第8話:カリウスの戦い
撃墜された兵員輸送艦の2倍の高度で、降下ボートを発進させる。
降下ボートの目標は行政区や空港、幹線道路など。これらは敵の防衛戦力を分散させる陽動で、誰も乗っていない。
1隻が加速器の建物を目指す。第一中隊の第一小隊と第六小隊が搭乗し、破壊作戦を敢行する。
「なんで第二じゃなくて第六なの!?」
「丸刈り、うるさいぞ」
「グッドラック、マルグリット。腕輪を忘れずに」
兵員輸送艦アイヤーカートゥンの艦体には、丸いドームが2列に並んでいる。
ドームが開き、白い降下ボートが次々と射出された。円い缶詰のような形だ。
ボート1隻に二個小隊と武器弾薬や資材を搭載できる。積載量は多いが、いかんせん防御力がない。その上に機動性もないため、すぐに撃破されてしまう。
その脆さ故に、隊員たちは「
降下ボートは、無茶苦茶に揺れた。
「あばばばばば」
「おい、落ち着け丸刈り、舌噛むぞ!」
「ひぃぃぃぃ(涙)」
「訓練通りにやれば生き残れる! 訓練通りにやれば生き残れる!」
89がお経のように繰り返している。
「訓練通りにやれば」バン! バリバリバリッ!
いきなり、壁の一角が裂けた。朝日が差し込み、青い空が見えた。
見る間に裂け目が広がる。対空砲火を受けてボートが分解していく。
床が割れて市街地が見えた。
「飛び出せ! 人工重力を使い過ぎるな! バッテリー残量に気をつけろ!」
マルグリットは誰かに(多分89に)蹴飛ばされた。頭から落ちていく。
両手を広げ、膝は閉じて、縦回転を止める。幸い対空砲火は、引き続き降下ボートを狙っていた。
眼下には水面の煌めき。空挺部隊を足止めするために作られた沼沢地だ。「鎧」を着ているので窒息の危険はないが、はまり込むとやっかいだ。沼沢地を避けて、なるべく加速器に近い場所に降下しようと努力する。
バイザーからの合図に従って減速。
足が地面に着くと、マルグリットは体を捻った。ふくらはぎや腿、お尻、背中と接地させて衝撃を分散する。五接地転倒でゴロゴロ転がる。怪我はなかった。
遠くでサイレンの音が聞こえる。マルグリットが降下目標(尖った屋根の建物)にたどり着くと、40が手を振って迎えた。良かった。みんないる。26も37もいる。
「怪我はないか」
「大丈夫。アハトは」
「まったく問題ない」
「良かった。
でも、ボート落とされちゃったから、歩兵銃しかないよ。
どうやって戦うの?」
すると傍らの見慣れない(と言っても、顔はほぼ同じなのだが)、第一小隊の隊員が、声を上げた。
「案ずるな。自分で動いてくる」
指し示された方を見て、マルグリットはぎょっとした。化け物みたいな黒い蜘蛛が歩いて来る! 背の高さはマルグリットの腰ぐらいまで、開いた脚は2メートルくらいありそうだ。よく見ると脚は20本くらいある。
「ひぃぃ。何ですかあれは」
「新兵器だ。多脚だ」
隊員30名、蜘蛛5匹が集まったところで、第六小隊長42は移動を命じた。第一小隊長61は少し離れたところに降下したため、残りの兵士をまとめて後続する。
加速器の建物に近づくと、散発的な狙撃を受けた。鎧の装甲を破るほどではない。狙撃はすぐに止んだ。
「正面脇に、大型の銃器がある」
ペリスコープを覗いた89が報告する。
「多脚で潰そう」
隊員が口頭で指示を出す。2体は「わかった」という感じで脚を1本上げた。
そして、ダッと駆け出した。速い! 時速60キロくらい出ている。
機関銃が慌てたように射撃を開始すると、2体はさっと左右に分かれた。そのままの勢いで
「・・・飛び道具とかないんですか」
「脚を制御するのが精一杯で、火器管制する余裕がないんだ」
「いまいちな新兵器ですね」
機関銃座が沈黙したので、小隊は前進。だが建物の上階から激しい射撃を受けた。
「正面から突っ込むの、やめましょうよ~(涙)」
「とはいえ多脚は飛べないしな」
「蜘蛛なんでしょ。壁とか登れないんですか」
試してみると、壁に脚先をめり込ませて、垂直に登れた。1体が3階の窓から中に入った。悲鳴と銃声が聞こえた。
「アハト、行けっ」
重力を打ち消して、3階まで飛び上がった。窓に飛び込んでから、ワイヤーを垂らした。他の隊員たちがするすると登っていく。
マルグリットが中に入ると、アハトが鎧を脱いでいた。
「バッテリーが切れた。人工重力を連続で使うと、すぐこうなる」
3階から侵入されたことで、建物内はパニックに陥っていた。
正面玄関からも、多脚を先頭に隊員たちが突入。
やがて、地下から爆発音が響いた。
「加速器を爆破した。降下ボートを頼む」
42が無線に向かって、迎えを要請。
そこに、頭から血を流した士官がやってきた。
「包囲された。ここでボートを待つ」
「61、頭を怪我しています。治療を」
