第二十話 四家合同強化合宿

「よくぞ生きて帰ってきてくれたな、月ちゃん。それと同時にすまない」


「いや、俺自身は気にしてないから別にいいよ。で、だ。親父、ばっちゃんから聞いてるだろ?雹牙家としての結論を出してくれ」


「1つ、気になるから聞いてもいいかな?もし私が断った場合、月ちゃんはどうするんだい?」


「決まってる。その時は俺が単独で協力するだけだ。決して生易しい負担じゃないだろうけどな…まぁ、恩人に協力しなくてどうする。異世界で暮らしたおかげで無駄に感情を読み取るのが上手くなったんでな、篩本人に悪意や害意といったものがないことも俺にはわかる。正直に言うと、協力しない理由がない」


「なるほど…そうか。ちなみに言うと、雹牙家の回答は『応じる』つまり、OKTSに加盟させていただくということだ。他の家もそれぞれ回答を整えているはずだ。既に合意したのは私たち雹牙と飛風だけだ。他の家は未だ回答なしだ。しっかりとした説明を求める声も大きくてな…縁妖凪勿によって起こっている一連の騒動を受けて、陰陽八家御前試合の開催が早まったんだ。開催日は2月8日。元々の予定から12日早まることになってしまったが、月ちゃん。出場の準備はできてるか?」


「当たり前だ。いつでも行けるぞ。で、気になったんだが…先鋒、中堅、大将。俺はどの役割なんだ?」


御前試合では、どちらかが気絶もしくは戦闘不能状態になる、又は負けを宣言すれば試合は終了する。しかし、勝った人間は継続して次の人物と戦う必要がある。つまり、休むことなく連戦させられるため、先鋒・中堅・大将のすべてが重要視される。その中でも、序盤の流れを握る先鋒の役割は非常に大きい。先鋒が勝てば疲弊していてもある程度相手の中堅を削ることはできるし、相手の中堅が削れていればこちらの中堅も勝ちやすくなるのだ。その流れは相手の中堅がなんとかして中堅対決に勝利するか、大将がなんとかしなければ止めることはできない。


(ばっちゃんの話によると、去年の雹牙家は準優勝。最後の最後で雷轟らいごう家に敗北…だっけ?当主は参加禁止のルールで、参加者が華蓮さん、兄貴、ばっちゃんだったか?華蓮さんが先鋒、兄貴が中堅、ばっちゃんが大将…って聞いたな)


「決まってるよ。月ちゃんには『大将』として出てもらう。参加者が誰かは公開してはならないと決まってはいるが、例年の傾向から朝陽と凍河さんは確定でいると思われているだろうな。その2人が先鋒と中堅で出てきた場合、相手はどう考える?」


「ばっちゃんや兄貴を超える実力者がいると考える、か」


「いや、今回ばかりは話が変わる。正解は、仕事で忙しい華蓮ちゃんの代わりに埋め合わせの陰陽師を入れたと考える、だな。よく考えてもみろ、今の雹牙家は俺、朝陽、凍河さんの飛び抜けた3人の実力者がいる。次点で華蓮ちゃんや白夜だね。そんな中、そんな都合よくとんでもない強者が現れるなんてことは普通はないだろう?だからこそ、月ちゃんは最後の爆弾として大将に置くのが1番いいと思ったのさ」


「なるほどな…わかった。やるだけやってみよう」

 

「あ、百花ちゃんから聞いてるかもだけど、明後日から旅行だよ」


「は?待て待て待て、は?」


「あれ、聞いてなかった?明後日から雷轟家主催の四家合同強化合宿があるんだけど」


「何も聞いてないが!?それにしても急すぎだろ!なんだ!?陰陽八家御前試合が早まったせいか!?」


「うん、その通り。参加するのは、雷轟、雹牙、飛風、土倉だね。他の家も他の家でそれぞれ何かしらやるみたいだけど」


「なるほど…な。わかった。だが、俺が普通にやったらダメじゃないのか?バレるだろ、実力」


「そうだね、だから…」


**********


「「来たわよー!北海道ー!」」


「元気だね、あんたたち」


1月29日。雹牙家一行は雷轟家の本拠地である北海道に来ていた。雹牙家からこの北海道の地にやってきたのは月夜、朝陽、凍河、華蓮、透子の5人。現在時刻は午前4時であり、普通は全員眠い時間帯であり、元気にはしゃいでいる透子と華蓮が異常なのだ。現場慣れしてる月夜や凍河はまったく眠くなさそうではあるが、まだ経験が多いとは言えない朝陽は少し眠そうにしている。


