欠落
@kotobuki1003
第1話
「欠落」
僕から見た君の絵は、まるで欠けてしまっていた。
もちろんキャンバスの中に空白があるわけでも、塗り残した部分があるわけでもない。ただ、あるべきはずのものがそこにないような。
例えるなら、ジグソーパズルのピースは全て使ったはずなのに何かが足りない様に見えてしまっているような。そう言った錯覚を覚えてしまうような絵だった。
僕はそんなふうに思わせてくる荊の絵がどうしようもなく好きで、どうにか君の助けになりたくて。
そんなことを考えているうちに気づけば、自分の全てを賭けてみたいって思うほどになってしまったんだ。
「どうして自分の姿を描かないんだい?構図が崩れちゃうからとかそういう話じゃないんだろう?」
荊の家にある、絵を描くためだけに用意された一室で僕は荊にそう聞いた。
彼女はこう答えた。
「別に?何となくだよ。あ、でも人間を描くのあんま得意じゃないからかも」
「ふうん。じゃあ風景を描くのが得意なんだね」
「何言ってるの。そんなに苦手じゃないってだけ。そもそも世界には得意じゃないけど続けなきゃ行けないって人の方がよっぽど多いよ」
それに人間を描かないからってのと風景を描くのが得意ってのはイコールじゃないでしょ。と荊。
「その言葉足らずな癖、早く治しなよ」そう言って荊は私のほうを振り向く。
絵を描くために毎度後ろで一本に結んだ髪がふわりと揺れる。
「まあいいや。私出かけてくるね。またあれ、お願いね」
「ああ。それはいいけど…また探索してくるのか?」
「うん。そんなとこ」
それじゃよろしく〜と言って荊は部屋を出て行った。
荊が出ていった後、僕はキャンパスの前に置かれた椅子に腰掛ける。
制作途中のまま放置された絵。
彼女は1日に絵を描く時間を決めているから、こういうことはままあることだった。
描かれた絵の空白に意識を集中させる。
頭を段々と空っぽにしていって、その絵のことしか考えられなくなる。
そうして10分ほど経った頃、「…よし」そうして
思いついたものを書き出していく。
時折自分がどこにいるのか、どんな姿なのかさえわからなくなりそうになり、手を止めそうになる。その感覚が恐ろしくて、用紙に書き込む手が逸る。
また忘れてしまう前に速く書き出さなければ。
これだけが、今の僕にとっての存在意義だから。
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