第006話 後輩女子との一年振りの再会<5>

十八時過ぎ────


 愉快なご夫婦が営む近所のお惣菜屋さん“味のかわぐち”のバイトを、早めに終わらせて貰ったワタシは、美沙と共に自宅へと向かって、歩き始めていた。


 ──ギュッギュッ…ギュウッ…ギュッ…


 「なぁ…美沙?さっきから、何してるんだ?」

 「莉央先輩の手をぉ、いーっぱい握ってるんでーすっ!!」


 ──ギュウッ…ギュッギュッ…ギュッ…


 「へぇ、そうなんだ?美沙は楽しい?」

 「はいっ!!だってぇ…?今ぁ、私ぃ…莉央先輩といますのでぇ!!」


 “味のカワグチ”からワタシの自宅までは、あっという間に着いてしまう距離だ。

 その証拠に、ワタシが美沙に気を取られながら歩いているうちに、気付くと自宅の門扉の前を通り過ぎそうになった程だ。


 ──ザッ…!!

 ──ドンッ…!!


 「うお?!」

 「きゃっ!?」

 「美沙、大丈夫か?!」


 ──ガシッ…!!ムギュッ…!!


 人間なので急ブレーキとまではいかないが、ワタシはその場で踏ん張るように足を止めた。かなり不可解なのだが、ワタシの一、二歩下がった横を歩いていた美沙が、こちらに突っ込んできたのだ。

 しかも、ワタシに無事か問われると、返事とばかりに抱きつく始末で。


 「無事なようだな…。まぁ、いい。それでだ、美沙?」

 「はぁいっ?莉央先輩っ?」

 「全く、調子が狂うな…。美沙?ここがワタシの家だ…。」

 「わぁ…!!ちゃんと“藤村”って書いてありますねぇ!!藤村ぁ…美沙ぁなーんてっ?」

 「ば、ばか言うな!!」


 思わず否定してしまったが、もし美沙が本当に育児放棄されてるのだとしたら、ワタシの妹として迎えるのはアリかもしれない。

 ワタシには、都会で幸せな結婚生活をおくる、歳の離れた兄しか兄妹がいない。

 なので、この家には両親とワタシしか住んでいない。未だにママは『あと一人、女の子が欲しい』とよく言っているから、渡りに船な話だろう。


 「でもぉ、戸塚美沙よりしっくり来ませんかぁ?!」

 「ま、まぁ…未使用な部屋はあるんだけどな?」

 「えー?!それっ!!私の部屋ですってぇ!!絶対にぃ、良くないですかぁ…?藤村美沙ぁ!!」


 ──ガッチャッ…!!


 「もう!!莉央!!うるさ…はああああっ?!な、何…っ?!そ…そのツインテボイン美少女ちゃんは!?ねぇー?パパー!!ちょっときてー!!」


 ──ドタドタドタドタッ…


 急にワタシの家の玄関のドアが開いた。『オジサンのお店で知り合った例の後輩が、今日泊まりに来る』とは、家族のグループチャットには連絡済みだった。きっとワタシのバイト終わりの時間という事もあり、玄関前でママは待ち構えていたのだろう。

 そんな中、外で騒いでいて一向に玄関を開けないワタシたちに、痺れを切らしたママが姿を現したのだ。恐らく、最初は美沙と話すきっかけ作りを込め、ワタシに対しての第一声だったと思われる。

 しかし、ママは美沙の姿を見るなり、ツインテボインって言葉、よく瞬時に出て来たなと思う。


 「え、えっ?!莉央?!あんた、別の後輩ちゃん連れて来ちゃったわけ!?」

 「ちが…」

 「お母様ぁ、はじめましてぇ…。戸塚美沙と申しまぁすっ!!」


 美沙が中学二年の頃、オジサンのお店でワタシと一緒に撮った画像は、何度か両親には見せて紹介していた。だから、両親の中では美沙については、幼くて可愛い感じのツインテ美少女という印象が強いはずだ。


 ──ドタドタドタドタッ…


 「へっ…?あ、あなたが、例のツインテロリ後輩の美沙ちゃん!?えっ?!もうっ…!!莉央!!完全に逆パッケージ詐欺じゃんよこれ…!!」

 「はぁはぁはぁはぁ…。ママ!!どうしたんだい?う、うおっ…!?す…凄い破壊力の子が、うちの莉央の隣に居るんだけど…。ゆ、夢かな…これは?」

 「お父様ぁ、お初にお目にかかりますっ…。わたくしぃ、戸塚美沙と申しますっ…。」


 慌てた様子で息を切らせながら、エプロン姿のパパが玄関の外へと出て来た。

 当然ながらパパは美沙の姿を見て驚き、目を擦ったりパチクリしたりしている。すると、美沙はママの時とは違い、丁寧な言葉を選んでパパに向かい自分の名前を伝えた。


 「り、莉央!?こ、この子が…あ、あの後輩ちゃんなのかい?!」

 「うん。例の後輩の美沙だよ。今日、一年ぶりに再会したら、こんななっててさ?ワタシも驚いてるくらい。」

 「えぇっ…?!り、莉央先輩っ!?そうだったんですかぁ?!」


 ワタシの隣にいた美沙が、急に驚きの声をあげると、口元に手を当てながら、ビックリした表情を浮かべている。空白の一年の間で、何が美沙をこうさせてしまったのだろうか。以前の美沙は、こんなわざとらしい態度を、人前で見せるような女子ではなかった。


