過去話(7)

「ギャハハハハ!こりゃ傑作だ!自分は助かったのかもしれねぇのによ、弱え女庇って重傷じゃねえか!」


「お前…みたいな、魔族にゃ、わからねえ、だろうけどな…俺という、人間は…死ぬほど粘り強いぞ?」


「抵抗されると面倒だ、背骨でも断ち切っておこうではないか」


ラークは突き刺さった鉤爪を振り抜き、背骨を断つことで月夜の行動を封じようとする。しかし、月夜はそれに合わせて身体を捻り、自分の身体から鉤爪を引き抜くと同時に懐に潜り込み、先程まで自分を刺し貫いていた鉤爪の根元を切ろうと剣を振るった。


甲高い音が周囲に響き渡った。月夜はその現象を正確に把握した。月夜が握っていた剣が半ばから折れていた。先ほど鉤爪を受け止めた時、すでにヒビが入っていたことから限界を迎えていたのだ。これにより、月夜は唯一の獲物を失ってしまった。剣が折れ、一瞬月夜の動きが止まったその瞬間、月夜の身体は飛翔し、建物に叩きつけられた。生じた隙を突かれ、蹴り飛ばされたのだ。


「ガ…ハッ」


「ふん、勇者一行と言えど、最弱ならこの程度か。テメェのその命、魔神サマの勝利の贄なっていただこう」


そう言いながら、ラークはゆっくりとこちらに向けて歩いてくる。月夜は目を閉じ、己のとてつもなく深い領域に語りかける。


(みんなに迷惑をかけるだけかけて、こんなところでやられる?そんなことは、絶対に、絶対に嫌だ)


優しくしてもらって、強くしてもらって、何より、信用してもらって。絶対に死ぬわけにはいかないと、この程度の相手に、負けるわけにはいかないと、月夜は己の最奥に眠る、陰陽師としての才覚、その力の知覚に成功し、それを引き出した。


(来い…十二夜月符じゅうによのつきのふ!)


月夜の霊力が爆発した。バルトラとの模擬戦で見せた白いエネルギーが吹き出し、ままならない足元を支える。覚醒しきることができず、燻り続けていた月夜の才能。霊装の顕現だった。12枚の霊符が月夜の周囲を飛び回り、先程とは明らかに力が違うことを示していた。しかし、いくら霊装が顕現し、霊力的に覚醒したからといって、傷が塞がるわけではない。月夜は瞬時に己の霊装の特性を理解すると、6枚の霊符を使って傷口を物理的に塞いだ。こうすることで、最低限の出血を抑えることはできるのだ。様相が明らかに異なる月夜を目にし、ラークは目の色を変えて攻撃を仕掛ける。月夜はそれを、たった1枚の霊符のみで防いでしまった。理解した。ここで確実に討伐することができると…自分になら、この程度の相手は余裕であると。ラークは叫んだ。


「なんなんだ!テメェらはよぉ!だから嫌なんだ!追い詰められた人間ほど…ふざけんじゃねぇよ!」


ラークの背中には、ずっと昔から、癒えることのない深い傷跡があった。300年ほど前、戯れに村を襲撃した時のことだった。いつものように村を襲い、じわじわと嬲り殺しにしていく。女子供の悲鳴は好物であった。そんな中、1人の女騎士がやって来て、ラークに向けて剣を振るった。しかし、ラークはまるで相手にすることなく女騎士を吹き飛ばす。女騎士はこの村の出身なのだろう、家に叩きつけられて身体が動かなくなっても、必死に家族を助けようと叫んでいる。骨は折れ、内臓にもダメージを負った瀕死の状況でも、僅かな可能性に賭けているのだろう。


だが、ラークはその叫び声を心地良く感じた。同族を助けようと必死に叫ぶその声は、ラークに取って至上の愉悦となった。村人を1人、また1人と捕まえてはわざわざ女騎士の前で嬲り殺した。何やら名前を叫んで涙を流す女騎士を眺めるのは気分が良かった。何度も何度も、女騎士の前で村人を嬲り殺しにした。


