第13話

 陰キャの苦手なものその1: 『お洒落なカフェ』



「いらっしゃ〜い♡ なんでも好きなもの頼んでねっ」

「どこ中? うちの子達と同じじゃないよね?? てゆうかお名前は??」



 陰キャの苦手なものその2: 『知らない人との会話』



「おい、父ちゃんに姉ちゃん・・集まってくんなよ。恥ずいんだよっ!」

 


 着替えの後、隣のカフェへと連れて行かれると、店番をしていた汐見君のお父さんとお姉さんがバーッと寄って来て早速距離を詰められている。そして更に更にだ。私の座ったソファの隣には汐見君、そして向かいにはなんと、夏樹君が・・。




 陰キャの苦手なものその3:『クラスで目立つイケメン男子』


 陰キャの苦手なものその4:『推しとのリアル遭遇』




 ここは地獄か。私の苦手なものしかないのでは・・。




「・・か、かすがひまり・・と申します・・。と、突然お仕事場にまでお邪魔してしまい・・申し訳ありません・・」


「えぇ?? 陽葵ちゃん真面目かっ! そんなに緊張しないでよ〜」


 お父さんも絶対陽キャだ。しかも顔面が異常に良い。海沿いでお洒落なカフェとサーフショップを経営するイケオジ。もう陽を煮詰めた様な人だ・・。

 しかし一方の、眼鏡すらセクシーに映るお洒落美お姉さんは、ちょっと意外な反応を見せた。


「春日・・陽葵・・ちゃん?」


 

 ん?



「もういい加減あっち行けっつの! 仕事しろ仕事!」

「いや注文」

「決まったら伝えに行くからイイって!」



 お二人は汐見君に追い払われてボヤキながらキッチンへと戻って行った。とりあえず脅威は一つ去った。でも何だったんだろう、さっきのお姉さんの反応・・。



「陽葵、何にする?」


「はいっ? えっと・・どうしようすいません」


「焦んなくていいから。ゆっくり決めて」


 

 お洒落カフェ・・お洒落カフェで何を注文すべきか分からん。どうしよう。パラパラとメニューをめくると目に飛び込んできたのは生クリームと木苺やブルーベリーを飾った、華やかなパンケーキだった。



(わぁ・・美味しそう)



 中学の頃・・学校からほど近い街中のカフェの看板に貼られた、パンケーキの写真・・


 ずっと食べてみたかった。でも同じ学校の女子に遭遇するのが怖くて、結局入れず仕舞いだった。



"一人寂しくパンケーキ食ってんなよ、キモオタが"



 そんな言葉を投げつけられるんじゃないかと思うと、怖くて。そんなの被害妄想で、言われたところで「別にいいだろ」って突っぱねればいいだけだってわかってるのに、いつでも尻込みしてしまう。



「パンケーキ?」



 隣でした声にハッとして顔を上げた。



「でもそれだけじゃ腹にたまんなくない? 動いたから腹減ってるっしょ?」


「女って飯食わないでそういうの食うよな」


「デザートに半分こする?」


「さんぶんこね」


「うるせーわ夏樹! てゆうか何で居るの!?」


「央と一緒にご飯食べたい」


「ええ・・断り辛っ・・」




 イケメン兄弟の可愛いやり取りに、クスッと思わず笑ってしまった。はっと我に返ると、じっと私の方を見る汐見君の瞳と目が合った。



「あっ・・すいません」


「え? あっ、いや別にっ、何にするか決まった?」


「はい・・じゃあ、ガーリックシュリンププレートにします」


「お、おうっ! すぐ作るから任せとけ!」

「父ちゃんがね」

「うるせーって夏樹! お前も手伝えよ!」




"さんぶんこ"




 パンケーキ頼んでもいいんだな。


 三分の一のパンケーキは────私の気負いも三分の一・・





 ご飯はとても美味しくて。隣に座った汐見君があれやこれやと世話を焼いてくれるのが少し申し訳なかったけど、イケメン兄弟の会話を眺めていたら何となく時間も過ぎていき、お洒落カフェご飯を粗相なく終える事が出来た。