「透子ー、ここ普通に空港だからな?朝っぱらから騒ぐなよ」


「はーい」


「マジで元気だな…朝に強いことはいいことではあるんだけどな…」


「緊張感が足りないね。月夜、その辺りはあんたが修正するんだよ」


「わかってるよ。今回の強化合宿で根性を叩き潰す勢いで鍛え上げるつもりだし」


「え?待って、観光とかできるよね?」


「ん?あー、そうだな…透子の頑張り次第、かな」


月夜は透子に向けて笑ってるとは到底思えない笑顔を向けた。


「わーいい笑顔だなー。…私、生きて帰れるかな…」


「大丈夫大丈夫。死なない程度に頑張ってもらうから」


「あ、ダメそう。ああ女神様、どうか私にご加護を…」


「そういうのいいからさっさと行くぞ。飛行機の出発時間の関係でうちらが1番到着遅くなる予定なんだから」


「ぬ、ぬぅ…強敵…!」


「はいはい」


月夜が透子を適当にあしらっている横で、朝陽は華蓮からめちゃくちゃ話しかけられていた。


「ねーねー、朝陽、あの看板で写真撮ろうよ!ほら、パネルの穴に顔入れるやつ!」


「遠慮させてもらうよ…ヒグマの顔にはなりたくないしね。あと酔っ払った華蓮さんはそれを無意識のうちにばら撒くから…本当にやめてほしいよ」


「えー、いいじゃん。このイケズー!」


「めんどくさい…お義祖母ばあ様、なんとかなりませんか…?」


「適当に放置しておきな。そのうち飽きるさ」


「ねーねー聞いてる〜?ねーねー、朝陽〜?聞いてる〜?」


「う、うるさい…」


「はぁ…まったく、大丈夫かね…雹牙家の未来をこの子たちが背負うこと、私は心配だよ」


**********


「…来たか。随分と遅かったのぅ、足腰が弱ったか?クソババア」


「足腰の衰えはお互い様だよ。それはそうとして、最近封印していた妖が行方不明になったらしいが、被害はないのか?」


到着した瞬間に、激しく視線をぶつける両者。初手で凍河に対して『老いたなw』という煽りを行ったのは雷轟家前当主、雷轟はじめだ。今回の強化合宿の発案者であり、全盛期には当時最強格の陰陽師であった凍河としのぎを削っていた人物で、非常に高い実力を持つことで有名だ。元の煽りに対する回答は、『お前も私同様老いてるやんけwそういえば、お宅の管理してた危険物がなくなったみたいだけど、ちゃんと管理の仕事してたんか?w』であり、この煽りは元にとっては割とイラッとするものである。確かに、封印されていた特級の妖が行方不明になった事件はあった。しかし、雷轟家にとっての問題はその妖がどこかで暴れたという訳でもなく、ただただ行方不明になったのだ。見張りの陰陽師も不審な人物を確認していないため、余計に苛立たしい状況であり、デリケートなところなのだ。しかし、元はその怒りをなんとか抑えると、冷静を装って話しだす。


「これは手厳しい。そうそう、土倉、飛風の方々もいらっしゃってます。挨拶をなさっては?」


「そうさせてもらうよ。それじゃ、今日から3日間、よろしく頼むよ」


この場では凍河と元だけが言葉を交わした。雷轟の陰陽師からは敵意に塗れた視線をぶつけられたのは少々居心地が悪いものではあるが、それに慣れてる月夜は飄々と受け流した。朝陽と華蓮は少し不快そうに、透子は不快そうな表情を隠すことすらしていなかった。


「透子、多少嫌でもあれくらいならできる限り我慢するんだ。あの程度の視線、耐えられないようじゃ最低限のマナーすらないやつだと思われるぞ」


「えー、でも…」


「『でも』じゃない。これは身につけるべき最低限のマナーだからな陰陽師じゃなくてもポーカーフェイスは必要だ」


「うっ…わ、わかったよ」


「まさかあんたが人にマナーを教える日が来るとはね…ほら、土倉の割り当てられた部屋はここだよ。挨拶するから静かにするんだよ」


今回、土倉家から来ているのは百花、和葉、百花と和葉の父である琥珀、そして百花の従姉妹である土倉かなえの4人だ。月夜はその4人全員と一応面識があるため、問題はないとある程度信用していた。が。凍河が襖を開いた、その瞬間だった。


「?危ないな…なんなんだ、本当に」


凍河の背後にいた月夜に向けて金属で形成された矢が飛んできたのだ。月夜はその矢を掴み取ることで防いだが、防ぐことができなければ死んでいた可能性もある。


「…土倉琥珀。何の真似だい?」


「………」


「父さん、何してるんですか!?何やったかわかっているんですか!?」


琥珀の隣で固まっていた和葉は凍河の重苦しい声にハッとすると琥珀の肩を掴み、大きな声で言葉を投げかけるが琥珀は無視する。百花はバツの悪そうな顔をしており、叶は怯えている様子だ。だが、琥珀はまるで気にしていなさそうだった。月夜…あるいは雹牙家に敵意を持っていることが確かになった。


