美食家吸血鬼と無能な俺は、現代ダンジョンを踏破する。 ~血液が魅力的らしい俺は彼女と一緒に最強の探索師を目指します~
橋塲 窮奇
第一節 【錦糸町駅】編
第1話 大好物の血の匂い
「それでは受験番号1024番、
機械的にアナウンスする女性試験官の声に、俺は緊張しながら一歩前に出る。
眼前にあるのは、物々しい雰囲気の鋼鉄の扉。俺の背丈の三倍はありそうなそれの隙間からは、魔力を帯びた風が微かに漏れている。
ここは地下鉄、半蔵門線は錦糸町駅。鋼鉄の扉には似つかわしくない、見慣れた日本語と紫色の丸が描かれている。数十年前までは地下鉄として稼働していたはずの場所は、今となっては初心者向けのダンジョンへとなり替わってしまった。
この扉の先にあるのは、かつての面影すら残していない魔境だ。
俺は今から、そこに踏み込む。
身体を包み込むのは、政府が製造した耐衝撃・耐魔力・防刃の魔法を施した探索師専用の衣服。黒を基調とした軍服のようなデザインは、俺の中二心をくすぐる。こんなものを正式な探索師でもない俺が着ていいのかとも思ってしまう。
だけど、それでいい。
俺は今日で、絶対に見習いから正式な探索師になって見せるんだ!
「それではこれより、第五級探索師の認定試験を開始します」
そう言って試験官の女性は扉の前に立って右手を翳す。
すると彼女の右手に翡翠色の光が生まれ、そして巨大な魔法陣が展開される。
「――〝
詠唱が為され、物々しい鋼鉄の扉がゆっくりと軋みを上げながら開かれる。
先に見えるは、闇。だが直後、その闇を切り裂くように等間隔に灯が燈る。階段がそこにはあった。奥へ奥へ、魔境へとつながる階段が。
深呼吸をする。拳を強く握り締める。
よし、行くぞ!
そう自分に言って、俺は五級ダンジョン――【錦糸町駅】へと足を踏み入れる。
◆
内部はヒビの入った石材で構成されていた。まるで一昔前のトンネルを歩いているような感覚だ。等間隔に置かれたランプが辺りを照らしてくれている。初心者向けとあって、ある程度の安全は確保されている訳だ。
不気味に響く自分の足音に緊張を覚えつつも、俺は先へと進んでいく。
階段を降り切ると、そこには破壊された改札や標識があった。
ダンジョンの侵蝕によってかつてあった物は機能を失い、朽ち果てた。更に壁面や床は苔むした石材に置き換わり、現代の雰囲気をなくしていた。
「……見る限り、トラップはなさそうだな。流石は初心者向け、か」
探索師になるに当たり、最低限の魔法は教わった。
そのうちの一つが〝
「先に進むか……」
と、改札の方へ歩き出した刹那。
紫色の魔法陣が改札の前に現れる。そこから飛び出してきたのは――燃え盛る尻尾を持った赤い毛皮の狼であった。それが六体、こちらを睨みつけている。
「フレイムハウンドか……前は敵わなかったけど、今なら!」
俺は腰に携えた短杖を抜いて、構える。
探索師を養成する訓練校で支給された、一般的な杖。魔法の起動を補助する装置。
「――〝
詠唱する。瞬間、杖の先端から闇色の魔法陣が展開され、そこから漆黒の氷柱のようなものが二つ生まれ――そして、放たれる。
弾丸のような速度で放たれた闇の氷柱は二体のフレイムハウンドの脳天を貫き、絶命させる。燃え盛っていた尻尾が消える。
倒せた、と喜ぶのも束の間。残りの四体のうち二体が俺の所へ飛び掛かり、残る二体が口から炎を吐こうとする。
「やっべ! ――〝
俺は次なる魔法を詠唱する。闇色を帯びた風が杖先から生み出され、思い切り一文字に杖を振る。すると闇色の風が障壁となって飛び掛かる二体を吹き飛ばす。こっちの無力化は成功した。あとは――
ボウ――‼ ボウ――‼
吐き出された紅蓮の炎の吐息。俺は咄嗟に左側に跳んで、攻撃を回避する。一瞬体勢が崩れるがすぐに立て直して、杖を構える。
「――〝
再び漆黒の氷柱を放つ。見事にそれは炎を吐いた二体のフレイムハウンドの頭蓋を貫いて見せる。あとは吹き飛ばした二体だけ。起き上がろうとしている。
させるかよ。俺はまた漆黒の氷柱で奴らにトドメを刺す。
敵は全滅した。訪れた静寂に、俺は安堵の息を吐く。
「ふぅ……よし、確か三階層まで到達すれば試験は合格。この調子で、頑張ろ――」
頑張ろう。そう、言おうとした。
――――ドス、ドス、ドス、ドス。
地面が異様な揺れ方をする。何かが迫っているような――足音のような、揺れ。
「な、なんだ……⁉ 魔力も急に、濃くなっている気が――」
自然と息を吸うのが難しくなる。魔力濃度が高くなっている証拠だ。
何か、異常なモノがこの場にいる。見習いの俺ですらそれは感じ取れた。次第に足音が近づく。改札を越えて右側から、音がする。
やがて――――それは、姿を見せる。
『グルルルルアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――ッッ‼‼』