 しかし。


 汐見君が食べ終わった食器をキッチンへと下げてくれている間・・私は地獄へと引き戻される。



 見ている。


 夏樹君が・・こっちを睨んでいる。



 オタにとっての『推し』とは神の様に崇めるべき存在。本来直での接触などしてはならない相手なのだ。会話を交わすなど以ての外、目を合わせることすら罪。



 が。




「央の彼女ってひまりサンなの?」




 サクッ、と何かが胸に突き立った。



 い、・・とな?



 そうだよね。汐見君だもん。中学生の頃からモテてるだろうし、彼女とかいるよねそりゃ。でもって、今まで何人? いや。今までならまだしもだよ。『気になる子』って言われて深く考えてしまったけど、汐見君的には『気になる子』なんて現在進行形で私の他にも沢山いるんじゃなかろうか・・。だから『試し』なのか?


 何でなんだろう、このチクッと地味に痛いコレ・・もしかして私は、ショックを受けている?



(待ってよ・・付き合えませんて言ったくせにショックを受けるとか・・そんな筋合いないでしょ。そもそも汐見君と私じゃ格差がありすぎるわけだし。価値観も違うわけだし。『気になる子』の重みも意味も全然違うわけだし。そもそもまだ『試しに』一回デートしてみただけの関係で、向こうから改めてお断りされる可能性大だし)



「い、いえその・・そういうわけでは・・ない、ですかね多分・・」



 ゴニョゴニョとそう答えを返したときだった。


 不意にターン!と、テーブルに勢いよくアイスティーが置かれたのは。



 見上げるとそこには・・汐見君の、ちょっと不機嫌そうな顔────?




「夏樹! そういうのは俺に聞けよ!」


「あ、そ。付き合ってんの?」


「ただのクラスメイトだよ!」



 その言葉に・・またチクッと胸に痛みが走った。


 そっか・・


 やっぱり・・そうだよね。


 彼の『気になる子』達の中で、自分が最上位であるわけがない。

 


 

 さっきあんなに軽くなったはずの心が、またどんよりと曇り始めた気がした。どうして私はこんなに落ち込んでいるんだろう。




"試してみないと分かんないでしょ。楽しくないとか決めつけるなっていうこと!"




 ああ────そうか。


 試してみて私は・・『楽しかった』んだ。




 でも汐見君はそうじゃなかったって事で・・。



 同じ気持ちじゃなかったって事が・・きっと悲しかったんだ────。







◆◇◆◇◆◇◆



 帰りは駅まで汐見君が送ってくれた。汐見君はこの後夕方から夜にかけてバイトなんだって。近くのファミレスでバイトしているらしい。体力あるなぁ。

 でも汐見君の機嫌はやっぱり、なんとなく素っ気ないものだった。行きはあんなに話しかけてくれたのに・・



(何でだろう。何か気に触るようなことしたかな)



 無言で少し前を歩く、彼の方を見た。


 汐見君が話しかけてくれないと、何も会話が生まれない。私にはただ黙ってその後ろを着いて行くことしか出来ない。



(・・情けない・・)



 ただ待っていることしか出来ない私。勇気が無くて自分からは何も行動できない私。


 今日のこの『楽しい』は全部彼の努力の産物でしかない。こんなので相手に『楽しい』と思って貰いたいと思う自分・・どれだけ傲慢なんだろう。




「じゃ。帰り気をつけて」


「きょ・・今日は色々と、ありがとうございました!・・」




『楽しかったです』の一言が続かなかった。

向こうはそう思ってないだろうから。


相手に同調して貰える確証がなければ・・『楽しかった』と伝える事すら出来ないの?


いつまでそうやって────逃げ続けるんだろう。




 振り返った。


 汐見君の後ろ姿を追って────。








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