第017話 後輩女子と有名女優の自宅訪問<2>

七時過ぎ────


 「いただきます…。」

 「あらーん?莉央たん、元気なくなーい?」

 「そうよ?莉央、何かあった?」


 普段であれば、ダイニングの食卓を家族三人で囲む朝食の時間なのだが、今朝は料理担当のパパが不在ということで、玲衣さんが代わりを務めてくれている。

 別に、玲衣さんの事は、前から親しみやすい秘書さんだなとは思ってたので、全く問題はない。

 それに、年の近いお姉ちゃんがワタシは欲しかったので、ママは良くやってくれたと思っている。


 実は、今朝起きてからずっと、ワタシは気が重い。その原因は、ママの推しである有名女優“高塚莉亜”さんが、ワタシたちの自宅を訪問されることだった。

 昨夜の話には続きがあり、ママが美沙から聞かされた話では、莉亜さんから直々に相談したい事があるとのことだった。恐らく、ママはそんな話を聞いたせいで、早朝から張り切っていたのだと思う。


 思い当たることといえば、莉亜さんがマネージャーの谷澤さんを使い、ワタシを勧誘しようとしていた事だろうか。あの時は、美沙の機転で難を逃れたが、そのせいで勧誘に失敗したことは、谷澤さんから莉亜さんに共有されているだろう。

 そうなれば、莉亜さんは、ワタシのママが自分を推していることを利用して、勧誘を断らせない状況を作り出せばいいのだ。

 それ以外、ワタシには思い当たる節がなかった。


 「ママさ?ワタシが女優になりたいって、言ったらどうする?」

 「うーん…。実は…莉央には、私の仕事手伝って欲しいのよね?それに、莉央には人並みの幸せ掴んで欲しいのよ。だから、ママは反対すると思うわ。」

 「ウチも、琴たんの意見に賛成!!莉央たんがさー?あーもー…想像しただけでダメだー!!」

 「良かったー!!ママも玲衣さんも反対してくれたし?これで、ひと安心だ!!まず、ワタシにはそういう世界、向いてないし?ママみたいに、ワタシなりたいし?」


 とりあえず、ママも玲衣さんもこう言ってくれてる事だし、莉亜さんからそういう相談をされても、反対してくれると信じるしかない。それにしても、玲衣さんは何を想像して、ダメだと言ったのかが、ワタシは気になってしまった。


 「琴たん、良かったじゃーん!!莉央たん、継いでくれそうだよー?ウチも、ちゃーんとサポートするしー?」

 「そうね?なら、まずは…夏休みになったら、平日は何日か私に付き合いなさい?私たちが棲む世界が、莉央の想像とは違う世界かもしれないから。まずは、自分の目や耳、肌で実感することよ?いいわね?」

 「はい!!」


 ──ガタッ…


 「莉央お嬢様?この“わたくし”内藤が、サポート務めさせていただきますので、ご安心くださいませ。」

 「あ、ありがとうございます。」


 ママと並んで椅子に腰掛けていた、玲衣さんが急に立ち上がると、ワタシに向かって胸に手を当てながら、執事みたいにお辞儀をしてみせた。玲衣さんのその空気に飲まれ、ワタシも思わず返事をしてしまった。


 「うえー、何よそれ…!?玲衣は、そんな柄ではないでしょう?ああ、全く…気持ち悪いったらありゃしないわよ!!」

 「酷っ!!ウチ、今の言葉で超傷ついたんですけどー?」

 「私にそんな口を聞くなら、内藤さん?もうクビよ!!」

 「うわー!?いい大人なのにー?!若者相手に大人げなーい!!職権濫用反対!!ダメ絶対!!」

 「え?!ご自分自身のこと、お分かりになられてなくて!?だって、素行不良、品性下劣なんですもの!!そんな方をクビするのが、悪いことなのかしら?!」

 「莉央たん、今の聞いたでしょ?!琴たん、酷くない!?」

 

 なんか目の前で、ママと玲衣さんによる痴話喧嘩が始まった。こんなやり取り、ワタシが中学生で反抗期だった頃、ママとよくやっていた。まさか、当時のワタシのポジションに、玲衣さんが入っているとは思いもしなかったが。

