第003話 後輩女子との一年振りの再会<2>

数分後────


 「莉央せんぱーい!!ちょっとぉ…?歩くの早いですよぉ…!!」


 ──グイッ…グイッ…グィッ…グイッ…


 「お店まで、あと少しなんだ…。だからさ、美沙?我慢してくれないか?」


 わざとやっているのかと言うくらい、ワタシが美沙の手を強めに引いても、その場に踏ん張って動こうとしない散歩中の犬のように、全然ついて来ようとしなかった。


 「ならぁ…?莉央先輩からぁ、私にぃ…?抱き抱きしてくれたらぁ、我慢しますよぉ…?」

 「あぁ…!!もう、なんでもするからさ?だから…ワタシの言うこと聞いて、大人しくついて来てくれ!!」


 もう既に、ワタシの目には珈琲店“コルサージュ”の店先が捉えられており、あと五十メートルもない程の距離にいた。そんな場所で、美沙は子供のように大声で喋るので、ワタシは恥ずかしくて仕方がない。それに、ワタシの自宅からも近所なので、尚更冷や冷やものだ。


 「あっ!?莉央さんだー!!お帰りなさーいっ!!」


 先程、オジサンのお店の方を見た時には居なかったのだが、美沙の方を向いて話している間に、出て来たようだ。

 この声の主こそ、美沙が不在だった一年の間で、ワタシが新たに出会った、異次元的な可愛さの小学六年生だった。


 「朱里あかりちゃーん!!ただいまー!!」


 名字は神山こうやまと言い、珈琲店“コルサージュ”のお隣で、“パン舗KOHYAMA”というパン屋さんをご家族で営んでいる。

 そんな朱里ちゃんだが、出会った時は小学五年生だったのにも関わらず、身長は既に百六十センチを超えており、目線はワタシと殆ど変わらなかった。

 名前こそ純和風なのだが、外見は明らかに耳の先が尖っていて長く、肌は透き通るように白く、目は翡翠色をしていて、髪は白銀髪のロングヘアだった。顔立ちはクールタイプで、小学六年生なのに少し大人びた可愛さがある。

 ワタシには、どこからどう見ても、異世界から迷い込んで来てしまった、エルフにしか見えなかった。


 ──ギュウウッ…!!グイイイイッ…!!


 「り、り…お…せん…ぱい…っ?あ、あの女は誰っ!!」


 普段のように、ワタシが朱里ちゃんに向かって返事をした瞬間のことだった。それまで、甘えた子供みたいな声を出していた美沙の態度が、急変した。

 いきなりワタシの手を、力一杯握ってきたかと思ったら、美沙がいる後ろの方へと強引に引き寄せられたのだ。


 「美沙?!今度はなんだよ…?オジサンのお店の隣に、パン屋さんあったのくらい知ってるよな?あそこのお店の小学六年生になる娘さんだよ?」

 「パン屋さん、ですかぁ…?あっ、確かにぃ!!ありましたけどぉ…。でもぉ、そこのお嬢さんがですよぉ?莉央先輩にぃ…何の用なんですかぁ?」

 「それなら、ワタシも聞きたいんだけどさ?去年から一年の間、美沙はオジサンのお店に来なくなったよね?一体、どういう理由で来なくなったのかな?」


 初対面な筈の朱里ちゃんに対して、何故か敵意剥き出しの美沙を黙らせるのには、この質問しかないとワタシは考えた。

 本当にワタシもオジサンも、去年の四月から一年の間、美沙がお店に来なくなってしまった理由が分からず、モヤモヤした日々を過ごしてきた。


 「そっ…それはぁ…。お、オジサンのお店の中でぇ、ご説明させていただきますからぁ…。」

 「そっか、分かったよ。ワタシとオジサンの納得いく説明、頼むぞ?」

 「こ、今度はっ…!!莉央先輩がぁ、私の質問に答える番ですよぉ…?」


 一体、美沙はどうなってしまったのだろうか。まだ説明はおろか、オジサンのお店にすら入れていないこの状況で、ワタシに答えろと言ってきたのだ。

 以前の美沙であれば、ここでワタシがガツンと一蹴するのもアリだろうが、どこか雰囲気も様子もおかしいのだ。


 「朱里ちゃんはな?ワタシの通ってた小学校の後輩だ!!美沙だって、ワタシの通ってる高校の後輩だろう?大事な後輩の相手するのが何が悪いんだ?」


 ワタシの自宅もすぐ近所にあるので、朱里ちゃんは同学区の正統な後輩にあたるのだ。それに、後輩と言っておけば、他学区だった美沙は中学時代、ワタシの後輩を自称し続けてきたので、何も言えないと思ったのだ。


