36話 ゴーレム襲来

昼飯を食い終わった俺たちは、海辺で一息ついていた。

 波の音に混じって、満腹のため息がひとつ。


「いや〜、実にうまかったのう……」


 オルフが羽をふるふるさせながら、空を見上げて言った。


「そうですねー」


 マリネさんが穏やかに笑う。腹も心も、すっかり満たされたって顔だ。


──が、次の瞬間。


「そろそろ魔力も戻ってきたんじゃないのか?」


 何気ないオルフのひと言が、空気にざらつきを混ぜた。


「……え?」


 マリネが目を瞬かせたのと、ほぼ同時だった。


「おい、どういうことだ?」


 俺が低く聞く。どう聞いても、見過ごせる話じゃねえ。


「ふむ? マリネは突発的に、訳の分からん料理を食べたいと言い出すじゃろ? あれを満たしてやることで、本来の力が戻ってきている……そんな気がしてな」


「ちょっと待て。それ、つまり……?」


「ワシは何も知らんと言っておろう!」


 オルフがやれやれと首を振った。


「ただ、感じるだけじゃ。マリネの中で、何かが動き始めていることくらいはな」


 ……感じる、ねぇ。


「そんなん、何の根拠にもならねえだろ」


「そうとも限らん」


 オルフは、のんびりした口調のまま続けた。


「マリネが自覚しておらんだけで、確かに力は戻りつつある。ワシには分かるんじゃよ」


 マリネさんが眉を寄せて、小さくつぶやく。


「……確かに最近は、身に覚えのない魔法とかが、急に使えるようになってましたけど……」


「おお、それじゃそれじゃ」


 オルフが羽を叩くようにして喜ぶ。


「それは、お主がもともと持っていた力が、戻ってきておる証拠じゃな。もっとも、何がきっかけで封じられておったのかまでは分からんがのう」


「……ってことは」


 俺は腕を組み、オルフを見下ろす。


「いろいろ食べていけば、魔法だけじゃなくて記憶も戻るかもしれないってわけか?」


「確証はないが……可能性はあるじゃろうな」


 そっか。

 なら、やることはひとつ。


「よし。だったら、今まで通り。未開のグルメを探求するだけだな」


「未知なる美味との遭遇……今から待ち遠しいぞ!」


 グルメマンが拳を握りしめて、でっかく頷く。相変わらず、食い物に関しては全力投球だ。


 だけどマリネさんは、少し遠慮がちに口を開いた。


「……私に付き合ってもらうのは、すごく嬉しいですけど……みなさんにも、それぞれ生活があると思いますし……」


「生活ってさ」


 俺は肩をすくめて笑ってみせる。


「今のこれが、俺たちの生活だし。なあ、グルメマンさん?」


「もちろんだとも!」


 グルメマンも満面の笑みで応じる。


「今さら“嫌”とは言うまいな?」


 豪快な笑顔。いつも通りだ。


「ふん……お主らはほんに、お人好しというか、愚か者というか……」


 オルフがため息まじりに言った。


「だって、冒険者だからな。愚か者で結構!」


「ふっ……まあ、お主の料理は楽しみにしておる。せいぜい──くたばってくれるなよ」


 そう言い残すと、オルフはふわりと羽ばたき、マリネの中へと吸い込まれていった。


 波の音だけが、静かに残った。

 でも、改めて思う。

 ──俺たちの目指す先は、きっと間違っちゃいない。


 * * *


グランオリジアの喧騒が、久しぶりに耳にうるさかった。


 街に戻ってからというもの、俺たちは穏やかな日々を過ごしていた。  クエストの報告を済ませた後は、近場の採取や討伐依頼をこなしながらのんびりと生活。マリネさんの調子も安定していて、三人でいつも通りの日常を送っていた。


 ──だったのに、今朝のギルドはまるで戦場だ。


「な、なんだこの空気……」


 扉を開けた瞬間、冒険者たちの怒号と、ギルド職員の足音が飛び込んできた。  受付前には人だかりができていて、その中心ではギルドの副長っぽいおっさんが、顔を真っ赤にして何かを叫んでいる。


