第011話 後輩女子との週末の過ごし方<3>

十時前────


 一時間程前まで騒がしかった家の中は、怖いくらいに静まり返っている。

 ママとミサについては、高塚莉亜コレクションを数着披露したところで、あえなく中止となってしまった。その理由については、ワタシが懸念していた通りで、ママは午前の十時頃から、都内で接待を受ける予定が入っていたのだった。


 あれは確か、八時三十分を回った頃だった。相変わらず、ワタシが居間のラグの上でゴロゴロしていると、壁に取り付けられているインターホンが突然鳴ったのだ。

 その時は、ママはミサに次の洋服を着替えさせるため、二人とも居間の外に出ていた。そういう状況だった為、ワタシはラグから起き上がるとインターホンの通話ボタンを押した。

 すると、インターホンの画面に、ワタシとは顔馴染みなママの秘書の女性が映し出されたのだ。秘書の女性の話では、駅の新幹線の改札前で別の秘書の方が、ママが来るのを待っていたようだ。しかし、待ち合わせ時間が過ぎても現れない為、ママのスマホへ電話を入れたが繋がらなかったらしい。なので最終手段として、今日は休みの予定だった秘書の女性に連絡が入ったそうだ。

 普段は、ママの送り迎えはその秘書の女性が行っており、しかも近所に住んでいるので、今日みたいな日には適任だったようだ。


 そんなわけで、推しの愛娘の接待中だったママは、秘書の女性に連れられて行ってしまい、我が家の中はワタシとミサだけになった。

 ちなみに、ワタシのパパについては、日中はどこで何をしてるのかよく知らない。朝食と夕食の時間には、家にいるので、ワタシの中では猫みたいな扱いでいる。

 だから、パパは紹介してしまうと、説明するのが面倒になので、ワタシは割愛しているのだ。


 「あのぉ…?莉央先輩ぃ?」

 「んっ?どうした?」

 「えっとぉ…。り、莉央先輩はぁ…?美沙とぉ私ぃ…どっちと一緒に居たいですかぁ…?」


 居間からワタシの部屋へと、ママが出掛けた後にミサと移動してきており、昨日みたいにベッドの上で二人並んで寝転がっていた。そんな寛ぎモード全開なワタシに向かって、ミサは究極の選択のような質問を、何の前触れもなくしてきたのだ。

 こうなってしまうと、ワタシもちゃんと答えなければ、美沙にもミサにも悪いのは分かる。でも、美沙たちについては、まだワタシが知らないことが多い。

 だから、今のワタシが答えられるのは、一つしかなさそうだ。


 「ミサも、美沙も、ワタシが知ってることは一握りだと思うんだ。だから、二人のことをよく知った上で、ワタシはその問いに答えたいと思うんだが…?だから、悪いな?今すぐには答えは出せそうにない。」

 「はいっ!!何となくですがぁ、分かってましたぁ…。じゃあぁ…?今からぁ、莉央先輩にぃ…知ってもらえるようにぃ、私ぃ…頑張っちゃいますねぇ?」


 ──ムギュウッ!!


 「ああ、分かった。ワタシも、ミサたちに知ってもらえるよう努力する。」

 「莉央先輩のことはぁ、美沙が大体調べてありましたのでぇ…?新たな発見出来るようにぃ、私も努力しますっ!!」

 「おい、ちょっと待て!!あの…美沙が!?ワタシのこと、調べてあったって…どういう事だ?!」


 自分からミサに聞いた筈なのに、何となくどういう事なのか察せてしまった。恐らく、美沙は莉亜さん経由で大手所属事務所の力を使い、ワタシの事についてでも調べさせでもしたのだろう。


 「それはぁ、ちょっとぉ…秘密でぇすっ。」

 「秘密とか、ちょっとずるくないか?」

 「私がお調べした事でしたらぁ、話せたのですがぁ…。美沙が調べた事ですのでぇ…?美沙の許可がないとぉ、ダメかなってぇ…。」

 「それはそうだな…。って!!ミサはどうやって、美沙が調べた内容を知ったんだ…?!」


 もしも、美沙が集めたワタシの情報を、ミサが不正に入手したのであれば話は別だ。そこについては、ミサを追及出来るのではないかと、ふとワタシは考えた。


 ──ムギュウウウウッ…!!


