第10話 ペンブローク商品券の流通そして

 ペンブローク領限定の通貨、ペンブローク商品券が流通してしばらく経った頃。街

の中を富楽とヴィヴィエットが歩いていた。

 富楽は歩きながら活気が戻りつつある街の様子を見回す。


「いいねー、景気良くなってるねー、順調順調」


 かつては買い物客も少なく、店はガラガラで活気もなかったペンブローク領の街だ

ったが、今では大勢の人が行き交い、しっかりと人の営みが感じられるまでになって

いた。またいつ不景気になるのか分からないという不安もあるのだろう、商売をする

人達からは今の内に稼げるだけ稼ごうという強い意思が感じられる。

 そして注目すべきは人々が使っている通貨だ。客は商品を買う際当たり前の様にペ

ンブローク商品券を出し、店側は当たり前の様にペンブローク商品券での取引に応じ

ていた。

 富楽は近くにあった屋台で二人分のホットドッグをペンブローク商品券で買い、一

つをヴィヴィエットに渡す。

 ヴィヴィエットは「ありがとう、フーさん」と言ってそれを受け取り、現状の街の

様子に対する感想を述べる。


「それにしても、信用できないだとかうまくいくはずがないなんて言ってたのに、皆

すんなり新しい通貨のペンブローク商品券を使う様になりましたよね。どうしてこん

なにすぐに使われる様になったんですか?フーさん」


 ヴィヴィエットは質問するとホットドッグを頬張り、富楽に会話のターンを渡す。


「理由はいくつかある。まず一つはその通貨での納税を可能にした事。その通貨での

納税が可能になるという事は、納税をする全ての人がその通貨を必要とする様になる

という事だ。まぁ正確には、納税を一定額免除するという納税の割引券という立ち位

置ではあるがな」


 富楽は理由の一つを答えるとホットドッグを頬張り、ヴィヴィエットに会話のター

ンを渡す。


「そっか、納税は皆がしなきゃいけない事だから、ペンブローク商品券で納税できる

様になれば、皆がペンブローク商品券を価値あるものとして扱ってくれる様になるっ

て事ですね」


「うむ。二つ目の理由はペンブローク領が重度のデフレだった事だ。需要が足りない

せいで大量の商品が売れ残ってしまっていた状態だったからな。ペンブローク商品券

での取引に応じなかった所でデッドストックが増えるだけだし、それなら信用は低く

ともペンブローク商品券で取引しようって人も出てくる」


「確かに、売れない商品を売れないままにしても何もいい事ありませんもんね」


「そんで三つ目は、ペンブローク商品券が信用されていない事だな。皆ペンブローク

商品券を信用していないから積極的に使ってるんだ」


「え?信用されてないからその通貨が使われるって、どういう事ですか?」


 ヴィヴィエットは、信用されていないからその通貨が使われるという仕組みが分か

らず、首を傾げる。


「領民からすると、ペンブローク商品券はいつまで使えるのか分からん信用できない

通貨だ。だから供給された側からすると、ペンブローク商品券は使えなくなる前にさ

っさと使い切っておきたい代物。だからペンブローク商品券を渡された人達は積極的

に使おうとするんだ」


「あー、なるほど。信用してないから使えるうちに使っちゃおうってなるんですね」


「そして、資本家や企業といった経営者側の者達にはペンブローク商品券を直接流さ

ない様にしている。そうする事で、ペンブローク商品券で税負担を軽減しようとした

場合それを集めなきゃならんから、ペンブローク商品券での商売をする様になる訳だな。これまでのペンブローク領では資本家に直接通貨を流してしまっていたから、稼ぐために商売をするのではなく、政府からいかにカネを取るかを追求する様になっていた。今回のペンブローク商品券の流通で、その歪な通貨の流れをある程度修正しておいた」


