第3話:惑星クラワツム

 翌日は朝から、兵員輸送艦アイヤーカートゥンの中で訓練だった。

 格納庫の収納棚に、ロボットみたいなものが並んでいる。

 最初に26と40がロボットに乗りこんだ。2人がロボットを棚から取り出す。他の隊員も次々に乗りこみ、搬出を手伝う。


「丸刈り、お前のはこれだ」

 下士官89が、最後に搬出されたロボットを手で示した。ちなみにマルグリットは「丸刈り」と呼ばれることになった。髪型はみんなと変わらないのだが。

「何ですかこれは?」

「俺たちは『鎧』と呼んでいる。戦闘用の宇宙服だ」

 乗りこんで、マルグリットは驚いた。外観はロボットのように角ばってごっついのに、なにも身につけていないかのように身軽に動ける。

 0.9Gの人工重力の中で、まずは整列や行進といった基本的な動作を行う。

 駆け足や匍匐前進。身を低くして物陰に隠れたり、受け身を取ったり、といった様々な動作を、鎧をつけた状態で練習した。


「最後は人工重力の使い方だ」

 人工重力は、普通は据え置き型の大型装置になる。それを個人で携行するなど、マルグリットは考えたこともなかった。そもそも、兵士が携行する意味があるのか? 使い方が想像出来なかった。


「腕のパネルでも操作できるが、咄嗟の時は声で指示する。自分でキーワードを決めろ」

 キーワードは、主に回避行動に割り当てる。左右や背後に跳ぶ、荷重して周囲の動きを止める、などがあった。

「よーし。左は『季節のフルーツたっぷり爽やかパウンドケーキ』にしよう。

 右は『ヒレ肉ステーキのきのこクリームソース添え』で」

「長過ぎだ。縮めろ」

「じゃ、パウンドケーキとヒレ肉ステーキで。

 周りの人を押し潰すのは、『ザッハトルテ』にしよう!」

 次々と食べ物の名前をつけていく。

 そんな一般的なキーワードでは誤発動の危険がある、というツッコミは起こらなかった。戦う人たちクリーガーは、それが食べ物の名前と知らなかったから。


「最後は、後ろに飛んで逃げるやつか。

 うん、そうね・・・『パンとバターとりんご』」

 ごくありふれた朝食が、「必殺技名」になる日が来るとは。

 喪われた食の楽しみを想って、マルグリットは嘆息した。


 マルグリットが一通りの操作を覚えると、小隊は艦外に出た。

 マルグリットは宇宙滞在の経験があるので、無重力状態に戸惑うことはなかった。

 しかし。人工重力を使った機動飛翔は初めてで、はっきり言ってかなり怖かった。イオン推進とは加速が桁違いなのだ。


「はあ。緊張続きでお腹が空いた。

 濃厚に甘いものが食べたいなぁ。ザッハトルテとか」

 その瞬間。体が重くなった。人工重力で周囲が押し潰されたのだ。

 隣の37やアハトが身を屈める。突然の荷重にも見事に対応した。だが年若い40はバランスを崩し、その場に潰れた。

「なにをやってる、この馬鹿者が!」

 バイザー内に89の怒声が響き渡る。89は40の鎧からバイタルを読み取り、怪我のないことを確認。26に身振りで40を起こすよう伝える。そしてすーと飛んでマルグリットに近寄ると、肩を掴んだ。触れ合ったバイザーを通して肉声が届く。

「次にやったら、ガイキンだ」

 低く抑えた声だが、先ほどの怒声より迫力があった。マルグリットはこくこくと頷く。89は手を離さなかった。「わかりました」。声に出すと、ようやく解放された。


 89が、機動飛翔の指導に戻ると、マルグリットはアハトに触れた。

「ガイキンって何?」

「外出禁止だ。基地からの外出許可が下りない」

「え? 外出って許可がいるの?」

「そうだ。普通、そうじゃないのか?」

「普通じゃない! なにそれ、じゃあ89に怒られたら出れなくなるの?」

「許可を出すのは小隊長だ。しかし下士官が『あいつは素行不良なので、外禁を申請します』と言えば、士官は認めるだろう」

「そ、そんな。生きる希望が」

「まだ外禁と決まったわけじゃない」



 翌日の訓練は、また軌道ステーションだった。「体育館」に吊るされたロープを登る。

 隊員たちは猿のようにするすると上端に到達した。マルグリットも怠けたわけではないが、登り切るのが1分以上遅れた。89がじろりと睨む。

「丸刈り、37、26。勝負しろ。

 今度は腕だけで登れ。丸刈り、お前だけは足を使うのを許してやる。始め!」

 マルグリットは負けた。


「それがお前の全力か!

