第20話 復権派筆頭アルダート

 アルダートに連れられた富楽は個室へと移り、二人は座り向かい合う。アルダート

は一対一で話したいとの事だったのでメディナは部屋にはおらず、部屋の外でドアに

へばり付いて聞き耳を立てていた。

 アルダートは早速本題に入る。


「単刀直入に言おう。我々の仲間になってはくれないか?」


 仲間になってほしいという言い方を考えるに、アルダートが求めているのは経済政

策の手伝いとかではなく鞍替え、つまり引き抜こうとしていると言う事か。

 確認のため、富楽は一応質問する。


「それは、民主派ではなく復権派についてほしいって事か?」


「そうだ。君の経済知識、政策を伝える能力、そして政策を実現させる能力。それを

貴族達の権力を取り戻すために使って欲しい」


 部屋の中では富楽を引き抜こうとする話が始まっている。

 そんな中の様子に、部屋の外で聞き耳を立てているメディナは気が気でない。


(これ大丈夫だよね?復権派についたりしないよね?)


 メディナが不安に苛まれている事など知るよしもなく、部屋の中では富楽とアルダ

ートは会話を続けていく。


「いきなり復権派につけと言われても困るな。とりあえず、復権派の目的、それと俺

を仲間にしたい理由について聞こうか」


「いやはや、これはすまない。我らが復権派の目的だが、それは貴族の権力を取り戻

し、民主主義の暴走を止めるためだ。笹霧富楽、君は何故ルプス連邦で緊縮財政が行

われる様になったのかご存知かな?」


「いや、俺はこの国に来て日は長くないもんでね」


 富楽の回答を聞くやアルダートは席を立ち、部屋の中を歩き回りながら、物語でも

語る様に話し始める。


「事の始まりは5年前、ある資産家が国内に出回る通貨の量の増加を不安視した事だ

った。かつてのルプス連邦は経済成長を続けており、富裕層から末端の労働者層まで、多くの人々が働けばちゃんと稼げる状態になっていた。経済成長に伴い国内に流通する通貨の量は増えていったのだが、そこである資産家が通貨の量が増えすぎる事で自分の持つ資産の価値が下がるのではないか、そんな不安にかられ、これ以上通貨の量を増やしてはならないと騒ぎだしたのだ。その資産家は新聞社やラジオの放送局といったマスメディアに働きかけ、通貨の供給量を記録した数値を政府の赤字だ国の借金だと報道させ、このままでは大変な事になると騒ぎ、政府の赤字を減らさなきゃいけないという世論を作り上げてしまった」


「なるほど最初は一個人の暴走だった訳か」


 アルダートは歩きながら頷き、話を続ける。


「本来であれば、我々の様な権力者は、世論に惑わされる事なく、正しい経済政策を

進めなければならなかった。だがそれが出来なかった。民主化が進められたルプス連

邦では貴族の権力は絶対的ではなく、政府の赤字は減らすべきだという民意を無視す

る事は出来なかったのだ。結果、知識ある者の反対意見は無視され、景気を悪化させ

る政策が進められる事になってしまった。今のまま民主化を進めては、マスメディア

が事の是非を決める様な国になってしまう。大衆はマスメディアの言う事を鵜呑みに

し、マスメディアが善と言えば善、悪と言えば悪、そんな国にな。そうならないため

にも、権力者が大衆を抑えれるだけの権力が必要なのだという考えの元、我々復権派

は動いているのだ」


「ふむ。ところで、その元凶の資産家はどうするんだ?」


「奴なら死んだよ。元々結構な歳だった事もあって、病気で体調を崩したかと思った

らポックリとな。散々世論を引っ掻き回した挙句、何の責任も取らずに逝ってしまっ

た。世論が歪められてしまったせいで、元凶がいなくなった今でも経済政策が修正で

きていないのだから、本当に困ったものだよ」


 アルダートはやれやれという感じのジェスチャーを交えつつ、貴族の権力を取り戻

す必要性を語った。

 貴族の権力を取り戻そうと言うもんだから、国民を軽視する様な輩かと予想してい

たが、思いのほかしっかりしている。権力を持って好き勝手したいとかではなく、民

主主義の問題を考えたうえでの思想の様だ。


「復権派の理念は分かった。で、なんで俺を仲間にしたいんだ?」


「残念ながら、権力者の中でもマスメディアの情報を鵜呑みにしている人は多くてね。貴族中心の国家に戻すにしても、先に権力者に正しい経済知識を伝えなくてはならん。そこで、君には権力者に経済を教える役割を果たしてほしいのだ。まぁ全ての国民に正しい経済知識を伝えるのが理想的ではあるが、権力者達にすら十分に伝わっていないのに国民全員に伝えるというのは流石に非現実的だろう」


 復権派のアルダートにとっても、国民一人一人が政治に関われる様になるのは理想

だとは思っている様だ。しかし、全員を教育させるだけの余裕は無い。だからこそ、

教育のリソースを権力者に集中させようという事か。


「だいたい分かった。今のまま民主化を進めても無責任なマスメディアが国を動かす

様になるから止めなきゃいけない。そこで貴族達の権力を復活させて抑え込みたいが、肝心の権力者達もまだまだだから教えてあげてほしいって事か」


「理解が早くて助かる」


 正しい経済政策でこの国の経済を立て直したいという思いは民主派も復権派も同じ。だが、国民が主体となって進めるのか、権力者が舵取りをして進めるのか、そこで対立している様だ。