炯々たる四つの眼。鋭利で強靭なアギトと持った、悪鬼のような貌。鉄柱よりも太い四肢は、人間など容易くミンチに出来そうだ。その手には四メートルはあるだろう錆びた大剣を持っていた。
訓練校の授業で見た事がある、そのモンスターは――
「う、嘘だろ……? はぁ? どう、どうして……ここにイビルブレイダーがいるんだよ⁉ 第二級クラスのバケモノが何で五級ダンジョンにいるんだよッ⁉」
俺の実力は五級未満。一方奴――イビルブレイダーは二級に位置付けされるモンスター。五級探索師が二十人いても太刀打ちできないようなバケモノだ。そんな奴が、ほとんど探索済みの安全な【錦糸町駅】にどうしているんだよ⁉
「い、今は逃げて試験官に報告しないと……‼」
俺はすぐさま来た道を戻ろうとする。だが、瞬間――足が滑る。
思い切り地面に倒れてしまう。まずい、早く立たないと――そう思っている間に、イビルブレイダーは既に俺を獲物として睨んでいた。
ドス、ドス、ドス――‼ ダンジョン内を揺らすような巨大な足音と共に、俺の前まで迫り来る。ギリギリと歯を軋ませ、鉄板のような大剣を振り上げる。
「くっ、――〝
ザシュッ――‼
詠唱は為されなかった。
思い切り振り下ろされた大剣が、無慈悲にも俺の下半身を断ち切った。最初、感覚がなかった。何が起きたのかも理解できなかった。ただ、数瞬して起こった現状と、途轍もない痛みが俺に襲い掛かった。
「あ、あ、あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッ⁉‼⁉」
視界を下半身に向ける。確かに足が、下腹部が遠くにあった。内臓がぶちまけられ、大量の血液が血だまりを作り上げる。ドクドクと漏れ出る血に伴って、俺の意識も漏れ出ているように朦朧としていく。
あぁ……俺、何もできずに終わるんだ。
せっかく、一緒に探索師になるって……約束したのに。頑張ってきたのに、近づく事すら許してくれないのか。
俺は懐かしいあの綺麗な金髪を、朗らかな笑顔を思い浮かべながら、涙を流す。
「ご…………め、ん…………っ、沙那…………――――」
意識が、枯れていく。
そうして俺の探索師としての道は――始まる事もなく、終わった。
「――――るほど、これは中々にもったいないわね」
誰かの声が、聞こえる。
女の子の、声。
「あなた、美味しそうな匂いがするわ。私の大好物な、血の匂い」
呟いて、ヒタリと液体に触れる音。それから、何かを舐める音も聞こえる。
「こ、これはっ……ふふ、本当にもったいないわ。まだ生きているかしら? ……ねぇ、大丈夫?」
声が出せない。
大丈夫なはずないだろ。俺はもう、助からないってのに。
「よかった、まだ息はあるわね。生きていないと、血の鮮度は落ちるからね」
シュッ――何かを切る音がした。更にポタリ、ポタリと滴る音もする。
その声は、悪戯に笑っていた。
「今から、あなたは私のものになるの。私だけの――極上の
んむっ、ちゅ――温かい何かが、唇に触れる。
これ、もしかしなくてもキスなんじゃ……そう考えているうちに、何かが流れ込んでくる。濃厚で、花のような香りが脳を満たす。
瞬間――ドクリ、と心臓が高鳴る。
何か、俺の身体にあってはならないはずの何かが身体中を巡る。枯れつつあった意識が、蘇ってくる。同時に、無かったはずの感覚も戻っていく。痛みも引いていき、俺はゆっくりと瞼を上げる。
「おはよう、初めまして。私の新しい
顔を覗くのは、絵画から飛び出してきたような絶世の美少女だった。
闇夜を宿したような、艶のある漆黒の長髪とルビーのような曇りのない輝きを宿した真紅の双眸。白磁のような肌と端正な顔立ち。纏うゴシックドレスは、どこぞの名高き人形師が作り上げた傑作のようにも思える。
悪戯に、妖艶に微笑む彼女に、俺は見惚れてしまった。
「誰、なんだ……?」
「私から名乗らせる気なの? 随分と図太いのを眷属にしちゃったみたいね」
「お、俺は黒羽慧……見習いの探索師だ」
ゆっくりと上体を起こしながら、俺は自己紹介をする。
少女は「よくできました」と子供でも褒めるかのように微笑む。それから彼女は立ち上がってフリルまみれのスカートの裾を摘み上げ、まるで貴族令嬢のようなお辞儀をする。
「私はアリア=フェイルナー。……俗に〝吸血鬼〟なんて呼ばれてる、美食家よ」
ふふっ、と彼女は歯を出して笑みを零す。
その歯には、可愛らしい牙が生えていた。
――――こうして、俺・黒羽慧は「最強」と畏れられる吸血鬼・アリアとの出会いを果たした。
これが、俺にとっての真なる始まりであった――――
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