48話 仕事だ!

ラレンシアが使用人たちに合図すると、手際よくサイドテーブルに新しい紅茶が用意される。

ベルは何が起こっているかわからず、冷や汗が背中をつたった。

思わず隣に立つラレンシアの傍仕えに問う。


「あなたたち知ってたの?」


「無駄口叩くとラレンシア様に叱られるので」


「うっ」


先ほど自分が言った言葉をそっくりそのまま返されてしまい、何も言い返せない。


その間にもラレンシアは優雅な動作で新たな紅茶を淹れる。

客たちも興味津々でその手つきを眺めた。


レーヴェンに目をやれば、口元に笑みを浮かべてラレンシアを眺めている。

その笑みはシフィーの高級茶を褒めた時の和やかな笑みよりも、暗殺未遂事件があった時に大衆食堂でネタ晴らしをしてくれた際の、あのたくらみに満ちた笑みに似ている。

それを見て、ベルはますます落ち着かない気持ちになってきた。


ラレンシアが己の席に戻り、全員に新たな紅茶がサーブされた。

また、フットマンにより紅茶の横に小皿が一つ置かれる。

客たちも不思議そうだ。


「紅茶の香りが強くて色も黒いくらいだ。随分と濃く淹れたようですね」


「いやはや甘い香りがしますが、初めて嗅ぎました。この小皿から香ってくるが……これは蜂蜜かな?」


シフィーが「お姉さま、これはいったい?」と囁くように言うものだから、対面に座るラレンシアはどこか得意げだ。


「飲めばわかるわシフィー。――皆様、小皿に用意した蜂蜜を入れてかき混ぜてくださいませ。そのあと、フットマンがミルクをお入れしますわ」


ベルは驚いた。紅茶にミルクを入れるというのは聞いたことがなかったのだ。

フットマンが注ぎ口のついた陶器の入れ物で全員の紅茶にミルクを注ぎ終わると、皆はレーヴェンを見つめた。

やはり王太子が最初に口にするべきだという礼儀と、いやこんな変わったものを王太子に最初に飲ませていいのだろうか? という戸惑いからだ。

レーヴェンは内心苦笑しながら、ルーが毒見を終えたものを「では、まず僕から頂こう」と挨拶をして一口飲む。


「これは美味しいね」


素直な感想だった。

それで皆も口付けて、「おやこれは!」と明るい声が上がる。

シフィーも飲んで驚いた。晩夏の今の時期に飲むには少しくどい気もするが、これから秋がきて冬がきて次第に寒くなっていく。温かな暖炉の前でこれを飲んだら、きっと幸せな気持ちになれるに違いないと想像した。

この場にいる全員が、シフィーと同じ気持ちだった。


「美味しいです、お義姉ねえ様」


「おほほ、我らの国とはまた違う文化を持つ国々では、お茶にバターを淹れて飲むと書物で読みました。そこに着想を得てあたくしが1企画しました」


ラレンシアがちらりとシフィーを見る。

初めから彼女を出し抜くつもりだったことが、その様子を見ているベルにはよくわかった。


「このお茶を売る許可はお義父とう様から得ています。もっと寒くなって、秋に木の葉が落ちるころに売り出すつもりでいますの。……でも、問題があります」


ラレンシアはことさら殊勝しゅしょうな態度だ。

それが今までの堂々とした様子と相まって、人々の関心を掴んで離さない。


「今回発生した一連の出来事のように、あたくしは未熟です。お義父様の商売を手伝う程度ならまだしも、1人で商売をするには足りないところが随分あると改めて思い知りました。……それに、この紅茶は我がアルヴィヌム領のみでは生産が難しいのです」


そこまで聞いて、若い男が「あっ」と何かが閃いたように声を発した。完全に無意識だったようで、「失礼」と言いながら片手で己の口を塞ぐ。

彼は遠方から招かれた男爵家の若き当主だ。

ラレンシアが片手で「どうぞお話しになって?」という動作で先を促す。


「ラレンシア嬢、なぜ当家がこのような……そちらにおわす尊きお方王太子が参加するような茶会に呼ばれたのだろうかと不思議に思っておりました。俺っ……じゃない、私の領土は養蜂がおこなわれているのですが、もしやこの紅茶に添えられた蜂蜜は……」