 「莉央先輩のぉ…こ、後輩っ?!と言うことはぁ…私の後輩ですよねっ…?先輩のぉ…後輩のぉ…後輩ってことですからぁ…!!」

 「うん、そうだな。朱里ちゃんはワタシの後輩だから、美沙の後輩でもあるぞ。うん。」


 とりあえず、美沙は納得してくれたようなので、ワタシはそれらしく答えるしかなかった。あとは、朱里ちゃんがこの話に納得してくれれば良いのだが。


 「はいっ!!それにしてもぉ…私の後輩ちゃんはぁ、本当にぃ…小学生なんですよねぇ…?」

 「ああ。あれでランドセル背負って、いつも小学校まで通ってるんだぞ?」

 「莉央さーん!!はぁ…はぁ…はぁっ…はぁっ…。そ、そちらの方は…?あ…わたしは、神山朱里と申しまーす!!莉央さんの可愛い後輩ちゃんでーす!!」

 「私はぁ、莉央先輩のぉ…可愛い後輩でぇ…戸塚美沙って言いますっ!!」


 ワタシたちの居るところまで、朱里ちゃんが駆け寄って来てくれたところまでは良かった。それからが問題で、朱里ちゃんも美沙も煽りが入り混じる自己紹介の応酬だった。

 確かに、朱里ちゃんは人間離れしていて可愛いし、美沙も見ない間に凄く身体が成長してる上に可愛い。

 だから、仮にワタシが男子だとして、二人のどちらかを彼女に選べと言われても、即答は難しいだろう。


 「み、美沙…さんっ!?えっ?!確か、莉央さんとオジサンが…お店でよく話してた…?常連さんの中で唯一、消息不明扱いの…美沙先輩なんですか!?」 

 「ええええっ?!り、莉央先輩ぃ…?わ…私ぃ、ゆ、消息不明扱いだったんですかぁ!?」

 「オジサンのお店の中では誰一人として、美沙の連絡先知らなかったからな?もちろん、ワタシも聞いてないしな?だからこそ、皆んなから忘れられずに、消息不明扱いになるくらい心配されてただけでも、美沙はありがたいと思いなよ?」


 一年前、三月の離任式の頃までは、美沙がオジサンのお店に来ていたのをワタシも覚えている。しかし、四月に入ったら、急に美沙が来なくなったのも覚えている。


 「で、でもぉ…。莉央先輩はぁ…新しい後輩なんて作ってぇ、可愛がってるじゃないですかぁ…!!」

 「予め言っとくが、朱里ちゃんはオジサン狙いだからな?ワタシは、少しでも可愛い後輩の思いが成就するように、影からサポートしてあげてる側だぞ?」

 「あ…?!え…!?えっ…?!えっとぉ…。」

 「あー、そう言うことですかぁ…。朱里先輩っ…!!紛らわしくて、本当にごめんなさいっ!!あの…わたし、両親が共働きなので、幼い頃はオジサンに面倒見てもらってたんですよね?ある時、わたし…オジサンのこと好きになっちゃって…。その日から、オジサンの隣ずーっと狙ってるんです。」


 本当に小学六年生だろうかという、朱里ちゃんの大人びた言動にはいつも驚かされる。それとは対照的に、本当にこれで高校一年生になったのだろうかという、美沙の幼い言動には、流石のワタシでも若干引いてしまっている。


 「な、なぁんだぁ…。朱里ちゃんはぁ…オジサンに恋してるんだねぇ…?ならぁ、私もぉ…先輩としてぇ、何かお手伝いしちゃおうかなぁ?」

 「美沙先輩、ありがとうございます!!でしたら、オジサンからの情報収集をお願いしたくて…。」

 「実は私ぃ…オジサンとは仲良しだからねぇ?だからぁ、任せといてぇ?」

 「じゃあ、そろそろ行こうか…?こんなところで立ち話とか、落ち着かないからさ…。」


 今のワタシにとっては、近いようで凄い遠くに感じるオジサンのお店、珈琲店”コルサージュ“。きっと、美沙にも朱里ちゃんにも遭遇してなければ、ワタシは今頃店内のカウンター席に腰掛けて、珈琲の大カップでも飲んで談笑してる頃だろう。

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