 「あ?!え、えっ…とぉ…。み、美沙が教えてくれたんですっ…!!」

 「へぇ…?そうなんだぁ…。もし、ワタシが調べて嘘だと分かった時は、ミサのことは二度と相手にしないけど良い?ワタシ、保身の為に平気で嘘つく奴…大嫌いだからさ?」

 「い、嫌ですっ!!莉央先輩っ、ごめんなさいっ!!実はぁ…美沙のスマホのメールぅ、見ちゃったんですっ…私ぃ。」


 ワタシからミサに抱きつき返してみると、何やら動揺している感じが、身体から伝わってきた。

 美沙のスマホが、顔認証でロックされていたとしたら、ミサであれば解除できるに決まっている。

 まさか人格が入れ替わっているなど、顔認証レベルではスマホが判別するのは難しいだろう。

 傍から見たら、美沙が自分のスマホを操作しているだけで、違和感など何もないだろう。


 「白か黒かって言われたら、黒通り越して漆黒なんだろうけどさ…?って言うか、昨日ミサが使ってたスマホは誰の?!」

 「賤鷹高校の受験に合格した日にぃ、ママが私専用の電話番号とスマホ買ってくれたんでぇすっ!!それにぃ…?例の事件の日以降はぁ、美沙のスマホは私ぃ…使ってなかったんですけどねぇ?」

 「そうだったのか?!てっきり、ワタシは…美沙のを使ってるとばかり…。」

 「美沙はぁ『莉央先輩のこと調べてる』と言ってぇ、私によく自慢してたのでぇ…。その情報がないかとぉ…スマホを確認した時にぃ、見つけることができたのでぇ…?私にはぁ…もうそれだけでぇ、充分でしたぁ…。」


 得るものは得られたから、それ以上の美沙のプライベートな情報は、ミサには必要なかったとでも言いたいのだろうか。ワタシから同性相手に抱きつくとか、珍しいことをしてみたはいいが、ミサの体つきが良いせいだろうか、柔らかな感触で案外抱き心地が良い気がする。


 「ミサは、どこか行きたい場所はないのか?」

 「うーんっ…。莉央先輩とぉ、一緒に居られる場所が良いでぇすっ!!」

 「そうなると、オジサンの店になるけど…ミサは良いのか?」

 「はいっ!!稲葉さんはぁ、美沙とぉ莉央先輩をぉ、引き合わせてくれた方なのでぇ…?感謝しかないですっ!!」


 ミサは、珈琲店“コルサージュ”の店主さんのことを、常連の皆が呼んでいる“オジサン”ではなく、本名の“稲葉さん”と呼ぶようだ。昨日、美沙のフリをしてた時は、オジサンと呼んでいた気がするが。


 「んじゃ、決まり!!今から、支度してさ?準備出来たら出掛けよっか?」

 「ああああっ!?そうでしたぁ…!!わ、私の…お出掛けする時に着ていくぅ、お洋服のことなんですがぁ…?ほ、本当にぃ…お母様のお借りしてしまってもぉ、構わないのでしょうかぁ?」


 ママが貸したくて、出掛けにミサへと預けて行ったので、本望だと思う。実の娘のワタシでさえ、ママのコレクションについては、試着時以外は着せてもらえない代物だ。それをママがミサへと貸すのだから、相当に推しへの愛が強いことが見てとれる。


 「ん?全然、問題ないぞ?ミサは気にせず、着ちゃって構わないからな?」

 「本当にですかぁ?!だってこのお洋服ぅ、ハイブランドの限定品ですよぉ!?」

 「ああ。ママがミサにその洋服を預けて行ったんだから、良いんだよ?着ちゃいな、着ちゃいな?ワタシも今から、着替えるからさ?」


 ──ギシッ…ギシッ…


 「あっ、そうだぁ…。お化粧品ってぇ、莉央先輩はぁ…何か持ってたりしますかぁ?」

 「ついでにさ?ママの化粧品、借りちゃえば良いと思うんだけどさ?」


 着替えを行う為、自分のベッドの上からワタシは降りようとして、ミサから化粧品のことを聞かれた。

 因みにワタシは、汗をよくかくので化粧品は殆どしていなかった。

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