第5話:人形じゃない

 機動ステーションの通路で走り込みをしていると、ピポンピポン、と音が流れた。

「俺が戻るまで、走って待て!」

 下士官89は大声で命令すると、駆け出していった。


 89の姿が通路の奥に消えると、縫い傷のある37はペースダウン。他の隊員たちも、それに追従した。ジョギングのようなスピードで通路を2周したところで、89が戻ってきた。


「今日の訓練はここまでだ。バディを組んでストレッチしろ」

 クールダウンを行ってから、小隊は兵員輸送艦アイヤーカートゥンに戻る。

 ボーディングブリッジを上ると、他の小隊も、機動飛翔の訓練を終えて帰艦するのが見えた。



 隊舎に入ると、壁のスピーカーが、ピポンピポンピポンと警報を連打した。

「総員、ベッドで待機せよ」

 足元に伝わる振動は、係留索が放り出される衝撃だ。

 続いて、ギギギーッという重低音が響き渡る。マルグリットにはその音が、捩じれた艦殻が上げる悲鳴に聞こえた。

 機動飛翔の訓練で、ちょっと軌道ステーションを離れる時は、こんな音はしなかった。

 慣性中和機構のおかげで、加速はほとんど感じられないが、アイヤーカートゥンは今、猛烈な速度で「駅」に向かって飛び出したのだ。



「注意して聞け!」

 89の怒鳴り声がスピーカーから流れる。

「我々は緊急出動する。

 コンテナ泥棒の海賊どもが現れた。目的地に急行する」


”ひぇぇぇ、実戦なの!?  訓練じゃないの!?”

 恐怖で目を開く。見つめられたアハトは無言で頷いた。


          **


 マルグリットや戦う人たちクリーガーの国――当時既に帝国クライスゼーレと呼ばれていた――は、建国当初から銀河ハイウェイを建設してきた。

 長い長い歳月をかけて銀河系に散らばった、人類の植民地。

 銀河ハイウェイこそ、それらを結びつける大動脈であり、帝国クライスゼーレの富と力の源泉となっている。

 膨大な資源とエネルギーが、「コンテナ」の形で日々、輸送されている。

 銀河ハイウェイを守ることが、戦う人たちクリーガーの重要な任務だった。



「目的地は20-3523駅だ。到着は8時間後。しっかり休んでおけ!」

 89の言葉にマルグリットはぎょっとなった。

「けっこう遠い駅だよ、1回じゃ行けないでしょ?」

「5回くらいジャンプすると思う」

「でも、ジャンプって1日1回だよね?

