01-01-02 かみさまが選んでしまったのは、ショタビッチでした - 2

 「クソ、あっちの神にハメられたか」


 恨み言とともに、カタログを睨む。

 

 ポンチョを再度身にまとい、別の世界にもう一度潜り込むコストを考えたところで、居室のドアが開く。


 「うわあ。なーに? この惨状」

 現れたのは、花冠を戴く若い女性。室内を見渡し、状況を把握する。


 彼女もまた神の一柱。生命神テヴァネツァクである。


 「召喚した神子がヤバいヤツだった。初対面の神を犯そうとするとか、恐れ知らずだぞ」

 息を整え、口元を拭う。


 「あらあら」

 テヴァネツァクは《キュア・コンプリート》をルノフェンに掛ける。魔力が十分にありさえすれば相手の生命力に対応した強度で傷を癒やす、便利な魔法だ。

 その代わり若干ではあるが、回復効率が悪い。


 「まあ、見てたんだけどね。ルノフェンくんはよっぽど好きだったんだろうね、その子のことが」

 「ハムホドみたいなことを言うね」


 アヴィルティファレトはクッキーを一枚掴み、また頬張る。

 抹茶。次の言葉を促した。


 「これでも生命神だし。こういう時は仲間を引き連れて傷心旅行ってのも、私は悪くないと思うな」


 彼女はそのまま床に落ちているカタログを拾い上げ、ペラペラとめくる。

 「そう。要するに、追加で召喚する気? ぼくの方はもうそんなに余力がないけど」

 もう一枚。今度はジンジャーだ。


 「私が喚ぶよ。こっちの領域は南側が復活したから、火の神々たるエシュゲブラとハムホドとは連絡が取れた。魔力も余裕がある」

 んーと。彼女はバサバサと流し読みして、迷わずに決める。


 「この子は私の魔力と相性が良いかな。魔法陣、借りるね」

 目で是認する。

 他の神が独自に動いて神子を召喚するならば、特に止める理由もない。


 テヴァネツァクが魔法陣に魔力を注ぐと、陣の内側は緑の双葉で満たされる。

 双葉は瞬く間に四葉に変わり、茎を伸ばし、複雑に伸びて互いに絡まり合う。


 「ンンッ……」

 植物の成長とともに、彼女は腕を上に伸ばし、舞い。

 踊りに呼応するかのように絡まりあった緑の網は、繭のような楕円の形に捻じ曲げられ、人が一人分入れるスペースをこしらえた。

 

 「ふう、出来たっと」

 仕事を終え、パンパンと手をたたく。


 植物は急速に枯れ、中から横たわった可愛い男の子が姿を見せる。


 ルノフェンよりもやや少し背が高く、色白。栗色の髪はなめらか。

 その表情は柔らかで、多くの愛情を受けて育ったことが伺われる。

 衣装は巫女服で、丈は膝のあたりでカットされ、細い脚が見えていた。


 テヴァネツァクは少年を揺すり、目を覚まさせる。

 「こんにちは、**オド**。」

 力ある言葉は、世界に神子の名を刻む。

 

 「こ、こんにちは」

 身を起こしたオドは続く言葉を探そうとし、詰まる。

 きょろきょろとあたりを見渡す代わりに、目の前の女性に現状を問おうというのだ。


 何も言わず、笑顔で促すテヴァネツァク。


 彼女を待たせることを躊躇い、オドは幾つかの簡単な質問を投げかけた。

 「あの、ここはどちらでしょう? それと、貴女の名前を伺っても?」

 女神は腰を下ろし、目線を合わせ、説明する。


 「ここはシュレヘナグル大陸の、神の座。本来ヒトの子は入ってこられないけど、貴方は危機に瀕した世界を救うため、特別に異世界から召喚された。そこで気絶してるルノフェンも同じね」

