触れた先に、終わりがあると知っていても
みみず
第1話 ツインテール・テンタライジング
いつからだろう、彼の抱擁に安心感以外の感情を抱くようになったのは。
いつからだろう。私の思い描く未来に彼が現れるようになったのは。
なぜだろう。叶わぬ夢を信じ続けるのは……
まぶたを通じて陽の光が差し込む。心地よい睡魔を気だるげな現実が侵食してゆき、段々と意識がはっきりとしてくる。
アルバイト
遅刻
クビ
……起きなければならない単語ばかりが頭に溜まり、段々と睡魔の心地良さが薄れていく。私はしぶしぶ瞼を開いた。
眠い目を擦りながら身体を起こそうとする。が、がっしりと重みのある腕に腰を抱き寄せられているせいで上手く起き上がれない。
「ロビ?起きて。早く支度しないと遅れちゃう」
腰にまとわりつく巨体を両手で叩く。しばらくするとヴィィンと唸るような音が機体から漏れ、彼の腕がゆっくりと腰から離れた。
「んん…今日は休講のはずでは?」
彼の目が光を帯びる。
「代わりにシフト入れたんだよ。ロビに伝え忘れちゃった。」
彼の拘束から解放された私は急いで起き上がり、ハンガーにかかった洋服を手に取った。
「着替えるから出てってよ。」
「その間に間食を用意しましょう。」
「いいってば。寝起きは食欲ないの。」
部屋の外から聞こえるロビのお節介を聞き流しながらパジャマを脱ぐ。
ロビは私、「
2050年にRB社から発売された万能ロボット「RB-10」は、その驚異的な普及速度で歴史に名を刻んだ。
RBは家事から学習教師、カウンセラーからジムトレーナーまで何でもこなし、RBを所有することは人々にとって一種のステータスとなっていた。
アップデートやバージョンアップも無線を通じたインストールで完結し、故障をすればRB自ら最寄りの工場へ赴くため、新型に買い換える必要も全くなくなった。
15年前、うちが貯金をはたいて迎え入れたRBも「ロビ」という名前を付けられ、今に至るまで相沢家の歴史を共にしている。
ロビが家に来た当時はちびっ子だった私も、今では立派な大学生だ。それでも彼は私を幼い子供のように、少々過剰な程に面倒を見てくれている。
私は自身がロビの特別な存在のようで嬉しくも、いつまでも大人として見てくれないようでもどかしくもあった。
着替えを終えた私は洗面所に向かうと、流れ作業的に顔を洗い、歯を磨く。
「髪をお結びします。」
さきほど軽くあしらわれたにもかかわらず、ロビは嫌味ひとつ言わずに私の後ろに立つと、櫛を手に取り私の髪を整え始めた。
私はロビに髪をいじられながら化粧をしていた。ひとりで化粧をする時はこの時間が退屈で仕方がなかったが、その間に彼にヘアセットをしてもらおうという考えに至ってからは、朝の準備が楽しみになった。
人間の倍ほどはある指からは想像のつかないほど繊細な指さばき。はねてパサつきのある髪が彼の手によって絹のようにしなやかに見違える。
「それにしても、愛は大学生になってからとても社交的になりましたね。」
髪を耳の前で均等に分けながら、彼は私に話しかける。
「バイト始めたから外に出るようになっただけだよ。…友達と遊びに行くことも増えたけど。」
「以前と比べ、今のあなたは毎日生き生きしているように思えます。あなたが元気だと私も嬉しいです。」
昔の自分と比べられ、中学生時代の記憶が蘇る。
なんてことは無い、あの頃、私はクラスでイジメの標的になっていただけの事だ。多くの人間が一生で一度は経験するであろう、ありきたりな経験。
「ありがと、でもまぁ…ロビのおかげだよ。」
そして、私の場合はロビが支えとなってくれた。
相談事も弱音も、全部ロビが聞いてくれた。
いつも玄関で私を待ってくれた。
眠れない夜は、怯える私を抱きしめ、眠れるまで機械熱で温めてくれた。
「ロビがいなかったら私、きっとあの時を乗り越えられなかったと思うよ。あとロビに寝かしつけてもらわないと不眠症にもなってたかも。」
中学生時代に初めてロビに寝かしつけてもらった日から、私は毎日ロビと一緒に寝るようにしている。
ロボットの睡眠というのはPCでいうところのシャットダウンのようなものなので、ロビは眠ると再び起動するまで動かなくなってしまう。
