その……、それじゃ、じゃあね」
と言って、また大和と手を繋ぎ立ち去っていった。
キリキリとお腹が痛むのを感じながら、
俺はどんどん遠ざかっていく2人を茫然と眺めていた。
2人が完全に見えなくなってから、大きなため息をついて
「……つかれた」
とぼそっと呟いた。
「……何でもいいから、早く家に帰ろう」
考えるのが億劫になった俺はとぼとぼとまた歩き出した。
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