「透子。剣を抜くな。小競り合いでは済まなくなる」


「!でも先に攻撃されて…」


「ここでの抜剣は宣戦布告と同義だ」


月夜が攻撃されたことで透子は即座に攻撃体制を取り、腰の脇差を抜き放とうとしたが、それを月夜が止めた。ここは雷轟家所有の家の中。ここで透子が剣を抜いて戦闘の意思を露わにすれば土倉はもちろん、雷轟家すら敵に回る可能性があるからだ。そもそも仲の良い土倉と敵対することは避けたい出来事のため、雹牙家にとって不利益ができる限り起きないよう攻撃された張本人である月夜が止めたのだ。


「さて…真意は聞かせてもらいますよ。追加の矢のプレゼントがあればどうぞ。丁寧に送り返して差し上げますので」


月夜はそう言うと凍河よりも前に出て、琥珀の前に立った。すると、普段の月夜なら絶対に取ることはない、敢えて無礼な行動に出た。


「和葉さん、お久しぶりです」


この場に土倉家当主はいない。代わりに、今この場には土倉家現当主の弟である土倉琥珀がおり、今回来た土倉家の面々では最も地位が高く、最初に挨拶しなければならない存在だ。しかし、月夜はわざと琥珀を無視し、和葉に先に話しかけたのだ。


「は?え?げ、月夜殿、それは」


和葉が言葉を終える前に、大きな衝撃が起こった。琥珀が凄まじい速度で月夜に拳を振り下ろしたのだ。だが、その拳は月夜に触れることすら叶わなかった。


「お久しぶりですね、琥珀殿。すでに挨拶は交わしましたが、2度目の挨拶でしょうか?」


月夜が霊装すら使わずに張った障壁によって拳は止まっていたのだ。月夜はこういった場で奇襲を仕掛けられた場合、バルトラの教訓に従い、それを『挨拶』として処理した。しかし、2度目の『挨拶』はよろしくない。他人と話している最中なのだ。邪魔するのは良いことではないだろう。そこで月夜は3度目がないよう多少の圧力をかけた言葉で琥珀の行動を戒めたのだ。


「チッ、小僧、礼儀がなってないようだな」


「訪問して早々に殺しに来た人間を敬う必要はどこにあるのですか?まだ友人の父ということで最低限の礼儀は持ってますけど…そうじゃなかったら多分…まぁ、ご想像にお任せしましょう」


「クソガキめ…貴様は自分の立場をわかっているのか?」


「貴方こそご自身の立場をわかっているのですか?現当主の弟が他家の人物に先に殴りかかる。さぞかし評判は悪くなるでしょうね」


「なんだと…?元はと言えば貴様が…」


「貴様が…なんです?ああ、もしかしてですけど私が百花と婚約するとまだ思ってますか?」


「そこだ!貴様、百花のことが好きだと聞いたぞ!話に聞けば誰も見たこともない信用もできぬ、どこの馬の骨かもわからぬ女と婚約を結んだなどと…!どうせその女も碌な女じゃないだろうがな…不純だ、どういう了見をしているのだ!」


「はぁ…そうだなぁ…」


そう呟く月夜の雰囲気は異様だった。先程までの温厚な雰囲気は一瞬で消え去り、空気は一気に重苦しくなった。次の瞬間、琥珀は床に叩きつけられ、見覚えのある刀を突きつけられていた。


「えっ!?それは僕の刀…?いつの間に…」


「貴様…」


床に叩きつけられた挙句息子の武器を強奪されて突きつけられているのだ。琥珀の気分は最悪だろう。その瞳に先程よりも強い殺意を向けて月夜を睨みつけようとするが、目が合った瞬間、その恐怖に直感した。決して触れてはならない逆鱗に触れてしまった、と。


「なぁ…俺についての悪口は好きなだけ言えばいいけどさぁ…ルミナリアを悪く言うのなら話は別だ。あんたの脳に理解させるために言い切っておこう。俺が生きている間に愛す人間はただ1人。恋心を持ったのもただ1人。あんたなら理解できるだろ?その1人が、百花じゃないことくらい」


月夜はそう言い終えると、刀を和葉へと返した。


「勝手に使ってしまって申し訳ない。平常時でも武器を奪われないよう意識すれば奪われにくくなると思います」


「あ、ああ…い、いやいやいやいやいや、ちょ、ちょっと!?」


「何か?」


「何か?じゃないって!今土倉家に喧嘩売ったのと同義だよ!?わかってる!?」


「ああ、そういう話?まぁ、やりたいなら来ればいいんじゃない?来た奴らが生きて帰れるかどうかは知らないけど」


「、っ…わかった、わかったよ。僕が頑張ればいいんでしょ?」


「じゃあ、頼んだよ。3泊4日、よろしくね」


月夜はそういうと、頭を抑える凍河を横目に襖を閉めるのだった。そんな月夜の後ろ姿を見ていた百花の眼は、酷く悲しく、辛い色をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る