 富楽の説明を聞いたヴィヴィエットは、感心の表情を富楽に向ける。


「へぇー、いろいろな考えがあってその策を進めたんですねー。だったら、このまま

じゃんじゃんペンブローク商品券を流して、景気を良くしていくんですね」


 期待の声を上げるヴィヴィエットだが、富楽はそれを切り捨てる様に言う。


「残念だがそうはいかん。ペンブローク商品券の流通はあくまで応急処置的なもの。

国民の貯金の分通貨が流れなくなっているから、一時的に流しているものにすぎない

。下手にペンブローク商品券を流しすぎると、本来の国の通貨であるフィルが使われ

なくなってしまうからな。現に、今使われているのもペンブローク商品券ばかりだろ

?」


 ヴィヴィエットは確かめる様に辺りを見回す。すると富楽の言った通り、使われて

いる通貨は7~8割がペンブローク商品券だった。たしかに景気は良くなっているが

、ルプス連邦の通貨であるフィルが流れる様になっていない。


「あー、確かにそうだ。皆ペンブローク商品券ばっかり使ってる。じゃあこれからフ

ィルが使われる様にしていくって事ですか?フーさん」


「うむ。ペンブローク商品券の流通で通貨が流れる状態を作り、同時に国民が貯金を

止まれる様にする事で、貯金で停滞していたフィルが流通する社会を作る。領民が貯

金を止めると共に、ペンブローク商品券の流通を減らして景気を調整するってのが今

回の策だからな。んで、そのもう一つの策である社会保障によって貯金を止めてもら

う政策の現状を把握するため、今ここに来たってこったな」


 富楽が言い終わると、ちょうど富楽とヴィヴィエットは目的地に到着していた。

 二人が来たのはペンブローク領の街中にある役所。目的は社会保障強化の政策の進

捗確認だ。

 富楽が受付に話を通してもらうと、二人は別室に案内される。

 案内された部屋には一人の中年男性が座って待っており、富楽はその男性に気軽に

話しかける。


「やぁ部長さん。アンケート調査の進捗はいかがかな?」


 そう言うと、富楽とヴィヴィエットは部長と呼ばれた男性と向かい合う様に座り、

二人が座ると部長は話し出す。


「調査の結果、領民が貯金を止められない理由はおおよそ分かりました。理由として

特に多いのは大怪我や大病の際の多額の医療費、病気や怪我でいつ大金が必要になる

のか分からないから、それが不安でお金を使えないでいる人が多い様ですね。次に多

いのが仕事を失った際の生活費で、一度職を失った後の再就職が難しくなっている事

への不安が貯金の理由になっている様です。それと、これは最近増えているものなの

ですが、子供を大学にいかせるためだとか子供に自分の老後の負担をかけたくないと

いう、子供の将来を考えての貯金も多くなってきていますね。詳しくはこちらの資料

をご覧ください」


 そう言うと部長は富楽に資料を手渡した。

 資料にはアンケートの調査結果が記されており、領民がどういった理由で貯金をし

ているのか、いつ必要になるのか、どれだけの出費が必要になるのか、どういった保

障を必要としているのか、どんな意見がどれだけあるのかといった情報が記されてお

り、資料を見ただけでおおよその状況が分かる様に情報がまとめられていた。

 その資料を見るや、富楽は満足そうな笑みを浮かべる。


「上出来だ。これなら社会保障強化の方針も円滑に進められるだろう」


 富楽が嬉しそうに資料を眺めていると、ヴィヴィエットがひょっこり覗き込んで富

楽と一緒に資料を見る。

 そして少し一緒に資料を見た後、ヴィヴィエットは感想を述べる。


「へー、すごいですね。短期間にこれだけの情報を集めるなんて。」


 ヴィヴィエットの反応を見て富楽は誇らしげだ。


「ふふん、そうだろそうだろ。このアンケート調査は俺がちょいと工夫を凝らしたか

らな」


「工夫?どういった工夫なんですか?」


 富楽はノリノリで話しを進めていく。ヴィヴィエットの疑問に答えたいというより

、自分の成果を見せつけたいといった無邪気な動機が見て取れる。


「では教えよう、俺の工夫ってやつをな。部長さん、比較して見せたいからスパニエ

ル領とペンブローク領のアンケート用紙を持ってきてくれないかな?」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言うと部長は部屋を出る。

 そして少しすると、二枚の紙切れを持って再び部屋に戻って来た。


「こちらがスパニエル領で行われたアンケート調査の用紙のサンプルで、もう片方が

今回ペンブローク領で行われたアンケート調査の用紙です」


 そう言って部長はヴィヴィエットに二枚の用紙を渡す。

 ヴィヴィエットは二枚の用紙を見比べてみた。

 スパニエル領のアンケート用紙は良くあるアンケート用紙のテンプレートといった

感じ、いくつかの選択肢にチェックを入れ、最後に自由に意見を書くための空欄があ

るタイプの用紙だった。

 一方ペンブローク領のアンケート用紙は、一見するとアンケート用紙とは思えない

見た目、どういった理由で貯金をするのかという理由を書いた後、どんなものにカネ

を使うのか、いつカネが必要なのか、どれだけのカネが必要なのかといったものを、

その数字まで詳しく書く欄が用意されている。アンケート用紙というよりは役所に提出する申請書の様に見える。

 一通り目を通すとヴィヴィエットは感想を述べる。


「なんだか、スパニエル領のアンケート用紙に比べて、うちのってアンケート用紙感

ありませんね。堅苦しいというかなんというか」


「スパニエル領の様な良くある形式のアンケート用紙は、アンケートの量を集めるの

には向いている。だが、気軽にアンケートに参加できる様にした分、いくつかの選択

肢の中から選ぶものだったり、自由に書いていい物だったり、どうしても曖昧な内容

が集まる様になってしまう。だからスパニエル領のアンケート調査では、領民の事を

第一に考えて欲しいだの、安心して生活できる様にしてほしいだのという曖昧な要求

ばかりになってしまい、アンケート調査を政策に生かす事は出来ないんだ。しかし、

ペンブローク領のアンケート調査では、いつどこでどの様な支援が必要なのかを詳し

く明記させる様にしているから、政策に生かせる情報をアンケートで集める事ができ

る訳だ」


 ヴィヴィエットは理解したのかウンウンと頷き答える。


「量より質で情報を集めたって事ですね」


 富楽も頷き答える。


「経済知識の無い人に、景気を良くするために自由に意見を出してくださいなんて言っても、景気を良くするために何を伝えれば良いのかなんて分かる訳がない。だったら、予め伝えるべき情報を絞って、伝えるべき情報を伝えれる様に工夫した方が良いだろう。伝えるべき情報が伝わらないってのは、政府も国民も互いに不幸になるだけだからな」


 部長は富楽の工夫に感謝の言葉を言う。


「お陰でこちらも情報をまとめやすかったです。短期間でここまでまとめられたのも

、富楽さんの尽力のお陰ですよ」


 褒められた事で富楽はさらに上機嫌になった。そして上機嫌のまま語る。


「領民の信用を得るためにやるべき事は、領民との約束を守る事だ。ペンブローク商

品券の流通で、領内限定の通貨を流して景気を良くするという約束は果たした。後は

、貯金が無くとも安心できる社会の実現。つまりアンケートで集まった貯金の原因を

解消していけば領民との約束を守る事ができ、領民の信用を得る事に繋がる。今回の

調査で分かった事を元に社会保障を強化していき、領民の信用を得ていこうじゃない

か」


 ヴィヴィエットと部長の二人は頷き同意の意思を示した。

 その後、富楽と部長はしばらく打ち合わせをし、富楽は役所での用事を終えた。

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