第3章 王宮の権力争いと、お妃様探し。
17話 謎の手紙
王太子レーヴェンが伯爵家に押しかけて来たあの日から数週間後のこと。
ベルが相も変わらず仕事に励んでいると、使用人の青年に声をかけられた。
「ベル、お前さんに手紙が届いてるよ」
「私に?」
天涯孤独の身であるベルに、わざわざ手紙を送る人間など思いつかない。
(故郷の村人からかな? でも、あの中に読み書きができる人なんて……あっ!)
――明日正午にあの大衆食堂で。
手紙にはそう書かれており、差出人は未記入だがベルにはすぐにピンときた。
(きっと、レーヴェンからだ……!)
「ねえ、これを届けてくれたのはどんな人だった? どこぞの従者みたいだったとか」
「えっ? よくいる街の飛脚に見えたけど……」
飛脚に制服はなく、私服のまま働いている。
レーヴェンの護衛が平民を装って直接この手紙を届けにきた可能性は十分にあるのだ。
ベルは家政婦長などの事情を知る者たちにこっそり相談して休みをもらうと、次の日早速出かけるのだった。
正午の鐘が街中に響き渡る中、あの大衆食堂に入る。
店の一番奥に、壁を背にするようにして目当ての人物は座っていた。
「やあ来たね」
片手を上げて挨拶する王太子殿の顔は晴れやかだ。
周りからは、「あの時のお嬢ちゃんか」だの「おや、また
……が、ベルは違和感を覚える。
レーヴェンの隣にはあの寡黙な護衛が険しい表情で立っている。また、鍛え上げられた男たちが何人も、王太子のいるテーブル付近を陣取っていた。
以前よりも警備が厳重で、何かあったのだろうかと不安に思いながらベルは近づく。
レーヴェンが優雅な手の仕草で向かいの席に座るよう
使用人のベルは他人の椅子を引くことはあっても、こうして丁寧に扱われることはないからちょっぴり緊張する。
「待たせてしまいましたか?」
「ちょうどいいころだよ。いやあ、相変わらず街の鐘はやかましいね」
レーヴェンがおどけて言うものだから、ベルもほほ笑んだ。
おかみの息子である少年が注文を取りに近づいて来たが、護衛が手で制する。
その様子を見てベルは少しばかりがっかりした。
実を言うと、この店で食事をするだろうと思っていたから昼飯を取らずに来たのだ。
だから今すぐにでも少年を呼び止めたいが、護衛の有無を言わせぬ雰囲気に逆らえるわけもない。
ちょうど、カランカランというドアベルの音と共に客がやってきて、少年はそちらへ向かった。
おかみさんの「おやあんた、見ない顔だね」という声や、「隣の領地から商いに来たんだよ、おすすめはあるかい?」などという声を背にして、レーヴェンが話し出す。
「ベル、きみには悪いんだけど少しお使いを頼みたいんだ」
「もちろん、なんなりと」
王太子の頼みを断る馬鹿はいない。
「先日はずいぶん世話になったね。もう一度伯爵家にお邪魔したいから、その伝言を頼みたいんだ。そうだな……3日後の正午に訪問するとしようか」
「承知しました、必ずお伝えします。でも、今日は行かなくてよろしいのですか?」
「うーん、お忍びとはいえ二度も突然押しかけるのはさすがに悪いからね。アルヴィヌム伯爵に愛想を尽かされても困るし……とまあそういうわけで、君には伝書鳩の役割を果たしてほしい」
ベルが「わかりました」と言うのと、外からワッと歓声が上がるのは同時だった。
寡黙な護衛が上着の下に隠した短刀に手をかけ、周囲の屈強な男たちが警戒して立ち上がる。
おかみが息子に言った。
「お前、ちょっと様子を見ておいで」
「うん、かあさん!」
少年は言うが早いか
「そこの噴水広場で吟遊詩人が見世物をしていたよ」
店内は拍子抜けの空気で、おかみも意外そうにする。
「なんだい、あいつらが歌うなんて今更珍しくもないじゃないか」
「それが、今日の歌は『民草王子の花嫁探し』とかで、みんな『ご結婚が近いのだろう』ってお祝い気分で盛り上がっているんだ」
店内の視線がレーヴェンに注がれるものだから、本人もこれには笑うしかない。
「今は詳しく話せないけれど……たくさんの人々が喜んでくれて誇らしいよ」
その一言でみなが拍手した。
娯楽の少ない平民にとって、親しい者の結婚というのは一大イベントだ。ましてや我らが敬愛せし次期王の結婚となれば、こんなに喜ばしいことはない。
だから、ベルも本来は「おめでとうございます」と一言伝えるべきなのだろうが、「お」のあとが続かず飲み込んでしまった。
(あれ? なんだか言葉が出ない)
メイドとして王族に媚びを売るいい機会なのに……それでも口は開かない。
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