 連続すると体に悪いんだよね!?」

「そのうちに慣れるよ」

「丸刈り!」

 89が喚き、ブリキのバケツを投げた。

「酔いそうな奴は、備えておけ!」



 8時間後。アイヤーカートゥンは、20-3523駅の管制宙域にワープアウトした。

「うっ、うっ」

 マルグリットは両手で顔をおおって嗚咽していた。

「パンケーキ。ガーリックライス。海産物のアヒージョ。

 ようやく手に入れた保存食だったのに・・・」

「ジャンプ前に食べ過ぎだよ」


 ピポンピポンピポン。また警報が連打される。

「不測の事態に備えて、全員、ベッドに体を固定しろ。

 丸刈り、お前は先に、それを捨ててこい!」



 アイヤーカートゥンを含む3隻は、コンテナを鹵獲ろかくして逃げる船を追跡する。

 だが、艦同士の戦いの様子は、艦内にいるマルグリットには、まったく見えず、感じられなかった。アナウンスや映像による説明もない。

 ベッドに横たわりながら、運ばれるだけ。戦場に「投入」される時まで、重苦しい待機が続く。


 艦たちが高速機動と攻撃を繰り返し、海賊船を停止に追い込む。

 ここに至って、小隊に出動の命令が下った。


 マルグリットは、アタッシュケースを開いた。

 ヤヴンハールに向かって、日誌を口述する。

「20-3523駅の近くにいます。海賊船が停まったので、捕まえに行くよ。

 とうとう実戦だよ。

 ものすごく怖い。怖くて死にそう。

 これが、最後の日誌にならなければ、いいんだけれど」


 ヤヴンハールは、気遣わしげな表情でマルグリットを見つめた。そして、アタッシュケースを指差した。ケースの一画が、ぱかっと開く。

「そこにある腕輪を持っていってください」

「これはなに?」

「通話ができます」

「ありがとう。じゃあ、御守りだと思って、持っていくね」


「丸刈り!」

 突然、大声で呼ばれて、びっくりして振り返る。

 89が、ビシッという感じで、マルグリットを指差した。

「お前は厳しい訓練に耐えた。自分を信じろ。

 銃も鎧にも馴染んだはずだ。武器を信じろ。

 そしてお前は1人じゃない。

 一緒に走って食って過ごした、仲間を信じろ」

「は・・・はい!」


「行こう」

 アハトがマルグリットの手を握った。

 連れ立って、格納庫へ向かう。


 鎧に入った隊員たちに、下士官89が注意する。

「いいか、逮捕だぞ。海賊を『会話できる状態』で捕らえるんだ。

 それを忘れるなよ!」


 隊員たちが、次々とカタパルトで射出される。

 眼前の海賊船は、全長100メートルほどの大きさだった。筒が3つ、束ねられた形をしている。

 船尾から、サイコロのようなコンテナが7個、数珠つなぎに曳航されていた。次のワープゲートに送り込まれる前に、かすめ取ってきたのだ。


「全部、緑かぁ」

 マルグリットには目新しかった。中身によってコンテナの塗装色は異なる。マルグリットの故郷ブルディガラは農業惑星なので、搬出されるコンテナは灰色だった。

 ちなみに緑のコンテナには、超電導バッテリーが入っていることが多い。膨大なエネルギーが蓄積された重要物資である。だがマルグリットには、「あんな食べられないものを盗ってどうするんだろう?」という感想しかなかった。



 隊員たちが、海賊船に取りつく。

 殴打するが、応答はない。

 ハッチを破壊して、船内になだれ込む。


 船内に人工重力はなかった。4名一組になり、船内を探索する。

「アハトは怖くないの?」

「今は戦いの興奮の方が勝っている」


 通路を流れていくと、突然、壁が爆発した。四散する破片は鎧が防いでくれたが、マルグリットは後ろ向きに吹き飛ばされてしまう。


「人工重力を使え! 前に回避するんだ!」

「わわわ、前って何だったっけ!?」

 動揺して、キーワードがすぐに出てこない!

「えぇと、そうだチキンだ。

 唐揚げ! あれ、違った?

 タンドリーチキン! 焼き鳥!

 つくね! これも違う!?」

 自分が前に出ることは絶対ないと思っていたので、前向きの回避行動は、キーワードが長いままだった。

「あれだ、『鶏むね肉のコクうま甘酢あんかけ』!」


 鎧の前方向に加速がかかり、スピードが落ちる。

 だが発動が遅すぎた。通路の突き当りに叩きつけられる。

「ぐぇっ」

 カエルが潰されたような声を出した。衝撃で銃を手放してしまう。反動でバウンドする。


 その時だった。突き当りに隣接したドアが開き、宇宙服姿の海賊が飛び出してきた。マルグリットの腕を掴む。

 そのまま、部屋の中に引き摺り込まれてしまった。


          **


「こいつを捕虜にして、脱出する」

「あいつらに通用するかよ!」

「他に手があるなら言ってみろ!」


 海賊の一人が、大型の銃をマルグリットに突きつけた。

「そいつを脱げ! もたもたすると蜂の巣にするぞ!」

「ひぃぃ! 撃たないで撃たないで!」


 もう一人は、ドアの外に向かって叫んでいる。

「近づくな! こいつがどうなってもいいのか!」

 バンバンと景気よく発砲する。ベルトで宇宙服を固定して反動を抑えているが、そんな詳細は、パニック状態のマルグリットの目には入らない。



 マルグリットのバイザーをはぎ取った海賊が叫んだ。

「お、お前、金髪なのか!?」

 驚きで、声が裏返っている。

「痛っ!」

 髪を乱暴に掴まれた。地毛か確かめたようだ。


「馬鹿な。戦闘人形たちは黒だろ」

「こいつ、顔が違う!」


 乱暴に、マルグリットを鎧から引き抜く。

「妙に引っかかると思ったら、いいカラダしてるじゃねーか。

 立派なものを持ってやがる。Dか? いやEかなこれは」

 その言葉に引き寄せられるように、他の宇宙服も集まってきた。


”おっぱいが大きくて、何が嬉しいの? 肩が凝るだけなのに??”

 マルグリットには、その興奮が理解できない。

 訝しんでいると、目の前の人物は、マルグリットのあごを無造作に掴んだ。

 そのままぐいっと顔を持ち上げると、宇宙服のバイザーを押し付けてきた。


 中を見て、マルグリットは小さく悲鳴をあげた。毛むくじゃらの顔面がそこにあったのだ。口をカッと開け、舌を突き出している。乾燥で荒れた口唇に、涎が粒になって付着していた。バイザーのガラスがなければ、このままマルグリットの顔を舐めていただろう。熊のような面がいやらしく歪んだ。

「見ろよ! こいつ涙目だ。泣いてるぜ」


 射撃の音が止まった。銃とベルトを離して近寄ってくる。

「人形じゃないのか?」

「泣いてる。怯えているんだ、こいつ」

「まじか。クリーガーのやつら、殴っても切り刻んでも、顔色一つ変えねぇってのに」

「これはいたぶり甲斐があるぜ」

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