 アルダートは一通りの説明を終えると、口調をしんみりとした雰囲気に変えて話し

を続ける。


「そもそも、民主化の方針は私の父が始めた事だ。全ての国民が政治に関われる様に

する事で、国民一人一人が政治について考え、皆が豊かになれる社会を作っていく。

そんな理想を掲げ、父は大衆の権利向上に努めた。だが、民主主義にするのにルプス

連邦はまだ若過ぎた。大衆が政治に参加できる様に皆が教育を受けられる国にしたの

はいいものの、十分な教育のリソースが足りないまま無理に進めてしまい、教育の内

容はただ丸暗記でノルマをこなさせる様なものになってしまった。教育そのものの陳

腐化を招いてしまった。教育を受けたにも関わらず、まともに説明も出来ない者の増

加。これは我が父の過ちが原因。私には領主としての責任、子孫としての責任、二つ

の責任が課せられているのだ」


 彼の言葉の一つ一つには、確固たる責任感や強い使命感があった。貴族中心の政治

に戻そうとする理由も、いい加減なものではない。国全体の事、国民の生活の事、そ

れらを良く考えている。富楽としてはなかなかに好印象だ。


「なるほどねぇ。確かに、今のルプス連邦は無知による悪政に苦しめられている。経

済において本当に大切なものが分かってないから、政府自ら国を破壊する政策を進め

てしまうもんだ。経済知識の足りない人ってのは、経済のためにはカネを稼ぐ人が必

要だと考え、必要な物を供給してくれる人を軽んじた政策を進めてしまう。だから無

知な人の経済政策は、やればやるほど国の供給能力を破壊する結果になる。正しい経

済知識に基づいた経済政策をやりたいなら、正しい経済知識を広めれる人が必要だわ

なぁ」


 アルダートの意見に共感を得ている富楽。その様子を見て、アルダートは嬉しそう

に富楽に近づき、同意の握手を求めた。


「分かってくれるか。では、笹霧富楽。私と共に復権派に・・・」


「まってー!」


 アルダートが話している途中、それを遮るようにドアが勢いよく開き、けたたまし

い声と共にメディナが部屋に入り込んできた。

 突然の事にも関わらずアルダートは落ち着いて対応する。


「何か用かな?私達はこれからの国にとって重要な話し合いをしている。用があるの

なら、後にしてくれないか?」


 メディナは駄々をこねる子供の様な目をアルダートに向けて言う。


「勝手に話しを進めないでくださいよ。富楽さんはペンブローク領の経済顧問なんで

すから」


 メディナは捨てられそうな子犬の様な目を富楽に向けて言う。


「行かないでください富楽さん。今富楽さんがいなくなったら、ペンブローク領はど

うするんですか」


 富楽はそんな様子のメディナを見てクスクスと笑い、アルダートに向けて言う。


「見ての通り、俺には先約が居るんでな。悪いが復権派につくことは出来ん。それに、貴方は全ての国民に経済知識を伝えるのは非現実的だと言ったが、俺はそれをやるつもりだ。貴方の父の理想、俺が実現してみせよう」


 富楽の返答に、アルダートは少し寂しそうな表情を見せた。


「そうか。残念だが致し方ない」


 アルダートとの話が終わり、用事も済んだという事で、富楽とメディナは部屋を出

て、雑談をしながらその場から去って行った。

 二人を見送るアルダート。彼の表情は引き抜きに失敗したというのに、どこか満足

そうな雰囲気だった。

 そんなアルダートの元に二人の男女が歩み寄る。


「交渉は上手くいったのかい?アルダートよ」


 男性の方が話しかける。

 歳は7~80代くらいの高齢男性。白く立派な髭を生やした長老感のある出で立ち

で、優しく穏やかそうな印象を受ける。彼の名はガルザック・ダット・クレステッド。復権派であるクレステッド領の領主だ。

 アルダートはガルザックに言葉を返す。


「いや、引き抜きは失敗したよ、ガルザックさん。だけど、なかなか興味深い人では

あった。対立派閥ではあるが、仲良くできそうな気がするよ」


 アルダートは女性の方を向き質問を投げる。


「シャラセア、君から見て笹霧富楽はどんな人物だ?」


 シャラセアと呼ばれた女性は、歳は20代後半くらい。フワフワとしたピンクの長

髪、ピンク色の瞳とどっちもピンクでその色だけでも目を引く。そんな明るい色合い

とは反する様に表情は気だるそうで、消極的な印象の女性だ。彼女の名はシャラセア・リイケ・ピンシャー。復権派であるピンシャー領の領主だ。

 シャラセアはやる気無さそうに答える。


「うーん。知識や経験を元に動く秀才タイプの人かなぁ。その時々に起きた事を起き

た時に対応するんじゃなくてぇ、予め起きる事をある程度予想して、対策を考えてお

いて。その時に必要な策を出すって感じの人だねぇ」


「なるほど、これまでに学んできた事だから、周りに教える事もできるのか。良いね、実に欲しい人材だ。復権派の力にできなかったのが悔やまれる」


 アルダートは富楽が言った事を思い返し、考える。

 全ての国民に経済知識を広めてみせると富楽は言った。労働者までもが正しい経済

知識を持ち、政治に参加できる様にする。これはアルダートの父が思い描いていた理

想だ。しかし現実は、教育は陳腐化し、高度な教育を受けた者達はそもそも労働者に

なろうとしないというものだった。だからこそ、アルダートは民主化の理想は非現実

的だと考え、復権派に身を置く事に決めたのだ。

 もしかしたら、富楽なら父の理想を実現してくれるのではないか。ペンブローク領

での経済政策と、今回のパーティーでの他の領主とのやりとり。復権派から鞍替えす

るつもりはないが、少し、ほんの少しだけ期待してしまうアルダートであった。

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