 「はいはーい!!美沙ちゃん?狭い家で悪いんだけど、どうぞ家の中上がっちゃってー?」

 「はぁーいっ!!ではぁ…お言葉に甘えさせていただきまぁすっ!!莉央先輩ぃ…行こうっ?」


 ──ギュッ…!!


 「ああ、行こうか…?」

 「本当に二人とも凄い仲良しなんだー?」

 「はいっ!!莉央先輩はぁ、どう思ってるかぁ…分かりませんけどねぇ…?」

 「えっ!?莉央、どういうことだい?!」

 「おいおい…。美沙ぁ?!何だよ、もう…その言い方。ワタシの両親が、仲悪いのかなって…勘違いするだろうが!!」

 「えへへっ?ごめんなさぁいっ…!!私ぃ、怒られちゃいましたぁ…。」


 やはり、色々と精神的に不安定なところが、美沙にはあるのだろうか。仲が悪いと思う相手を、普通に考えて自宅に招いたりは絶対にしないだろう。

 今日の場合、美沙を泊める話になっているので、尚更なのだが。



二十時過ぎ────


 「あのぉ…莉央先輩っ?」

 「ちょ…ちょっと!!み、美沙、近すぎないか?」

 「だってぇ…?これからぁ、私ぃ…莉央先輩とぉ、お風呂入るんですよぉー?」

 「そ、それはそうなんだがな…?さっきから、ワタシにベタベタしすぎじゃないか?」

 「可愛い後輩が側にいるのぉ、莉央先輩はぁ…お嫌いですかぁ?」


 ──スリッ…スリッ…スリスリッ…スリスリッ…


 つい先程まで、ワタシのパパが腕によりをかけた料理の数々を、美沙を加えた四人で食卓を囲み堪能していた。そして、食後に居間へと場所を移すと、これまたパパお手製のデザートを食べながら、各々自己紹介するという順序が逆な流れの団欒となった。

 ただ、それは藤村家ではいつものことで、『こちらの情報を極力与えない状況で、食事を共にすることで、相手の本質が見える。』という、ママの発案で行っていた。


 まぁ、そんな話はどうでもよくて、居間から美沙を連れ出して、今はワタシの部屋で二人で寛いでいるところだった。バイトの疲れもあるが、久しぶりに美沙に会えたことで、実はワタシも密かにはしゃいでいたようで、疲れの色を隠せなくなってきていた。

 そのため、ワタシは自分のベッドの上へと寝転がったのだが、美沙もベッドの上に寝転がってきた。

 そして、ワタシの身体へとベッタリ密着してきて、離れようとしないどころか、言えば言うほどエスカレートし始める始末だった。


 ──ムニッ…ムニュッ…ムニュッ…ムニッ…


 「べ…別に、嫌いではないが…。ふ、普通…こういったことは、彼氏とやるものだろ?」

 「普通はぁ、そうですよねぇ…。でも私ぃ…彼氏とか居ないですしぃ…?どんななのかぁ、やってみたいじゃないですかぁ?」

 「な、なんだって!?こんなに、び…美人な美沙なのに、彼氏の一人も居ないってのか?!美沙の学区の男子たちどうかしてるだろ!?」


 ──ムニッ…ムニッ…ムニュッ…ムニュッ…


 「そうなんですよぉ…。本当ぉ、どうかしてますよねぇ…?あっ!!あのぉ、莉央先輩っ?」

 「ん…?美沙、どうした?」

 「莉央先輩はぁ…彼氏欲しいですかぁ?」

 「ああ、ワタシももう高三になるからなぁ?一人くらい居ても良いとは思う。」


 ──グニイィッ…!!

 ──バシッ!!


 「痛っ、おいっ!!それはダメだ!!」

 「ご、ごめんなさい…!!莉央先輩、ごめんなさい…。」


 ものには限度というものがある。その限度を超えれば、ワタシは相手が誰であろうと怒る。

 美沙がさっきから触れてきていた胸周りだが、女性特有の周期の前後含めて言えるが、張ってくる為、少しでも触れられると痛い。

 何が言いたいかというと、フィクション作品を見過ぎていると、逆鱗に触れる可能性がある。それだけだ。

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