 次は40とだ。時間は5分。相手を落とせ。

 どのロープを使ってもいい。梁の上もOKだ。

 先に落ちたやつは、今日一日、シャツだけで過ごせ」

”そんなこと、させられてたまるかぁ!”

 心の中で叫ぶと、ロープに飛びついた。すかさず40も登り、手を伸ばす。マルグリットは、先ほどとは打って変わった敏捷さで、ロープからロープへと跳び移って逃れる。

「逃げてばかりいるな。反撃しろ!」

"無理無理無理~"

 無言で全力否定する。

 結局、マルグリットは逃げ切った。逃げ足だけは天下一品なのだ。


「丸刈りのがんばりは認めよう。

 次だ、2班!」

 隊員が交代。

「マルグリット、すごいんだな」

 40が近づいてきて、素直に称賛した。



 訓練は毎日続いた。肉体教練だけでなく、鎧での機動飛翔や、艦の故障や被弾を想定したシミュレーションも頻繁に行われた。

 近接戦闘の訓練もあった。こちらについては、マルグリットは全くの役立たずだった。

 元より戦闘は門外漢であるが、戦う人たちクリーガーたちは次元が違った。マルグリットの必死の反撃は悉く空を切るのだ。「窮鼠猫を噛む」で、人間必死になれば、少しは当たりそうなものなのだが。マルグリットの拳も蹴りも平然とかわされる。いつもの無表情が、余裕すぎて自分を嘲っているようにマルグリットには見えた。

 そして戦う人たちクリーガーの反撃は、確実にマルグリットを捉えた。動きを見て避けたはずなのに、それを上回る速度で軌道修正され、ほぼ確実に命中するのだ。

 早々に、マルグリットは対抗するのをやめた。制限時間内、ひたすらに逃げ回るようになった。そうなると89が怒って「10周!」などと喚くのだが、一方的に打ち据えられるよりは、走っていた方が気が楽だった。



 4日に一度、中隊単位で休暇があった。休暇といっても、艦内か軌道ステーションで過ごすので、娯楽らしいことは何もない。


「休みは何をするの?」

「休暇だから休めばいいと思うけど。体力に余裕があれば、ナイフ投げかな。あの2人が、ちょうどやっている」

 37と40が向かい合って立っていた。二人ともタンクトップにショートパンツ姿で、プロテクターの類は身につけていない。


 いきなり、37から黒いものが放たれ、真っすぐ40の腹に刺さった。いや、刺さったというのはマルグリットの錯覚で、実際には腹の前で40の指が掴んでいた。黒い刀身に、木目のような模様が走っている。


「ひぃぃ。あれ、タクティカルナイフでしょ」

「そうだ。わたしたちに最も身近なナイフだ」

「そんなもの投げつけたら危ないでしょ!」


 40が大きく振りかぶり、ナイフを投げ返した。顔の前で、37がそれを楽々と受け取る。

「緊張感がなければ、楽しくないだろう。

 上級者になると、5、6人が集まって、ナイフも複数使う。

 どこから飛んでくるかわからないし、時には2本同時に飛んでくることもある。

 とてもスリリングだ」

「良い子は真似しちゃいけない遊びだよ!」



 カードで遊ぶグループもいた。何かを賭けている。聞けば、市民街で使える軍票だという。実際の軍票は電子通貨なので、地上休暇の際に清算する。

 そして意外なことに、マルグリットはこの勝負にはめっぽう強かった。

 能面のような戦う人たちクリーガーの方が有利そうである。だがマルグリットの喜怒哀楽の激しい変化(もちろんオーバーアクションの演技)に、慣れないクローンたちはすっかり騙されてしまうのだ。顔には出ないが、動揺して冷静さを欠いた。