「マーシュ殿。これは一体……」


 隣のグルメマンが、珍しく真剣な顔をしていた。


「何があったんだ?」


 俺が近くの冒険者に声をかけると、そいつは真っ青な顔で振り返った。


「ゴーレムが出たらしい」


「……は?」


「グランオリジアのすぐそばの丘で、複数目撃されたってさ。あれが街の近くに出るなんて、普通じゃねぇ……」


 ……それ、確かにヤバいやつだ。


「ゴーレム……って、なんですか?」


 背後から、マリネさんの首を傾げる声がした。


「ああ、それはな──」


 間髪入れずに、グルメマンが説明モードに入る。


「ゴーレムとは、古代の魔術と技術によって生み出された巨大な魔法生物だ。身長は五メートルを超え、鋼のような外皮を持ち、Bランクの危険モンスターに分類される」


「そ、そんなに……」


 マリネさんが小さく息を呑む。


「本来はダンジョン──いわゆる迷宮の奥深くに棲んでいる。こんな街のすぐそばに出てくるなんて、滅多にないことだ」


 そのとき、ギルドの奥から若い職員が駆け出してきた。


「緊急依頼が出ました! A~Cランクの冒険者に告ぐ! ゴーレム掃討のため、合同パーティを編成します!Dランクの者も、既存のパーティー内にCランク以上の者がいる場合、積極的な参加をお願いします!」


 ざわっ、とギルド全体が一斉にざわめいた。


「どうする、マーシュ殿? 無視するには規模が大きすぎるな」


「……だな。行きますか、グルメマンさん。マリネさんも──」


 マリネさんは不安げな顔だったが、しっかりと頷いた。


「はい。私にできることがあるなら、何でも……」


 やっぱり、あんたはそういう人なんだな。


「よし。俺たちも──参戦だ」


 新たな戦いの幕が、静かに、けれど確かに上がった。


* * *


ギルド前の広場には、冒険者たちがずらりと顔を揃えていた。


 二十三人。それが今回の合同パーティーの総勢だった。


 Bランクが四人、Cランクが十一人。あとは俺とマリネさんみたいなDランクが八人。


ゴーレムと戦ったことはないから、この戦力がどれほどのものか分からない。――が、ゴーレム三体という現実を前に、全員の顔には多少の緊張が浮かんでいた。


「では、作戦を説明します!」


 ギルド副長のオルセアが、魔導板を手に前に出た。体格のいい中年で、厳つい顔はいつもよりさらに険しい。


「目撃されたゴーレムは三体。出現場所はグランオリジア東の丘陵地帯、岩山の麓付近。規模からして通常のBランク個体と見られますが、行動原理が不明なため、油断は禁物です」


 説明は簡潔で、それだけに無駄がなかった。


「今回の任務は殲滅ではなく“封じ込め”。一体でも街に向かえば甚大な被害が出る。各パーティーは誘導と分断を優先し、討伐は上位ランクの冒険者に任せること」


 つまり、俺たちCランク組の役目は“囮”ってわけだな。


 ざっと見回すと、知ってる顔もいくつかいた。弓兵のライカ、魔法使いのツェルダ。それから……ああ、あのガタイのいい斧使い、名前なんだっけ。


 グルメマンはというと、妙に張り切って装備の調整をしていた。


「ふむ、“肉斬丸”と“骨断丸”、今回は少々キツイ戦いとなるぞ。お前たちの切れ味を存分に見せるがよい」


 そんな名前だったのか。……名前、いかついな。


「ふぅ、やっぱり緊張しますね……」


 マリネさんがルーンロッドを握りしめ、強張った表情を見せる。


「さて、お前ら三人は──」


 副長が俺たちに目を向ける。


「グループCとして第三区に配置。第三ゴーレムの進行を阻止しつつ、Bランクの〔裂鋼のクラヴァ〕隊と合流せよ。持ち場を離れるな、わかったな」


「了解です!」


 俺たちは一斉に頷いた。


 ほどなくして、全パーティーが隊列を整え、ギルドを出発した。皆の空気は重く、それはこれから先の激戦を予期させるものだった。

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