39話 茶会の始まり

それぞれの思惑が飛び交いながらも時間は待ってくれず、とうとう茶会の日が訪れた。


日差しが穏やかになり始める午後の3時になると、時刻を告げる鐘のが街中に響き渡る。

その音と共に伯爵家の門前にはいくつかの馬車が止まり、美しく着飾った人々が降りてきた。

楽しげに訪れた夫婦。

配偶者に先立たれて1人で馬車を降りる白髪の当主。

まだ当主ではないが、事業を任されている若い跡継ぎは緊張した面持ちで。

同じ王都に住む貴族や豪商だけでなく、中には遠方から招かれた客もいる。


入り口では上級従僕フットマンが慇懃に礼をして、「こちらをどうぞ」と仮面を手渡した。

それは目元を隠すだけのシンプルな作りながらも、金糸や銀糸で縁取られている。

暖色系の衣装の客には金糸の仮面が渡されて、寒色系の衣装の客には銀糸の仮面が渡された。

細やかな配慮ができる使用人がいて、小道具にも予算を割くことのできる十分な資産がある。

客は「なるほど、これがアルヴィヌム家」と感心した。


そうして案内されたのは美しく手入れをされた庭園。

晩夏とはいえまだまだ花が美しく、濃い緑を背景にして赤、青、黄色と色とりどりに咲き乱れている。その奥には屋敷がそびえ立っており、一組の客の妻がうっとりした声で「キレイねぇ」と呟くほど、その風景は絵になっていた。


美しい景色を眺めながら庭園の中央に用意された長テーブルへと到着すると、そこには仮面をつけたラレンシアとシフィーが本日の主催者として待ち受けており、来客1人ひとりに挨拶をしていく。


「本日はよくお越しくださいました」


そう堂々と挨拶するラレンシアの仮面は、金糸の仮面に赤い造花の装飾がされている。


「どうぞ、楽しんでいってくださいませね」


そう柔らかに挨拶するシフィーの仮面は、銀糸に水色の造花が装飾されている。


客たちはにこやかに受け答えして、案内された席に着く。

席数は全部で14席。

7人ずつが向かい合う形で座り、左側の列中央にラレンシア、それと向き合うように右側の列中央にシフィーが座るようだ。

つまり、主催である姉妹の両側に3人ずつ客が座るわけだが――来客たちが気にするのは、、ということである。


14席のうち、アルヴィヌム姉妹を除いた12席が招かれた客の席であることから、本日は小規模な催しである。

人が少なければそれだけ密にやり取りができるため、人脈作りや仕事の話をするには都合が良いことから、事業を任されている若い跡継ぎは「良いパーティーだ」と呟く。

そして、この場に訪れている客たちは皆、できれば己が姉妹の近くに座って印象を強めたいのだが、その後も客が到着してそれぞれの席に案内されるものの、今日この場で最も高位の客が座るべき席、シフィーの右隣は最後まで空席だった。


客の1人が隣の客に話しかける。


「シフィー嬢の右隣に座られるお方は、急な予定でも入ったのでしょうか?」

「うーむ、いったいどんな人物が招待されたのか見てみたかった気もするが……」


そこへちょうどよく、フットマンが最後の客を連れてやってきた。

居丈高なラレンシアの背筋が伸びて、シフィーの白く透き通る頬が薔薇色に染まる。それを見た客たちは、本日の主賓がただ者ではないと雰囲気で感じ取った。


遅れて来た主賓殿は姉妹に挨拶をしたあと、すでに席についている客たちにも悠々と声をかける。


「失礼。皆さん、お待たせしてしまいました」


仮面をつけているためにハッキリとした年頃はわからないものの、黒い髪はツヤツヤと輝き声にはハリがあることから、まだ青年のようである。


彼の衣装は灰色で一見するとシンプルだが、よく見れば襟は細やかなレースが幾重いくえにも折り重ねられてできており、下手な宝石よりも高級だろう。

また、袖や裾からチラリと見える裏地は金の布に様々な色の刺繍が細やかに施されていて、見えない部分にまで金がかかっているとわかった。


さらに、客の1人である貿易商の家系の女性は、「白金プラチナ……」と囁く。青年の上着の正面にはずらりと銀のボタンが施されているのだが、そのボタンが白金で作られていることを見抜いたのだ。

銀との違いは、その輝きにある。銀のほうが白っぽく軽やかで、白金は重厚感ある落ち着いた銀色をしているのだ。

加工のしやすい銀に比べて、白金は大変に固くて加工が難しい。

また、銀に比べて産出量も少ないことから、それだけ高級品として扱われる。貴族でさえなかなか手を出せない代物だ。

それを惜しげもなく衣装に費やすことができるこの青年は……


本日招かれた客たちはラレンシアが選び抜いた客であり、凡庸な者は1人としていなかった。

それぞれの客が、それぞれの立場や知識によって気づく。


――最後に現れたこの青年。彼は王太子レーヴェン殿下である、と。


客は皆、襟を正した。

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