 結果、ポーカーでもババ抜きでも、マルグリットは終始リードし続けたのだった。


          **


 長かった艦勤務も、ついに交代の日を迎えた。次の大隊が軌道エレベータで地上から登ってくる。彼らが配置についてから、マルグリットたちの大隊は下船するのだ。

「まだ? まだなの?」

「落ち着け。いまステーションから移乗してくるところだ」

「地上に降りたら、すぐ休暇?」

「わたしたちの中隊は明後日だ。

 それより、忘れ物をするなよ。しばらく戻って来れないから」

「ぜんぶバッグに入っているよ。あ、そうだ」

 ロッカーから、アタッシュケースも取り出す。


 引継ぎが終わると、マルグリットたちは宇宙服を着用し下船。そのままカート乗り場へ向かった。一個中隊がぎゅうぎゅうに押し込められたが、ようやく地上に降りる喜びで、マルグリットは気にしなかった。すっかり仲良くなった小隊仲間と軽口をたたきあう。カートの降下速度は音速を超えるが、振動が殆どないので恐怖もない。


 真夜中近い時刻に、地上基地の隊舎に到着した。

 さっそくシャワー室に向かった。タイル張りの浴室に、シャワーヘッドと熱冷のノブが並ぶだけの、素っ気ない造りだが、マルグリットは歓声を上げた。

「これ、いくらでも出てくるシャワーだよね」

「ああ。時間制限はない」

「石鹸に香りが付いている!」

「市民街から納入されるんだ。でも洗浄力は変わらないぞ」

 アハトは早々にあがろうとしたが、泡まみれで鼻歌を歌うマルグリットを見て、シャワーの下に戻った。ちらちらと横目で見ながら、同じように洗う。


「髪を切られたのはショックだったけど、洗うのは楽でいいねぇ~」

 マルグリットは上機嫌でタオルで頭を拭いた。

「長いと大変なのか?」

「洗うのもそうだけど、乾かすのが手間だね。寝癖もつくし」

「ふうん」

「相変わらず淡白な反応だなぁ。そういえば、櫛もブラシも、使っているところ、見たことがないね」

「使ったことがない」

「おい!」


 語らいながら隊舎の部屋に戻る。

 入口でマルグリットは「はぅっ!」と奇声を上げた。

 顔をしかめて、カード遊びに興じる26の肩をたたく。

「シャワー浴びてきてよ。自分の臭いがなくなって、逆に鼻につくの」

「え? 浴びないよ」

「なぜ!?」

「なぜって。アハト、頼むよ」

 アハトが解説する。

「シャワーの義務はない」

「ごめん。理解できるように言って」

「作戦の前には、シャワーを浴びるのが義務なんだ。

 体臭で位置がバレないように」

「作戦がなければ洗わない!?」

「まあ、汚れがひどくなったら洗う、こともある」

 マルグリットは、クローンの自主性に任せるのをあきらめた。隊員たちをシャワー室に引っ張っていく。


 シャワー室では、小隊長42と下士官89が、体を洗っていた。

「ほら! 先輩もちゃんと洗っているでしょ。あんたたちも見習いなさい。

 26、戻って。それは濡らしただけだ! 石鹸を使って!」

「面倒くさいなぁ」

「わかった。わたしが洗う! みんなそこに並んで!」

 こうして。「深呼吸しても平気な空気」を、ようやくマルグリットは手に入れたのだった。



 2日後。マルグリットとアハトは外出した。市民街までバスが運行されている。20名ほどの隊員が同乗した。ピポンピポンと電子音を鳴らしてから、車体がわずかに浮かび、動き出す。

 基地は台地の上にあり、草原の中に丘や岩の塊がそびえている。草原を突っ切り、台地を取り囲む急峻な崖を下ると、そこに市民が住む街、市民街があった。建物はほとんどが平屋建て。3階建てが時折目に入る程度の、小さな街だ。


