第16話 波音と線香花火

野間灯台を後にして、俺たちが向かったのは、少し高台に立つ、海を一望できる温泉旅館だった。辰彦が「水回りと静かさにはこだわった」と言うだけあって、モダンな和のデザインで統一された、落ち着いた雰囲気の宿だ。

「うおー!すげー!オーシャンビューじゃん!部屋から海が見えるぞ!」

部屋に入るなり、健太が大きな窓に駆け寄って叫ぶ。

「わあ、素敵です……!夕日が、海に沈んでいくのが見えますね」

純奈さんも、うっとりとした表情で窓の外を眺めている。

「ふん、まあ悪くない。これなら、ゆっくり休めそうだ」

辰彦は満足げに頷き、部屋の隅々をチェックし始めた。

部屋割りは、男子部屋と女子部屋の二つ。夕食まで少し時間があるということで、俺たちはそれぞれの部屋で荷物を解くことになった。

「いやー、それにしても最高の宿だな!さすが辰彦、やるときはやるじゃねえか!」

畳の上にごろりと寝転がりながら、健太が上機嫌で言う。

「当たり前だ。貴様らに任せていたら、ろくなことにならんからな」

「んだと!?」

「それより裕也」

健太はニヤリと笑って、寝転がったまま俺の方を向いた。「野間灯台で、香ちゃんといい感じだったじゃねえか!あの南京錠、結局なんて書いたんだよ?『香ちゃんLOVE』とかか?」

「書くか、そんなこと!うるさいな、お前こそ、雛さんと何書いてたんだよ」

「俺か?俺はな、『世界平和と、宝くじ高額当選』って書いたぜ!」

「欲張りすぎだろ……」

俺と和樹が呆れていると、辰彦が「くだらん。それより、夕食の後の予定はどうする。このまま部屋でだらだら過ごすつもりか?」と話を切り替えた。

「あ、それなら、さっきロビーに手持ち花火が売ってたよ。みんなでやらない?」

和樹が提案すると、健太がガバッと起き上がった。

「花火!いいじゃん!夏はやっぱ花火だよな!よし、決定!」

その頃、女子部屋でも、似たような会話が繰り広げられていたらしい。

「ねえ香!裕也くんと南京錠、何て書いたの!?教えなさい!」

雛さんが、興味津々といった顔で香に詰め寄る。

「え、えっと……それは、秘密」

香は顔を真っ赤にして、はにかむように笑った。

「えー、ケチ!でも、二人ともすっごくお似合いだったよ!見てるこっちがキュンキュンしちゃった!」

「もう、雛ちゃんまで……」

「でも、本当にお似合いです。裕也先輩、いつも香さんのこと、すごく優しい目で見てますよね。なんだか、こっちまで幸せな気持ちになります」

純奈さんが微笑むと、香はますます顔を赤くして俯いてしまった。

「そ、そんなことより、純奈ちゃんこそ!辰彦先輩と、すごくいい感じじゃない。二人で一つの南京錠に、何て書いたの?」

香が反撃すると、今度は純奈さんがあたふたと慌て始める。

「えっ、わ、私たちは、その……『学業成就』って……」

「えー、絶対嘘だー!」

雛さんのツッコミに、女子三人の楽しそうな笑い声が部屋に響いた。

夕食は、海の幸をふんだんに使った豪華な会席料理だった。新鮮なお造りに、焼き魚、天ぷら。どれも絶品で、俺たちは夢中で箸を進めた。

夕食後、俺たちは宿のすぐ裏手にあるプライベートビーチのような小さな砂浜で、手持ち花火をすることになった。

「よーし、線香花火対決だ!一番長く持ったやつが勝ち!」

健太と雛さんが、早速勝負を始めている。

「辰彦先輩、これ、綺麗ですよ」

「ああ……。火花が、髪に飛ばないように気をつけろ」

純奈さんが差し出した花火を、辰彦が静かに受け取る。その横顔は、昼間よりもずっと優しく見えた。

俺は、少し離れた場所で、一人で花火に火をつけている香の隣に座った。パチパチと音を立てて燃える花火が、彼女の横顔を柔らかく照らし出す。

「きれいだね、花火」

香が、夜の海を見つめながら呟いた。

「ああ……」

俺は、言葉に詰まった。花火よりも、それに照らされている彼女の横顔の方が、ずっと綺麗だと思った。

「なあ、香」

意を決して、声をかける。

「うん?」

「今日の……灯台のことだけど」

「うん」

「俺、本気だから。あの南京錠に書いたこと」

俺の言葉に、香は驚いたようにこちらを見た。その大きな瞳が、花火の光を映して、きらきらと揺れている。

そして、ゆっくりと、でもはっきりと、彼女は微笑んだ。

「……私もだよ」

その一言で、俺の心臓は、花火みたいに弾けた。

もっと、何かを言わなければ。そう思った瞬間、

「おーい!何二人でいい雰囲気になってんだー!こっちも混ぜろー!」

健太が、両手に持った花火を振り回しながら、こちらに走ってくる。

その声に、俺と香はびくりとして、慌てて距離を取った。

「もう、健太くん!」

「邪魔すんなよ!」

俺たちの抗議の声は、夏の夜の波音と、仲間たちの笑い声の中に、優しく溶けていった。

この旅で、俺たちの距離は、確かに一歩、縮まったはずだ。

この夜のことは、きっと一生忘れない。

そんな確信を胸に、俺は夜空を見上げた。空には、満月が静かに輝いていた。

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