すると、客である白髪の当主が「ああ」と声をあげた。


「我が領土では乳製品の製造が盛んでして。もちろん、ミルクも出荷しております」


ほかの客もざわめきだした。どこか浮足立っている。

今日の茶会のメンバーは立場も何もかも随分バラバラだったが、その謎が解けた気がしたのだ。

それを見ているレーヴェンも、大層愉快な様子で口が大きく弧を描く。


「おほほほほ、皆様お気づきの通りです。あたくしは1人では仕事ができない若輩者です。でも、経験や知識をお持ちの皆様のお力をお貸しいただければ、きっとどんなに大きな事業だって、新しい商売だってうまくいく……そう思っております。たとえば今日お出しした蜂蜜も、そちらの方の領地で作られた特別なものです」


若い男爵がうなずく。


「しかし、ラレンシア嬢。あなた方アルヴィヌム領は花の産地です。当然養蜂が盛んですから、アルヴィヌムの蜂蜜も有名でしょう? 庶民も知っております。なぜわざわざ当家の物など使うのです」


男爵は言いながら、少しおもしろくない。彼の領地はアルヴィヌムよりずっと小さくて、農業で食べていくので精一杯だ。養蜂も片手間におこなわれていて、ごく少量が己の領土の一部に出回っている程度である。

だが、それさえもラレンシアは見越していた。


「ずばり、希少価値ですわ!」


「き、希少価値?」


「確かにあたくしどもアルヴィヌム領の蜂蜜は大量に広まっております。それは言い換えれば誰でもいつでも手に入れられるということ。あなたもおっしゃいましたわね?『庶民も知っている』と。それでは王族や貴族を相手に商売するには力不足です」


それを聞いて、男爵は確かにという顔をする。


「父が学者をしておりまして、あなたの領土の気候や植物について知る機会がありましたの。すると、アルヴィヌム家が治めるコローナ地方とは、また違った花が咲くとわかりました。独特の香りがするその花を元に養蜂がおこなわれていることも。――単花蜜たんかみつ。特定の花のみから作られた蜂蜜は、香りや味にハッキリとした個性があるからこそ人の記憶に残る。まだ市場に出回っていないからこそ希少性も高い。その蜂蜜とセットでこの紅茶を売り出したいのです」


「本当ですか!?」


若い男爵は思わず立ち上がった。勢いを増すアルヴィヌム家との共同事業だなんて、願ってもないチャンスだ。


「いやはや羨ましい。ぜひ我々も一つ、その話にかませていただきたいのですが」


などと軽口を叩くのは豪商である。彼は己が流通ラインを担うために呼ばれたのだと理解していた。


「となると、我が領土はミルクの調達ですかな? 王都のすぐ隣に領地がありますし、適任でしょうな。特に調子のいい牛を厳選して、茶会用の特別なミルクとして販売してもおもしろいかもしれません」


「……あの、私にも何か役割があるので?」


盛り上がる周囲のムードにいまいち乗り切れず恐る恐る発言した客に、ラレンシアはぱっと顔を輝かせる。


「もちろんですわ。あなたのところでぜひ、ミルクを入れる陶器を作ってほしいんですの。今回のようにフットマンが大きなポットを持って注いで回るよりも、小さな注ぎ口や取っ手がついた小ぶりのポットがあれば個人で使えて優雅ですわ」


それを聞いて相手は満面の笑みを浮かべる。貴族は新しい物好きだから、きっと素晴らしい新商品になる。


皆は商売の話に夢中だ。誰もかれもが新しい流行を作るというロマンを追い、声も身振りも大きくなる。これは茶会ではない、仕事だ!


「おほんっ!」


咳払いにしんとする。

それはレーヴェンが発したものだった。仮面をつけているから実際は見えないが、全員の顔がサーっと青くなる。

メインの客である王太子をのけ者にしてすっかり盛り上がってしまった。とんだ無礼を働いた。


だが、全員の予想に反してレーヴェンはうんとチャーミングに言った。


「完成したら真っ先に僕に知らせてほしいな。どんな物ができあがるか気になって仕方がないよ」


「ぜひ!」

「喜んでっ」

「もちろんですとも」


先ほどよりもいっそう盛り上がった。


その様子をただ突っ立って見ていたベルはふらふらしてきて、どこかに座り込みたくてならない。

それもそうだろう。


「してやられた。全てラレンシア様に持っていかれてしまった……!」


ベルの胃が痛み、大声で叫びたい衝動に駆られた。

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