第四章:古代都市

34. 死の大地と、ふかふかベッド

 支度を終え、中央の転移ステーションから“外”へ飛んだ。

 

 直後、目の前に現れた光景に、言葉を失う。

 異世界に来て初めて見る――街の“外”の景色。


 そこに広がっていたのは、正真正銘、“何もない”世界だった。


 砂岩色の大地が地平線の果てまで続き、雑草どころか苔すら存在しない。

 生命の匂いが一切しない、完全な死の世界。

 時おり吹く風が砂埃を巻き上げ、視界全体が黄色いもやに沈んでいく。

 まるで、SF映画で見る、核戦争後の世界のようだった。


「驚きました?」

 

 横に立つセシルが問いかける。


「うん……正直、想像以上だ。何も……無いんだね」

「はい。ここでは、生命は生きていけません」

「どうして――」


 俺の問いを遮るように、咆哮が大地を震わせた。

 ほぼ同時に、背後から放たれた光の矢が、その主の胸を正確に貫く。


「危ないよー」

 

 弓型のギアを構えたルミナが、場違いなほど軽い口調で言った。


「たー坊、“キャビリン”出して。中で作戦会議しよ」


 確かに、こんな場所でのんびり立ち話はしていられない。


 ポケットからキューブを取り出し、足元に置く。

 指輪型のコントローラーに流れるマナを意識的に遮断すると――キューブが音もなく膨張し、大型のキャビンへと変形した。

 楕円形の、未来的で無機質な外観。


 

 中に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。

 そこはまるで、高級ホテルのスイートルームだった。

 まあ、泊まったことは無いけど。


「ボクはここー!」

 

 ルミナが一直線にベッドへダイブ。

 ふかふかの布団に埋もれて、満面の笑みを浮かべる。


 ……完全に遠足気分だな。作戦会議はどこへ行ったんだ。


 こういう時に頼れるのは、やっぱりセシルだ。

 ヴァンガードとして、“外”での活動経験もあるはず――そう思って振り向くと。


 そのセシルは、いつの間にかベッドの端で仰向けになり、恍惚とした顔で天井を見ていた。


「あのー、セシルさん……?」

 

 声をかけると、はっとして跳ね起きる。


「ご、ごめんなさい! つい、寝心地を確かめようと……」

「で、どうだった?」

「はいっ! 素晴らしいです! 前のも良かったですが、これはもう……まるで空に浮かんでいるみたいで!」

「へぇ、それは楽しみだ」


「……あ、そうでした。作戦会議ですよね」


 そう、会議だ。……って、リゼとマリアは?


 遠くのほうで、ガチャガチャと食器の音がする。

 あれ、キッチンか?


 ほどなくして、リゼが色とりどりの液体が入ったボトルを数本抱えてやってきた。


「ジュース、いっぱいあった。颯太はどれがいい……?」

「あ、じゃあ……ぶどうジュースで」


 ……って、違うだろ!

 あの“外”の光景を見た直後に、よくこんなに呑気でいられるな。


「お待たせ」

 

 マリアがキッチンから現れる。


「聞いてた通り、食料は十分すぎるくらいあるわ。3か月は暮らせるわね。リュキアとアルカナには感謝しないと」


 ――フォルテリアでの騒動のお礼として、必要な物資を両社から譲り受けていた。


「さて――」

 

 マリアが両手を合わせ、“パン”と軽い音を鳴らす。


「全員そろったし、作戦会議を始めるわよ」


 その声に、全員の視線がマリアへ向く。

 ルミナも背筋をぴんと伸ばしていた。

 この瞬間、このチームのリーダーはマリアだ――そう暗黙のうちに決まった気がした。


「セシル、“異世界人”がいるから丁寧に説明お願い」

「うん。えっと……さっき見たとおり、“外”はあんな感じです。ソウタさんとリゼちゃんは驚かれたと思いますが、私たちにとっては“ああいうもの”なんです」


「ソウタさんには説明の途中でしたが……“外”には生物はいません。いるのは魔物だけです」

「質問いい?」

「どうぞ、ソウタさん」

「魔物って、生物とは違うんですか?」

「はい。違うとされています。魔物を倒すと、死体は黒い霧になって消え、形は残りませんよね?」

「あ……そういえば」

「魔物の体はマナで構成されていて、死ぬと再びマナとなって大気に戻ります」


 セシルは一呼吸置き、言葉を続けた。

 

