28話 お人形

生家を追い出されて母の実家に向かう馬車でのことだ。


(長年勤めあげた執事が裏切った……)


その事実をラレンシアは腹立たしく思いつつも、頭の一番冷静なところでは、「まあしょうがないわね」とか「賢い奴」と静かに受け止めていた。


母親の頼りなさ……というか影の薄さを考えると、あのまま母が当主になってもうまくいくとは考えられない。

父が健在のころから執事は何かと苦労をしていたし、この機会に頼りがいのある人間を新しく当主の座に置いたほうが安心できると考えたのもうなずける。


そもそも分家筋のあの男がデキる人間とも限らない。

もしかしたら、執事は弟と分家の男を操り、影から己が実権を握るつもりかもしれなかった。


なんにせよ、追い出されたラレンシアにできることなどないのだ。


思わずため息をつく。

ラレンシアの母はマルケスキン公爵家の娘であり、公爵といえば貴族の最上位である。


本来ならば、大層な家との繋がりなど断たぬほうが何かと得というものだが、それは相手が力ある貴族ならばの話だ。


執事が母親もラレンシアも追い出したのは、己の計画を邪魔されたくないだけでなく、お荷物の公爵家と繋がりを持ち続けるくらいならスッパリ断ち切ったほうがいいと見切りをつけたためだった。


それほどまでにマルケスキン家は衰えていた。

運悪く事業が暗礁あんしょうに乗り上げて……などという理由ではない。

現当主でありラレンシアの祖父にあたる人物が、大層頭の固い人物だったのが原因である。


そんな人間が父親であるため、ラレンシアの母は幼いころより、

「女に勉強などいらない」

「私に逆らう気か!」

「愛想よく突っ立っていればいいんだ!!」

と怒鳴られて育った。


その結果、いつも相手の顔色をうかがってびくつきながら、何も考えず何も言わず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つだけのお人形ができあがったのである。


母は何も考えられないが、それでも感情はある。

本心から公爵家に戻りたくないらしく、馬車の中では始終無言で顔を真っ青にしながら、ただ己の手元だけを見つめていた。

向かいに座る娘に「きっとなんとかなるわ」などと温かい言葉一つかけられない。

それほどまでにどん底に追い詰められている。


そしていざ公爵家に到着すると、当主に想像以上に厳しく責め立てられた。

無論、ラレンシアも温かく迎え入れてもらえるなどと期待してはいなかったが――


ガシャン!


当主が杖をがむしゃらに振り回して、それが机の上のペンやインクを倒し、壁に掛けてある絵画の額縁にあたり、そばの椅子が派手に倒れる。


「役立たずめ! なんのためにあの男に嫁がせたんだ!」


母親はブルブル震えて何も答えない。

謝ろうが反論しようが父親は余計に怒り狂うことを幼少のころから経験済みだ。

何も考えずに突っ立っているのが一番いい。


当主はギロリとラレンシアを睨む。


「男なら使い道があったのに、女が戻って来ても役に立たん」


これにラレンシアはカチンときた。

知恵も度胸もあったラレンシアは


「お言葉ですがおじい、」


バチン!


言いかけたところを杖で殴られた。


(――死ね)


狂ったようにわめき散らす祖父に、ただそれだけを思った。


ラレンシアが生まれて初めて殴られた瞬間であり、したたかに殴られた右頬の痛みよりも、呆れと憎悪が勝った瞬間でもある。


そして、誰かをこうも恨んだことも初めてだった。

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