第4話 四人の捜索線と1枚のポスター

翌日から、俺たち四人の「佐々木香」捜索作戦が本格的に始まった。

司令塔はもちろん、高橋健太だ。彼のスマートフォンは、さながら軍事作戦の指令室のように、絶えず着信音と通知音を鳴らしていた。

「もしもし、俺だけど!そう、健太!ちょっと聞きたいことあんだけどさ、お前の学部に『佐々木』って苗字で、めちゃくちゃ絵が上手い子いねえ?」

「ああ、俺だ。例の件、なんか情報あったか?……そうか、わかった。また何かあったら頼む」

健太は、彼が持つありとあらゆる人脈を駆使していた。サークルの先輩、バイト先の同僚、合コンで知り合った他学部の女子学生。その驚異的なコミュニケーション能力は、こういう時に絶大な威力を発揮する。俺と和樹は健太の隣で固唾を飲んで見守り、辰彦は少し離れた場所で腕を組みながら、まるでチェスの盤面を眺めるかのように静かに戦況を分析していた。

しかし、現実はそう甘くはなかった。

「『佐々木』って苗字だけで、うちの学部に5人はいるってよ」

「美術サークルに問い合わせてみたけど、『佐々木さん』はいるけど、男だってさ」

「絵の上手い女子はいるけど、名前が全然違うってパターンばっかだな……」

数日が経過しても、得られるのは空振りの情報ばかり。「佐々木」という苗字はあまりにありふれており、「絵が上手い」という基準も人によって曖昧だ。捜査は早くも暗礁に乗り上げつつあった。

日に日に、俺の中に焦りが募っていく。あのスケッチを見つけた時の高揚感は、じりじりと肌を焼くような焦燥感へと変わり始めていた。もしかしたら、彼女はもう二度とあの公園には来ないのかもしれない。あのスケッチは、本当にただの気まぐれで、俺が見つけたのも単なる偶然だったのかもしれない。そんな弱気な考えが、頭をもたげてくる。

「……なあ、もう無理なのかもな」

ある日の放課後、いつものように名城公園のベンチで報告会をしていた時、俺は思わず弱音を吐いてしまった。

健太がいつものように明るく励まそうと口を開きかけた、その時だった。

「諦めるのか」

静かだが、芯の通った声で言ったのは辰彦だった。

「まだ、試すべき仮説は残っている」

「仮説?」

「俺たちは、彼女がこの大学の学生である、という前提で動いている。だが、その前提が間違っているとしたら?」

辰彦の言葉に、俺と健太、和樹は顔を見合わせた。

「考えてみろ」と辰彦は続ける。「名城公園は、誰でも入れる市民の憩いの場だ。大学のキャンパスも、学生以外が立ち入ることを厳しく制限しているわけではない。彼女が、近隣の美術大学の学生や、あるいは美大を目指す予備校生で、スケッチのためにこの場所を訪れているだけ、という可能性はないか?」

その指摘は、まるで霧の中に差し込んだ一筋の光だった。俺たちの思考は、あまりにも狭い範囲に囚われていた。そうだ、彼女が俺たちと同じ大学の学生である保証など、どこにもないのだ。

「なるほど……!灯台下暗しってやつか!」健太が膝を打った。「さすが辰彦、頭のキレが違うぜ!」

「当然だ。お前のように、ただ闇雲に動き回るだけでは非効率だと言っただろう」

「なんだとコラ!」

また始まる二人のやり取りを、和樹が「まあまあ」と宥める。そのいつもの光景が、今はひどく心強かった。

「そっか……。そうだよね。可能性は、大学の中だけじゃないんだ」

和樹の言葉に、俺は深く頷いた。

友人たちに頼ってばかりではいけない。俺自身も、もっと視野を広げて動かなければ。

その日から、俺の行動パターンは少し変わった。名城公園に通う日課は続けつつも、大学の図書館に立ち寄り、近隣の大学や専門学校が関わる美術展の情報を調べ始めた。学生会館の掲示板という掲示板を、隅から隅までチェックするようにもなった。どんな些細な情報でもいい。彼女に繋がる、一本の糸を見つけ出すために。

そして、運命の日は、唐突に訪れた。

その日も、俺は半ば義務のように学生会館の掲示板を眺めていた。サークルのメンバー募集、ライブの告知、失くした教科書の捜索願い。見慣れた情報の中に、一枚だけ、少し色褪せた手作りのポスターが貼られているのが目に留まった。

『第二回 文芸・美術サークル合同作品展 “プレリュード”』

小さな規模の、内輪の発表会のようなものだろう。普段なら気にも留めずに通り過ぎていたはずだ。だが、その時、なぜか俺の足は止まった。ポスターの下部に、出展者たちの名前が手書きで羅列されている。そのリストを、吸い寄せられるように目で追っていく。知っている名前はない。やっぱり関係ないか、と諦めかけた、その瞬間。

リストの一番最後に、まるで後から付け足したかのように、小さな、少しインクが滲んだ文字があるのを見つけた。

「特別参加:S. Kaori」

心臓が、肋骨を突き破るのではないかと思うほど、大きく、強く、跳ね上がった。

S. Kaori。

佐々木 香……?

確証はない。だが、この胸の高鳴りは、ただの偶然ではないと告げていた。

俺は震える手でスマートフォンを取り出し、ポスターに記された開催日時と場所――『来週末の土曜日、学生会館三階・多目的ホールにて』――を、何度も確認しながら入力した。

見つけた。

いや、これから、会いに行くんだ。

手の中のスマートフォンが、未来への切符のように、ずしりと重く感じられた。

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