第8話「ロックス領」
吹き荒ぶ風に轟く断末魔の悲鳴。
「つ、強すぎる、これが暗黒卿……ヴァルス……」
サラマンダーのヴィランとかいう火吹きトカゲを倒し、わたしは暗黒剣ラグナを鞘に納めた。
「フー」思わず溜息が出てしまう。
「結婚か……」
暗黒卿、ただ今絶賛お悩み中である。
先日、陛下によって下された王命。
王より賜った命令という事は、わたしに拒否権がないという事ではないか。
気が重い。
わたしは兜を脱いで空を見上げた。
月が綺麗だ。
陛下は一体何をお考えなのだろうか?
僕にはわからない。
でも、一つだけ確かな事がある。
それは、陛下の決めたこの縁談を断ったら、僕はエルデリーグにはいられないという事だ。
「憂鬱だなあ……」
僕の溜息混じりの愚痴と共に、息絶えたヴィランの亡骸が風に吹かれていった。
ヴィラン退治の夜から数日後、王都から出ている馬車に乗って、僕はロックス領の一番大きな町アルゴーに辿り着いた。
「これがロックス領か」
王都から北へ向かった辺境の大地。
ここにまだ見ぬ、僕の婚約者が暮らしていると言う。
馬車の御者にここまでの賃金と心付けを渡し、僕はアルゴーの街を散策する事にした。
まだ初秋だと言うのに、北の大地はもう薄い雪のベールを纏い始めていて、針葉樹が多くみられる自然豊かな風土が僕にはとても新鮮に思える。
実際に暮らしてみると、その評価はまた随分変わるのだろう。
実際、エーデルリーグの北部にあたるロックス領は、北の大国ドムンヘルに隣接している為、非常に戦が多いと聞く。
王都の人々の中にはロックス領を北の蛮人と揶揄する者がいるくらいだ。
しかし、僕は以前からこの北の大地に来たくて来たくてたまらなかった。
それはなぜかと言うと……
「あっ!いた!」
僕の目の前に姿を現した一匹の猫。
ここロックス領にしか生息していないと言われる魔猫スピカ。
「うわあああ、可愛い、可愛いが過ぎて尊死してしまいそうダァ」
僕、ルシヴァ・オルランドは大の猫好き。
一人暮らししているアパートにも一匹、それはもう可愛い可愛いニコと言う魔猫を飼っている。
この子がまた強いんだ。
本人が言うにはかつて世界の覇権を巡って、その当時の魔王に喧嘩を売ったらしい。
嘘?
うちの子は嘘なんて言いません!
それはともかく、僕は実在した魔猫スピカに興奮しつつも、目的地であるブリザリオ・ロックス辺境伯の御屋敷に向かっていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
正直、それらを軽く凌駕する存在が僕を待ち受けている予感がしている。
だって、暗黒令嬢って、そんな呼ばれ方してる時点でヤバいヤツってのは間違いない。
「とりあえず陛下の顔を立てる為に、キチンとお会いして、それでキチンとお断りしよう!やっぱり陛下の思惑で仕組まれた婚姻なんて、気乗りしないよ。それに、相手のご令嬢だって親が勝手に決めた婚約かもしれない。だとしたら、一度も会ったことのないヤツと結婚なんて嫌に決まってるだろうし、きっとなかった事にって流れになるはずさ」
そう自分に言い聞かせる様に呟きながら、御屋敷へ歩を進めると……
「ふん!ふん!ふん!ふん!」
僕は、路上で筋トレしている変なおじさんを発見した⁉︎
「はあああああ!ふんふんふんふんふんふんふん!」
腕立て伏せをしている、ただそれだけなのだが、なんかもの凄い。
おじさんの身体からは、物凄い量の"青いオーラ"が迸っている。
あの"オーラの色"からして"水の紋章"の所有者。
つまりは貴族と言う事になる。
だが、この寒い中、タンクトップ一枚はどうなんだろう?
ロックス領は北の蛮族がいるって言われても庇いきれないかもしれない。
「む?」
げっ、おじさんと目が合ってしまった。
こちらを凝視するおじさんは、次第にこっちに近づいてくる。
「ふむ」
ひっ、僕の目と鼻の先にまで来た。そして、更に強くなった視線がチクチクと僕を刺し貫いてくる。
「キミ、筋肉が泣いているぞ」
「なんですって?」
「私には聞こえる、キミの筋肉が鍛錬不足に嘆き悲しんでいる声が」
おじさんの目からひと筋の雫⁉︎
目の前でゴリマッチョのおじさんが僕の筋肉がどうとか言って急に泣き出した。
なにこのカオス?
「いや、ちょっとどう言う状況?」
僕は突然の摩訶不思議な状況にとまどい、少しパニックに陥っていたのだろうか?
次に起きたおじさんのアクションに、対応する事ができなかった。
「よろしい、ならば身を持ってわからせてあげよう!ムン!」
氷結拳"雪崩貫(なだれぬき)"
おじさんの青いオーラが低温を発し、右拳周りの空気を凍結。
それがまるでグローブの様になり、僕の胸板を貫こうと繰り出された。
凄まじい威力のただの右ストレート。
駄目だ、オーラの防御が間に合わない。
そう瞬時に判断し、僕はあきらめた。
防御する事をではない。
無傷で済ます事をだ。
暗黒闘技"闇渦(やみうず)"
おじさんの拳が直撃するその刹那、なんとか奥義を発動させた。
この奥義はオーラを出すのではなく消す事によって抵抗をゼロの状態にする。
そして、向かい来る相手のオーラを、柳の様に受け流す完全に回避へと特化した技だ。
「イダダダダぁ!」
覚悟はできてる。
だが、声が抑えられない。
受け流すと言ったがそれは完全ではない。
ましてや僕はまだまだ未熟。
初代のようにはまだ出来ない。
拳による威力はなんとか殺せたが、纏っている氷のグローブが小さいつらら状になってて地味に刺さる。
例えるなら薔薇の棘がチクチクする程度だが、本当地味に痛いのだ。
それでもなんとかおじさんの渾身の一撃をかわし、僕は体勢を崩した彼のガラ空きになった顎目掛けて反撃を開始。
闇渦を使った直後の弛緩した状態から、一転。インパクトの瞬間、僕は拳にチカラを込めて暗黒ヂカラを解き放つ。
闇渦と対極の奥義。
暗黒闘技"浄闇(じょうあん)"
本気でやると⚪︎しちゃうから、手加減した一撃。
だが、おじさんは即座に僕の拳に反応。
顎を少し掠めるだけに終わった。
だが、十分だ。
「見事、これで鍛錬不足……とは、鍛えたら……どれほどの……」
にっこり笑顔でそう言って、脳震盪を起こして膝から崩れ、倒れるおじさん。
一体なんだったのだろう?
いきなり話しかけたと思ったら、いきなり殴りかかって来て、本当にいきなりが過ぎるよ。
これって正当防衛だよね。
幸い目撃者もいないし……うん。
「よし、行くぞぉ!」
僕は爽やかな笑顔で、ロックス辺境伯の館へ向かった。
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