トイレに行く時や喉の乾きで目が覚めた時、腰に抱きつかれた彼の腕を解いてもらう度に起動させなくてはいけないのが面倒だったが、それでも私はロビと毎日眠っている。
「私に抱きつきながら眠るのは今も変わっていないじゃないですか」
「い、いいじゃん、もう生活の一部になってるんだし」
じわりと頬が火照る。照れた顔が鏡台に映るような気がして、私は咄嗟に顔を伏せた。
「あぁ、じっとしてください。結ぶ位置がズレてしまいます。」
結びかけのゴムを解くと、ロビは私の両肩に手を置く。
「ほら、正面を向いてください。もう少しで出来上がりますから。」
「……」
正面を向く、というより思わず鏡に目がいく。結ぶ位置を定めたのか、ロビはそっと肩から手を離し、再び髪を束ね始める。
「それにしても、これから先もずっと私に寝かしつけてもらうのですか?」
「ロビは嫌なの?」
「まさか!そんなことは微塵もございません。ただ…あなたが将来、大切な人ができた時にどうなるのかと…」
「そんなことはその時に考えればいいの。今は、ロビのいない夜なんて考えらんない。」
実際、私の睡眠事情に関しては何度も親に注意された。愛はいつになったらロビ離れできるのかだの、どうしてひとりで眠れないのか、だのと……
しかし、私はどんなに辛いことが起ころうとロビに抱きしめられれば落ち着くことができるので、そんな心配は些細なことだろうと思う。
「とにかく、私はこれからもこのルーティンを変えるつもりはないから!……ロビがそれでいいなら」
「ありがとう。あなたの周りがどう思おうと、私はその気持ちがとても嬉しいです。」
先程から顔が赤い私を知ってか知らずか、ロビは鏡に映る私を見つめる。その目は桃色に輝いていた。喜びの表れだ。
RBは全身が鋼鉄でできているため、表情というものがない。そのため自身の感情を瞳に搭載されたLEDで表現するのだ。
平常時は黄色。嬉しい時は桃色。悲しみは青色。怒りなど、興奮している時は赤色。
私はそんなロビの感情表現が好きだった。ロボットは愛想笑いや嘘泣きをしない。瞳に映る色に嘘偽りなんてものは無い。
人間と比較すると、感情によるロビの顔の変化は微々たるものだ。
しかし、ロビの目が桃色に変化すると、私は人間以上の温かみをそこに感じるのだ。
「ほら、可愛く出来ましたよ」
いつの間にか私の髪は左右で束ねられ、綺麗に仕上がっていた。
ロビは仕上げに、私の髪を肩の前に出そうと二つに結われた髪をそっと摘んだ。
私は何も言わず、鏡を見つめる。
ロビの指が耳元に擦れる。
ひんやりとした、血の通わない無機質な指
その手はそのまま下に降り、私の身体をなぞってゆく。
指がうなじに触れる。
うなじが敏感な私は、身体を震わせないよう堪える。
彼に触れられた箇所がぽうっと熱を帯びる。
彼の手が肩に当たる。
私の身体に彼の両腕が触れる。
私は思わず息を呑んだ。
指先が鎖骨に触れ……
そして、毛先に指を通しきった彼の手はすっと私の身体から離された。
あと数センチ、届かない。
鏡を見ると、1寸のズレもなく均等な高さで結ばれた可愛いツインテールの私が出来上がっていた。
髪を撫でるとふんわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。香り付きのヘアオイルも使ってくれていたのだろう。
いつ頼んでも、ロビの腕前は美容師顔負けだと思う。
私はロビに礼を言うと、手を止めていた化粧を再開した。
ーーーーーーーーーーーーー
役目を終え、部屋を出ようとしたロビは去り際、親しげな顔で私に語りかけた。
「あなたは本当にこの髪型が気に入っていますね。」
「…うん。」
「高校生だった頃に比べると髪が伸びてきているようですが…伸ばしているのですか?」
少し考え、私はにっこりと口角を上げた。
「ツインテールは、髪が胸元まで伸びてる方が可愛いんだよ。」
私の気持ちが、表情に表れないように。
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