 答えながら手を引き、「クッキー食べる?」とテーブルに誘う。木製の椅子を新たに召喚し、自分が座る。


 そのままティーポットとカップを召喚し、人数分のハーブティーを注ぐ。

 「お茶もあるよ」


 オドは警戒し、一瞬体がこわばるものの。

 「ええと、お言葉に甘えさせていただきます」

 最終的に相手を信頼できると判断したのか、大人しく席についた。


 クッキーはまだ半分ほど残っている。

 「私の名前はテヴァネツァク。そこの不機嫌そうなのがアヴィルティファレトで、どっちも神。公式には後八柱居る」

 「不機嫌ってなんだよ」

 アヴィルティファレトはクッキーを一度に二枚つかみ取り、重ねて齧った。


 オドは控えめに一枚取り、口に運ぶ。

 「あ、美味しいです!」

 目を輝かせる。率直な感想のようだ。


 「もぐ……。とーぜんだよ。ぼくの信者からの捧げ物だからね」

 「へえ、すごいですね! 信仰しておられる方も、誇りに思うに違いありません!」


 真っ直ぐな目に、たじろぐ。

 「へへ、そうかな、そうかも。自慢の信者だもん。そうだよね」

 大事なものを褒められ、少しくすぐったく思いながら、アヴィルティファレトは恥じらった。


 「それで、この世界にはどのような問題が起こっているのですか?」

 会話の流れの中で、ナチュラルに本題に踏み込む。


 そこで転がってるやつとは違う。オドは割と話が通じるようだ。


 「ぼくが説明する。端的に言うと、この大陸は幾つかの領域に分かれていたんだけど、そのほとんどが、互いに連絡を取れなくなったって問題だ」

 「領域?」

 「七つに別れてる。元凶がどこにあるかは、まだ掴めていない」

 “七つ”は、それぞれ国が支配してるから、国で覚えるのが良いかも。と、テヴァネツァク。


 「それで、わたしたちはどうすれば良いんですか?」

 「君たちはまず、ぼくの管轄である南部にある黄砂連合から北西に向けて進み、主神オルケテル様の領域である、聖都デフィデリヴェッタの機能を確認してもらいたい」

 図を書き、言葉で補足する。

 テヴァネツァクによると、大陸東側は別働隊が既に解決に向けて動いており、西側の手が足りないため呼ばれた、ということらしい。


 「もちろん、報酬もある。問題が全て解決したら、可能な限りで願い事を一つ聞いてあげる決まりになってる」

 「なるほど」


 事情は、だいたい伝わったようだ。


 「結構大変な旅になると思う。何度か戦いに巻き込まれるかもしれない。けれど、君のスペックなら十分達成可能だと、ぼくたちは思ってる」

 戦いかあ、できるかなぁ。オドはそう漏らした。


 「それと、今の段階で、願い事を聞いておこうかな」


 予め聞いておくことには、理由がある。

 物によっては物理的に不可能だったり、諸々の準備が必要だったりするのだ。


 「願いですか、それなら、そうですね」

 うーん、と頭を抱え、少し悩み、答えを出す。


 「だったら、この世界での経験を、元の世界に持ち帰れたらなって思います」

 そうかあ。アヴィルティファレトは呻く。

 特に断る理由はない。むしろ、前向きで好感が持てる内容だ。


 ただ、ルノフェンを召喚リストに突っ込んできた神との折衝が必要になるだろう。


 要は、気まずいのだ。

 「一応、理由を聞いていいかな? 仕込む時に、いい感じの動機があると嬉しいから」

 「あっ、そうですよね」


 軽くハーブティーに口をつけ、オドは語る。

 「その、あっちの世界で好きな人が居るんですけど、わたし、その人の後ろで守られてばっかりで」


 「へえ」

 テヴァネツァクが耳ざとく反応する。


 「だから、わたしも強くなりたいなって。強くなって、前に立てるまでは行かなくとも、せめて横で並んで戦えるくらいにはなりたいんです」

 「良いね」


 数多のつがいを見てきた生命神は、表情をほころばせる。

 「うまくいくと思うよ、お姉さんは」

 褒められた彼は「えへへ」とはにかんだ。

 

 「ま、オドくんは大丈夫かな。問題はそこのルノフェンだ」

 アヴィルティファレトは椅子から降り、彼の背中をつま先で蹴る。


 「いったぁ!」

 既に目覚めていたようだ。


 「なんかボクの扱い雑じゃない!?」

 彼はふてぶてしく起き上がり、そのまま伸びをする。

 「蹴られた理由は、自分自身に聞いてみて欲しいな。願いを聞くときにボソっと言いやがって。そっちの心の声は全部ぼくに聞こえてるんだぞ」

 「ちぇー」


 立ち上がったルノフェンは、クッキーを一枚かすめ取って、口の中に放り込んだ。


 「実のところ、『ぼくとえっちしたい』って願いは、前例がたくさんあるから断れないんだけどさ。何してくれてんだよホント」


 話を横で聞いているオドが、困惑している。

 声変わりが始まったばかりの子供に、この話は強烈かもしれない。


 「あー、あー」

 流れを変えようという意図で、「ポン」という音とともに、もう一つティーカップが現れる。


 「せっかくだしルノも飲んでいかない? 世界に放り出す前に、ちょっとした性能試験があるからね。コンディションは高いほうが良いよ」


 ハーブティーを注ぐテヴァネツァクのテンションは、ほんのりと高め。

 「ん。じゃあ頂こうかな」


 カジュアルにカップを受け取り、喉を鳴らして飲む。

 カモミール、ペパーミントとローズマリー。そこまでは分かった。

 残りを複雑に絡み合った芳醇な香りと味から判別するのは、素養がなければ不可能だろう。


 「おしゃれな味だ」

 「ミトラ=ゲ=テーア特産ハーブティー。各国の境界線を埋めるように私の領域が存在しているから、何度か通るかもね?」

 「へー」

 彼はティーカップの中の黄緑色の水面を覗き、また飲む。


 飲み干したカップは、そのまま煙となり消えた。


 「ごちそうさま」

 ルノフェンは、簡易に礼を言う。

 オドも合わせて、「ご、ごちそうさまでした」と合掌。


 「お粗末様でしたー」

 にこやかな言葉とともに、即席のお茶会は終わった。

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