「魔物は、大気中のマナから自然発生している――そう考えられています」

「マナから……?」

「はい。そして魔物は、生き物を襲います。体を維持するためのマナを、生物から奪うんです」

「えっと……つまり、“外”に生物がいないのは、魔物に食べられてしまうから?」

「はい、その通りです。さすがです」


「生物だけじゃなく、魔物同士でもマナの奪い合いをします。勝った魔物は相手のマナを取り込み、さらに強くなるんです」

「街の周辺はマナ密度が高く、魔物が集まりやすい。放っておくと競争が進み、手が付けられないほど強くなる――それを防ぐため、定期的に周囲の魔物を駆除するのもヴァンガードの仕事です」


 なるほど。結構馴染んできたつもりだったけど、まだまだ知らないことだらけだ。


「あっ、話しすぎましたね。要するに――」

 

 セシルは指を2本立ててみせる。

 

「ひとつ、街の近くには魔物が多い。もうひとつ、街から離れると数は減るけど、長く生き残った強敵になる」

「なるほど。すごくわかりやすかったよ」


「じゃあ、続いてチーム分けの話に移りますね。遠征では複数のチームに分かれ、移動と休憩を交代しながら目的地を目指します」

「移動って……まさか歩き? 車とか飛行機とか、乗り物的なのは?」

「残念ですが徒歩です。乗り物はマナを消費するため、魔物を引き寄せてしまい、安全性に問題があります」

「マジか……」

「マジです。今回の目的地は、順調にいけば10日ほどで到着します」

「10日か……結構遠いな」


 まさかの徒歩宣言。

 もっと文明的な移動手段があると思ってたのに。


「私たちは5人ですから、2人と3人の2チームに分けます。戦闘ギアが使える4人は2人ずつに分かれ、どちらかにリゼちゃんが入る形がいいかと」


 なるほど。でも誰と組むのがいいかな。

 俺が考えていると――。


「ハイ!」

 

 ルミナが勢いよく手を挙げた。

 

「ボクがたー坊と組むよ!」


 ……先手を打ったな。マリアにビビって避けてるだろ。

 でもまあ、マリアとセシルがペアになるのが自然だと思うけど。


 そう思っていると、リゼが静かに手を挙げた。


「ルミナ……ごめん。チーム分けは、颯太とわたしの2人。もう一方は、マリア、セシル、ルミナの3人がいいと思う」


 えっ――?


 意外すぎる提案に、思わず息をのむ。

 ルミナも目を丸くしてリゼを見ていた。


「理由を聞いてもいいかしら」


 マリアが促す。


「ひとつは戦力。今の颯太は、この中で一番強い。マリアは、実際に見て分かってるはず」

「……むかつくけど、そうね。私じゃ歯が立たなかった、あのカイムって生意気小僧を一蹴してたし。むかつくけど」


 二度も言わなくていいから。俺のこと認めるの、そんなに不本意か。


「もうひとつは、わたしが颯太にギア――力の使い方を教えたいから。あのギアは、わたしが使っていた“魔法”と同じ。颯太は、もっと強くなれる」


「わかったわ」

 

 マリアは真っ直ぐリゼを見て頷いた。

 2人の間には、確かな信頼関係が芽生えている。


「異存はないわね?」

「うん。ソウタさんの強化、楽しみです」

「リゼっちがそこまで言うなら……うーん、隅に置けないなぁ、たー坊は」


 全員が口々に同意する。

 戦闘要員が俺ひとりなのは不公平な気もするけど、ようやく正当に評価されたってことで、まあ良しとしよう。


「俺も、それでいいと――」

「じゃ、決まりね。第一陣は私たちで行きましょう。まずはお手本を見せないとね」


 ……最後まで言わせてもらえないまま、チーム分けは決定した。

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