プロテクターズ③ 深海古代遺跡より湧き出る異次元の耀き
銀次
プロローグ 潜水艦U29
十年前
ドリルやツルハシなどの様々な土木道具を握った労働者たちが、湿った岩と砂の大地に降り立った。
〈すごい光景だ。我々は今、海の底にいる〉
ゾニは感動に震えながら、大きく深呼吸をした。海の香りを何倍にも凝縮した濃厚な匂いに嗅細胞が拒否反応を示し、大きくせき込んだ。
半世紀以上も海と共に生きてきたゾニだったが、希釈されていない磯の香りというものを今日初めて知った。
多目的巨大メガフロートとして計画、開発されたアクパーラ。後々に観光施設としての使用も視野に入れて建設された人工島は、現在は多用途に使用可能な採掘施設としての役目を与えられていた。
ゾニたち労働者が今いるのはアクパーラの真下に位置する深海だ。見上げれば、何千個もの照明が設置された天井が見える。これはすべて海上に浮かぶメガフロートから降下してきた特殊な装置のおかげだった。
スタジアムの愛称で呼ばれるその装置は、巨大な箱のような見た目で、海底に接地すると各部に配置された排水装置を通じて内部の海水を外部に放出。その後に海上のメガフロート本体に通じる管から暖かい空気を注入して人間が生身で活動できるようにしていた。
技術の発達に驚きながら、ゾニは祖先が海を渡りながら生活していたと亡き父親が話してくれた事を思い出した。嵐の時も凪の時も、祖先は海と共に生きていた。
〈海のあらゆる事象を知り尽くしていた祖先たち。そんな彼らでも、息を止めることなく海の底を歩くことができるなどと聞いたら、きっと驚くに違いない〉
尊敬する過去の人々すら経験したことのない奇跡のような体験に、ゾニは年甲斐もなく胸が高鳴るのを感じた。
「ゾニさん! こっちに来てくれ!」
しゃがれた男性の声に、感動に浸っていたゾニは現実に引き戻された。
〈そうだった、ここには仕事に来たんだ〉
ゾニは早歩きで不安定な砂場や岩を渡り、呼ぶ声の方に向かった。途中で見たこともない大きさのカニや排水しきれずに残った水溜まりを泳ぐグロテスクな見た目の魚を見かけた。
〈さすがに、ここら辺の魚を祝いの品にするわけにはいかんな〉
歩きながら、ゾニは息子夫婦や産まれてくる孫にもこの光景を見せてやりたかったと思った。だがこれは遊びではない。本来ならば人間の生存すら許されない深海での作業。危険度はトップクラスだ。仕事の契約書でも、死亡事故は発注者である企業の責任にはならないと免責事項にもサインさせられた。油断は禁物だ。
「こっちだ。ゾニさん」
初老の男性がしきりに手招きを繰り返す。男性の名前はフランツ。どこかの大学の歴史学者だとゾニたちには紹介されていた。専門などは分からない。興味もない。
知っているのは、フランツが島の外からやってきた人間にしては親しみやすく、口うるさく注文をつけることもない人物だということだけだ。
「遅れて申し訳ない。おまたせした、教授」
そうゾニが声をかけると、わずかな時間も無駄にしたくないと考えて周囲の土壌サンプルを採取していた老人が顔を上げた。整えられた灰色の口ひげに丸めがねをかけた男性は、ゾニを見ると笑みを浮かべて立ち上がった。
フランツ教授とゾニは年が近かったが、その見た目は十才くらい離れているように見えた。教授は白人で、穏やかそうな顔つきをしており、日焼けのせいで顔が赤くなった、腹の出ている六十代相応の体型だった。
一方のゾニは、長年の肉体労働によって皮膚はこんがりと茶褐色になっており、無駄な脂肪などない引き締まった肉体だった。
まったく異なる二人だったが、仕事に対する真摯な姿勢は、互いにリスペクトをしていた。
「ゾニさん。あんたの意見が聞きたい。この船を運び出したい。それもなるべく損傷を少なく。できそうかな」
フランツが見上げる視線の先には、全体が錆や苔、フジツボに覆われた大型船舶があった。パッと見た分には、損傷などはなさそうだった。
「三年、よくて二年あれば引き上げられると思う。上から機材を下ろして、船の回りの岩ごと運び出すかたちになるでしょうな」
ゾニは頭のなかで運搬計画の草稿を練りながら、船を眺めた。
「しっかしずいぶん古い船みたいだが、こいつはなんなんだい、教授?」
「よくぞ聞いてくれた。これはおそらくだが、形状からみてドイツのUボートだと思われる」
「ボート? ボートにしちゃあごつい」
「違う違う。いまあんたが想像しているのは、小さい舟とかのことだろう。こいつはボートじゃなくてUボート。要は潜水艦だ。昔の戦争で使われたものだよ」
戦争。その言葉を聞いて、ゾニは自分の記憶のなかでは一番古い戦争の名前を出した。
「レアアース戦争の時とかか?」
「いや、もっと古い。我々の祖父母ですらまだ生まれてなかっただろう時代、第一次世界大戦の頃の潜水艦だよ」
ゾニは歴史には詳しくない。時たま放送される戦争映画を見て、そんなことがあったのかと思うくらいだ。それでも、目の前に鎮座する潜水艦には畏敬の念を禁じ得なかった。長い年月海中で眠りについていた遺物を最初に目にできたことはきっと特別なことだ。
「これはロマンだ」
自然と口から言葉が漏れ出た。
「ロマン。そうロマンだ。我々はロマンそのものと対峙している」
フランツ教授も嬉しそうにゾニに同意した。
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