 街の入口で下車すると、隊員たちは思い思いに散らばっていく。

 通り過ぎる市民は、みな軍服のような服を着ていた。色も灰色だ。

「おすすめのお店とかある?」

「食べたことはないが、こちらに何軒かある」


 アハトが案内した店からは、スパイシーな香りが漂い出していた。入ってみる。

「いらっしゃいませ。あら、戦う人たちクリーガーが市民と一緒に来るなんて、珍しいわね」

「こんにちは。あのわたしも、軍に勤めているんです」

「市民なのに!? 兵役が始まったという噂は本当だったのかしら。

 まあぜひ入ってちょうだい。大変なのねぇ」

 出迎えてくれた女性は、軍放出品のシャツの上に、手編みらしいウールのセーターを着ていた。髪をお団子にして、後ろでまとめている。

「ここでいい? 良い感じだよ」

「ああ。いいよ」

 店員が白い飲み物を持って戻ってきた。

「どうぞ。わたしはタカネ。あなたは?」

「マルグリットです。こちらは友だちのアハト」

 アハトは無言で会釈した。じっとタカネを見ている。

戦う人たちクリーガーの星に市民がいるなんて、思いもしませんでした」

「流れ者よ。共同体生活になじめなくて。ここに流れ着いたの」

「子供を見かけませんね」

「病院がないからね。この星で生まれる者はいない。外から補給される戦う人たちクリーガーばかり。

 さあ、どれにする?」

「選べるって、幸せです」

 メニューを見ながらの会話がしばし続いた。

「わたしも同じもので」

「かしこまりました」

 オーダーを受けて、タカネは厨房に戻った。


 出てきたのは、バターや香辛料で味付けしたご飯と、濃厚なスープだった。木のトレイの上に、皿やボウルが並んでいる。

「このライス、これだけで超絶おいしい!」

「軍人さんは、ご飯のおかわり自由よ」

「兵役に就いて良かった!」

 マルグリットが一気にライスをかき込み、さっそくお替りする横で、アハトは皿やボウルから一匙ずつすくい、ゆっくりと咀嚼していく。

「このご飯は、ニンニクとバターが効いている」

「アハト、味がわかるの!?」

「これは知っている。野外炊飯の訓練で使ったことがある。

 このスープはすごく複雑だ。香辛料が8種類入っている。玉ねぎも溶けだしているな」

「美味しいよね。美味しいよね?」

 嬉しそうに自分を見つめるマルグリットを、アハトは静かに見返した。

「味はわかるんだ。でも。何も感じない」

「この、ご飯と汁の至福の組み合わせも?」

「ぼくたちには、食事を楽しむ機能がない」

「そんな・・・」

 マルグリットは、両手で顔をおおった。

「食事を楽しめないなんて。それじゃ、何を楽しみに生きていくの?」

「不味くて苦しむこともない。それは、いいことなんじゃないか?」


「時々、2人連れの戦う人たちクリーガーが来るのよ。42と89って名乗ったわ。

 スープの味に深みがあるとか、肉に沁み込んで旨いとか言うのよ。

 人形が、人間になりたがっているようで、なんだか可哀そうになるの」

 タカネが、ラッシーを注ぎながら言った。


「気にせずに、食事を楽しんでくれ」

「うん。ありがとう」

 3皿目をお替りしながら、マルグリットは頷いた。

「そういえば、アハトはなんで数字一桁なの? みんなは二桁だよね」

「昔は18がいて、僕はアハトアハトと呼ばれていた。今はいないから」

「18はどうしたの?」

「死んでしまった」

 一瞬沈黙してから、マルグリットは聞いた。

「・・・お墓参りとか、するの?」

「ぼくたちに墓はない。

 18の遺体は損傷が少なかったから、兵器局が回収していった」

 マルグリットは、それ以上、言葉が継げなかった。



 食事が終りかけたところで、アハトが口を開いた。

「聞いてほしいことがあるんだ。極めて個人的なことなんだけど」

「もちろん。なに?」

「ぼくは・・・」

 そこでアハトはためらった。いつも即断即決な戦う人たちクリーガーには珍しい姿だった。

「ぼくは、死ぬのが怖い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る