「構わん。防御態勢を敷け」
42は、奪取した機関銃座や2階に隊員を配置した。
小競り合いが続く中、白いボートが空から降りてきた。
だが、横から飛んできた砲弾が命中し、バラバラに空中分解してしまう。
次の降下ボートも、同じ運命をたどった。
「もっと大規模な兵力で、周囲も制圧していれば、卵だって無事に降りただろう。
少人数での無理な攻撃で、死んでいく。
戦力の逐次投入は、愚の骨頂だ」
いつの間にか隣に来ていた小隊長42が、忌々し気に呟いた。そして、マルグリットの肩に手を置いた。
「お前は脱出しろ」
「ええ?」
「お前だけは、カリウス人に紛れ込んで逃げられるだろう。顔が違うからな。
脱出して、中央の愚策ぶりを、市民に伝えて欲しい」
マルグリットは、口をぎゅっと結んで、地面を見つめた。
それから顔を上げて言った。
「わたしはもう、この小隊の一員です。最後まで戦います」
「その気持ちだけで充分だ。ぐずぐずするな」
「行きません。わたし一人では行きません」
「分かった。では、お前の決意を、全うしろ」
「はい・・・」
爆発音が連続し、建物が大きく揺れた。
42は、窓のある部屋へと駆けて行った。
「大丈夫か、マルグリット」
アハトが声をかけると、マルグリットはしゃがみ込んで震えていた。
「ここでみんなを置いて、わたしだけ助かったら、一生後悔すると思った。
でも、今もう、すでに、後悔している!
物語だと、カッコいいセリフを言った人は、恐怖を超越するのに。
わたしもそうなるかな、ってちょっと期待したんだけど。
全然だめだ! すごく怖いよ(涙)」
アハトは、鎧の上からマルグリットを抱きしめた。
「それで安心したよ。それでこそ、マルグリットらしい。
あんな勇ましいことを言うから、頭に悪い虫でも入ったかと思った」
上階で爆音。42に命じられて、アハトが駆けていく。
「お前はそこに残れ」
42はマルグリットにそう命じた。アハトはちらりと振り向き、階段に消えた。
再び爆発が起こり、建物が揺れ続けた。マルグリットは耳を塞いでしゃがみ込む。
どれくらい攻撃が続いたのか、マルグリットには分からなくなった。
気づくと、沈黙が降りていた。
26が、だれかを背負ってきた。意識がない。シャツもロングパンツも血まみれだった。
「アハト!」
「腹を撃たれている」
「マルグリット、付き添え」
再び建物が震撼した。42と26が飛び出して行く。天井からばらばらと破片が舞った。マルグリットは自分の鎧で守るように、アハトの上に覆いかぶさった。
**
呻き声をあげて、アハトが目を覚ました。
「みん、なは、どこ、だ」
「動かないで。大怪我しているんだよ」
「支えて、くれ」
窓際の部屋に行くと、3人が倒れていた。
26と42は動かなかった。
40のバイザーは割れていた。顔も。
まだ虫の息があった。
マルグリットが抱き起すと、「もっと戦いたかった」と呟いた。
それが最後の一言だった。
「ああああああああ!」
絹を裂くような悲鳴に驚いて振り向くと、アハトが棒立ちで叫んでいた。
表情を持たない
腹の傷を押さえながら、外に出ようとする。
マルグリットは我に返ると、後ろから抱きかかえた。アハトがもがく。
「流された仲間の血、姉妹たちの死が、土の中から叫んでいる。
報復を。行かせてくれ」
「だめ! 行かないで。アハトには死んでほしくない」
「なぜわたしだけ? みんな死んだ。
みんなは死んでもいいのか! 不公平じゃないか!」
「不公平上等だよ! 人間の関係は、公平になんてならない。出会いのタイミングで変わるんだ。アハトは死なないで」
「大勢の
「違う!」
「戦わなければ、ぼくの人生に意味はない」
「違う!!」
「どう違うというんだ」
静かに問われて、一瞬、マルグリットは言葉に詰まった。
何か言わなければ。何か。そうしなければ、アハトは「大勢の一人」として死地に赴いてしまう。
違うんだ、あなたは大勢の一人、代替可能な資材の一つではない。
あなたは、唯一無二の一人なんだ。ああそれを、どうやって伝えたらいいのか。
救いを求めるように天を仰ぐ。
その時、マルグリットの心に閃くものがあった。光は音になった。
マルグリットは声を張り上げた。
「違う! アハトは特別なの。
約束したよね、名前をあげると。
あなたの名前が、降ってきたの。
わたし、決めた。
あなたは『マルケルス』。星の剣。
私を守る星の剣なの。
あなたは私の特別なの!」
マルグリットはアハトを正面から抱きしめた。
「行かないで、マルケルス。
アハトも、アハトアハトも行けばいい。
でもマルケルスは、生きて」
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