 そういえば、玲衣さんは顔立ちこそキュートタイプなのだが、ダークブロンドのレイヤーショートの髪型に、目は碧色で、ブルベ系の透き通る感じの白肌なので、恐らくハーフ系だと思われる。残念なのは、身長がワタシくらいしかないことと、細身のウェーブタイプだということだろう。


 「全く…!!二人とも凄く仲良しで、本当に羨ましい限りだよ?それはそうと、パパの件はどうするつもり?」


 それも踏まえた上で、お年頃のワタシが気になるのは、やはりママと玲衣さんの夜の営みだろう。昨夜、不可抗力とは言え最中の二人の声を、ワタシは聞いてしまっているからだ。そんなこと言いつつ、ワタシ自身はまだ異性との恋愛ごっこ的なものしか経験がない。まずは、ちゃんとワタシが恋愛出来るようになってからだろうか。


 「とりあえず、玲衣のことは伏せて話をするつもりよ。それに、これまでに一度たりとも、一銭すら家にお金を入れてくれていないんですからね?」

 「えっ?!ママ、それ本当なの!?」

 「はぁ?!琴たんさ…?莉央たんに教えてなかった感じー!?」


 いつも神出鬼没なパパだけど、まさか家にお金を入れていないとは衝撃的だった。本当に、我が家はママ一人の稼ぎで成り立っていると言っても、過言ではない。


 「一応、父親の威厳ってものがあるでしょ?でも、莉央も大きくなったし、分かる年頃よね?それに、大義名分には不足ないわよね?」

 「莉央たん、自分の父親の真実…知る時が来たみたいねー?」


 もし、小さい頃からワタシに『パパはロクでなしで、家に一銭も入れてくれないの』とママが吹聴していたら、その頃からパパを見る目は全く違っていたと思う。

 とりあえず、色んな意味でママは世間体を守ってきたと言える。それにママ自身だって、ロクでもない旦那を養っていると知られれば、一企業の代表としてイメージダウンは避けられない。

 それは、ワタシだってそうだ。『ワタシのパパ働いてない』なんて学校で言ってしまえば、瞬く間にその噂は周囲に拡散されてしまう。そのせいで、ワタシはイジメの対象になっていたかもしれない。

 知らぬところで、ママは自分自身を含め、企業やワタシまで守ってくれていたのだ。


 「莉央?ママが今から言うこと、よく聞いてちょうだい。そして、莉央はパパかママ、どちらにするか決めて。いいわね?」

 「うん、分かった。」

 「実は、パパには表の顔と裏の顔があったの。これは、最近調べさせて分かったことなの。それまでは、三枚目だけど、女性を悦ばせるテクニックがあって、料理のテクニックもプロ並みな、ただのヒモだと思ってた。」

 「うん。」


 確かに、ママの言う通りでパパは二枚目ではない。でも、愛嬌のある三枚目という言葉をママは選んだが、まさにワタシの中にあるパパのイメージを、うまく表現できている。


 「でも、本当は違ったのよ…。」


 悦ばせるテクニック的な話はよく分からないが、家に一銭も入れないパパとママは行為に及んで、お兄ちゃんとワタシが出来たのだから、余程なのだろう。

 ある時までママは、『あと一人女の子が欲しい』とパパに言っていたが、最近全く聞かなくなっていた。その調査の結果を見たから、ママはパパとの距離を置くようになったのだろう。

 パパの料理の腕については、本当にプロ並みと言っても過言ではない。下手に高級レストランに行くよりも、美味しいと思えるからだ。一昨日、有名女優の娘で美味しいものを知ってるであろうミサも、パパの料理には舌鼓を打っていた程だ。

 そんなパパに、裏の顔があったなんて、本当にショックすぎる。


 「私たちに見せていたのが、パパにとって裏の顔…偽りの顔だったの…。」

 「え?!」


 今まで見てきたのは、『パパにとって裏の顔』とは、ワタシにはママの言ってる意味が分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る