ラークは最高に気分が良くなり、一瞬女騎士に背を向け、大きく息を吸って心を落ち着けると、女騎士を殺すために後ろを見た。しかし、そこに女騎士はおらず、ラークの背中には、深い斬撃が刻まれた。《孤独な最後の一撃ラストワンストライク》…大切な人を全て失い、最後の最後、自らの命をも消費することで発動できる、自爆魔法の一種だ。発動条件が厳しいが、術式自体が簡単な上に非常に威力が高い。命を燃やし尽くす関係上、どんな怪我を負っていようが無理矢理動くことができてしまう。しかし、絶大な威力を誇る《孤独な最後の一撃》と言えど、女騎士の地力では倒しきれない。故に、自身が斬られて最も恥じる場所…背中を斬り裂いた。女騎士は全ての魔力と生命力を使い切り、その命を燃やし、力尽きた。ラークという格上に明確な傷跡を残して。それから、ラークは常にその傷のことが脳裏に浮かび続けた。背中に暴食蜘蛛の足を移植し、傷を塞いでもなお、忘れることはなかった。長き時が経ち、今この瞬間も、忘れることはなかった。しかし、その傷がもたらした弱者への驕りへの咎めを忘れてしまったのだ。故に、月夜の覚醒を許してしまったのだ。


月夜は前に足を踏み出す。ラークは月夜を恐れ、全力で月夜に攻撃を仕掛ける。しかし、当たらない。攻撃はすべて回避するか防御され、月夜を捉えることはできなかった。ラークは無我夢中で攻撃を振るう。しかし、当たらない。ラークは完全に冷静さを失い、癇癪を起こした子供のように暴れ回る。月夜は、それらの攻撃を見極めていた。そして…その瞬間は訪れた。3本の鉤爪が同時に攻撃してくるタイミング。月夜は紙一重で鉤爪を回避し、ラークの懐に潜り込んだ。


「精算の時間だ。お前が葬った人の命は1人や2人じゃないだろう。その身をもって…償うといい。"衝破"…《霊衝》ッ!」


月夜は腹部にあてがった霊符を除く6枚の霊符を腕に纏わせ、膨大な霊力が膨れ上がった。その攻撃は防ごうとしたラークの腕を消し飛ばし、胸部を貫通した。ラークの肉体からは力が抜け、地に崩れ落ちる。討伐が成功したのだ。月夜1人で…やり遂げて見せた。


しかし、月夜の肉体はとっくに限界を迎えていた。血を流しすぎたのだ。呼吸もままならず、霊符を顕現させ続ける余裕はもう、ほとんどなかった。そんな時、最近はすっかり聞き慣れた声が聞こえた。


「ゲツヤ!無事!?」


ルミナリアの心配する声が聞こえた。何故だか、月夜は安心した。安堵すると同時に、月夜は色々と限界迎え、その場で倒れ込みそうになる。ルミナリアが滑り込んで月夜を支える。しかし、そのタイミングで月夜の腹部の傷を塞いでいた霊符から制御が離れ、消滅する。傷口から再び血が流れ出す。ギリギリで意識を保っている月夜も、自分の容態がやばいことはわかりきっている。しかし、身体はピクリとも動かない。声すら発することができないのだ。そんな月夜に、ルミナリアが語りかける。


「すぐにリタが来る。だから、無理しなくていい」


『リタが来る』の説得力は凄まじい。生きてさえいればすべての傷を癒すと豪語するほどの治癒魔法の使い手であり、聖女なのだ。緊張が途切れ、安堵してしまった月夜はその言葉を聞いて、抗うこともせずに意識を失ったのだった。


**********


「剣聖!連れてきたぞ!」


「ひええ、魔法職の私にはきついですよ〜。早い、早いですって〜」


「聖女様が走ったら長い時間がかかるだろ!?だからわざわざ引っ張ってきたんだろうが!」


「ん。リタ、早く」


「ゲツヤさんの怪我ですね…今見ますよっと…ッ、ここまでの重傷、何があったと言うんです?」


「多分そこで倒れてる死体のせい。絶対無茶した」


「はぁ…まったく…これだからこの馬鹿は」


「いや…あの、このレベルの怪我治すのどれだけ大変だと思ってるんです!?その労力を背負うの私なんで、無茶させないようにしてくれます!?」


「「無理、間違いなく」」


「否定早過ぎませんか!?少しは私の労力も考えて欲しいものですね!ええ、本当に!」


リタの悲痛な叫びが辺りに響き渡るが、その返答はついぞ来ることはなかった。

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